第一章 魂人形を作る少女 2

 バタバタと工房に駆け込み、急いでドアを閉める。


 すると工房の棚の上から、さんびょう毛毛マオマオが降りてきた。


 蚕猫とは、蚕室でねずみけのために使われる、猫の形をした泥人形だ。泥で作った体に彩色をほどこし、植毛してひげをつけてある。連天村ではよく作られる泥人形の一つで、毛毛は子供の頃に私が作ったものだ。


 そして私が人生で初めて作った命を持つ人形、たまにんぎょうでもある。


 さっき隣のおじさんが言っていた通り、私は「浄眼」を持っている。


 まるで満天の星が輝く夜空のような色をした、私の特別な瞳……浄眼で見る世界は、常人のそれとは異なる。万物の魂や感情には特別な力「霊気」が宿っていて、私にはそれが見えるし匂いも感じる。人の心の色が様々に移り変わっていく様子も、それが膨れ上がったりしぼんだりするのも見える。


 私は人間の霊気を感じ取るのが怖い。浴びると気分が落ち込んだり、体調が悪くなることだってある。

 でも霊気が見えるおかげで、私は魂人形を作ることができる。


 最後の一筆の彩色を施し終えた途端、毛毛が命を持って動き出したあの時の感動は、今でも忘れられない。毛毛はきらりと瞳を光らせ、私を見上げた。今誕生したばかりの命に対する愛おしさを感じるのと同時に、本当にできてしまったという驚きや、祖母の能力を継いでしまったのだという不安感にも襲われた。


 子供の頃に作ったため、毛毛はどこかいびつで、小さな体に釣り合わないくらいに長いひげが、たっぷりふさふさと生えている。そのせいで毛にばかり目が行くから「毛毛」と名付けた。


 息を切らしながら工房の床にぺたりと座り込む私に毛毛が近寄り、膝に前足をちょこんと乗っけて心配そうに私を見上げる。


「どーしたの鈴雨。顔面そうはくじゃん! 手も震えてるし……。土掘ってたら人骨でも出てきた?」


「都から、お役人様が来た……。崖の上から見えたの。細道を馬に乗った貴族の男が上がってくるのが」


 震え声で私は答える。


「まあまあ落ち着きなって。どうしてその人がお役人様だなんてわかるの? 魂人形ほしさに押しかけてきたお金持ちかもしれないよ」


 そうたずねる毛毛に、私は首を横に振ってみせた。


「あの魂の色はもっと高貴なものだった。物欲の霊気も出ていなかった。あれ、きっと宮廷から来たお役人様だ……。おばあちゃんの役目を私にやらせるために、私を連れ去りに来たんだよ」


「そんな!」


 毛毛は目を丸くし、ひげの毛を逆立てた。


 私の亡くなったおばあちゃんは「伝説の人形師」と呼ばれ、龍星国では名の知れた人だった。おばあちゃんは私と同じように浄眼を持ち、魂人形を生み出すことができる人だった。

 この能力を持つ女が、不思議と連天村では定期的に生まれる。その力を使い、おばあちゃんはかつて後宮で呪術に苦しむきさきたちを救ったことがある。

 そして今、能力を受け継ぐものは私のみだ。


「だけど今までずっと、宮廷の人たちは連天にも私にも興味なさそうだったのに」


 むしろここ数年、縁起物の人形は低俗な民間信仰とみなされるようになり、販売の規制まで受けるようになっていたのだ。おかげで連天村はすっかり貧しくなった。


「先代のボンクラ皇帝が去年死んだじゃん。きっと今度のやつは考えが違うんだよ」


 人間にはとてもできない不敬な言い方で、毛毛は先代皇帝を罵った。

 毛毛は地位の高い人間だからといって敬うことはない。猫にとってはどんな人間も等しく人間でしかないのだ。

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