第五章 噂話と過去の事件 4

 長雲様がれてくださった茶をすすり、資料に目を通す。


 今から五十年近く前に、先々代の皇帝が即位した。その後、後宮では皇后の座を狙う妃たちのいさかいが激しくなり、ついには互いに質の悪い呪術を用いて呪い合うような事態になった。そうした治安の悪化した後宮に呼ばれたのが、連天村の人形師、こうすいれんだった。黄水漣は次々に呪術の元を暴き、妃たちを救い、妃たちの心を一つにした。


「おばあちゃん、やっぱりすごい人だったんですね」


「そのようだな」


 そして妃たちが用いた呪術は当時の魏家の妃、魏しゅうえんが妃たちに教えて回ったものだったことがわかった。魏修媛の罪により、魏家は一族もろとも宮廷から追放されることになった。


「長雲様、魏家は代々巫術の家系なのですよね」


 魏徳妃様の浄眼を思い出す。


「ああ、そうだよ。古くから龍星国のさいに関わることは魏家が仕切ってきたらしい。今も祭祀に関わる礼部の仕事は、魏家の官吏が担当しているよ。礼部尚書も魏徳妃様のお父上だ」


「こんな大事件を起こして一度は追放されたのに、すぐに宮廷に戻れるものなのですね」


「魏家はお体の弱かった先帝のために、霊気を宿した宝玉を贈ったり、毎日とうを行ったり献身的に尽くしたのだ。その結果、一時先帝はご体調を持ち直された。その功績が認められて魏家は宮廷に戻ることを許され、魏徳妃様が後宮に入られた。そしてその後お亡くなりになった先帝のご遺志により、魏徳妃様は短期間だけ出家され、修行をして経典を授けられるとすぐ後宮に戻り、現帝にお仕えする妃となった」


「長雲様は、魏家が宮廷内で呪術の売買をしていると思われますか?」


 単刀直入にそうたずねる。


「その可能性もあるだろう。だが魏家はようやくかつての地位を取り戻したのだから、今の状況を守りたいと考えているはずだ。かつて宮廷から追放された時には相当貧しい暮らしを強いられたと聞く。そんな魏家に、今事件を起こす理由はないようにも思う」


「確かに、そうですね」


「それと魏家は先帝の頃に宮廷に戻った後、巫術に関する売買の規制法を次々に発案し、それらは先帝によって採用されている」


「えっ、自分たちも巫術の家系なのに、ですか?」


「うむ。巫術によって国が乱れることのないよう、厳しく取り締まるべきだと声を上げたのだ。この己を律するような行動が当時は賞賛されたそうだが、同時にこれによって龍星国内の巫術に関わる産業は一気に衰退していった」


「あ、それって連天の人形の売買を取り締まる規制法も、そうですか?」


「そのようだ。ここに縁起物の人形の売買について、魏家の礼部尚書より規制法が発案されたと記録されている」


「えっ……」


 私は記録書を手に取り、規制法制定に関する記述に目を通す。


 そこには縁起物の泥人形は原始的で低俗な文化であり、こうした人の不安につけこみもうけを生むようなしき商売は厳しく規制すべきだと書かれていた。


「連天の人形のことを、こんな風に悪く言うなんて……」


 確かに人形は、時によっては呪術の道具として悪用されることがある。だが代々続いてきた人形作りの風習をまるで汚らわしいもののように扱われ、強い悲しみと憤りを感じた。


 それにこの規制のせいで連天は貧しくなり、村では他に産業もないから、子供たちでさえも危険な崖の薬草採りにまで出なければならない状況になったのだ。かねもうけ主義みたいに書かれているが、連天の庶民向けの人形は子供の玩具にもなるほどに安価で、季節ごとの行事を気軽に彩るような、人々の生活の近くにある人形だった。だからこそ、その歴史も古くから続いてきたのである。


「魏家は国内のじゅつを衰退させたが、一方で魏家自身は先帝からの依頼で病気平癒の祈祷を日々行い、国家繁栄のための祭祀の規模は拡大していった。じょうには祭祀のための建物が、ここ十年のうちにいくつも建てられた」


「そんな……」


「それが政治というものなのだ」


 長雲様は深いため息を漏らした。

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