後宮の人形師 ~ひきこもりの少女、呪術から国を救う。~

猫田パナ

第一章 魂人形を作る少女

第一章 魂人形を作る少女 1

 私の生まれ育った村で「ひきこもりの人形師」と言えば、それは私のことである。



「よかった、誰もいない」


 ある初夏の日の夜明け前、私──こうりんは猫のお面を頭に載せ、一人で採土場へやって来た。

 人形作りに適した土は、地表から約三尺ほど掘り進めた場所に眠っている。


「はぁ、はぁ」


 ザッザッ。

 地面にすきを突き刺しては跳ね起こし、土を掘り進める。やせっぽちの私にとっては、結構な重労働だ。額にじんわり汗をかく。やがて十分な量の土を掘り出すと、鋤を置いて土に触れた。


 ここはりゅうせいこく北方の山の上にあるれんてんという村だ。この村の土は適度な粘りがあり、型崩れしにくく腰が強い。

 この土は最高だ。触れるだけで幸せになれる魅惑の土。


「これこれこれこれ……」


 私はフククと声を殺して笑いながら、掘り出した土を集める。


 まだまだ朝晩は冷え込むものの、日中陽が射して暖かくなる日が増えたからか、土はわずかにぬくもりを帯びている。


 やがて満足いく量の土を集め終えると、それを丸く成型して上にわらむしろをかける。


 だがこの工程だけではまだ人形作りに使える土にはならない。これを一年寝かせて、その後繰り返したたいてはひっくり返し、ねて捏ねて捏ねて捏ねて……。


「んっ!?」


 その時、今まで嗅いだことのないような霊気の匂いを感じて、瞬時に体がこわばった。

 嗅ぎなれた村人たちの霊気とは違い、気品があり硬質な印象の霊気を持つ魂が、この村に近づいている。


「どこ……麓の方から?」


 いつの間にか昇り始めていた朝日に照らされながら、私は崖の上に立ち、下の町から連天村へと続く細道を眺める。

 すると、馬に乗った人が細道を通り、こちらへ向かってくるのが見えた。


「あの人、この辺の人じゃない……」


 田舎育ちゆえの驚異的な視力でもって、ぐいい、とその人影に目を凝らす。


 美しいしゅう入りのほうを身にまとい、いくつもの装飾が施された革帯を締めた男性。遠すぎて顔立ちまではわからないが、背が高く、すっと伸びた背筋やその所作から、高貴な生まれであることを感じさせる。


 あの人、絶対にえいあんから来た人だ……。


 栄安はここ龍星国の都である。広大できらびやかな栄安城には、皇宮や様々な政務を執り行う宮殿、そして後宮が置かれているという。

 あの人はきっとそこから来たお役人様だ。


 途端に胸騒ぎが走る。


 ──どうしてこんな山奥の連天村に、わざわざ都からお役人様が来るんだと思う?


「わ、私を連れ去りに来たんだ」


 恐怖で体がこわばる。


「とりあえず、工房に帰ろう」


 とその時、後ろから声をかけられた。


「おや鈴雨じゃないか。朝早くからご苦労様」

「ひいぃっ」


 私はとっさに、頭に載せていた猫のお面をずらして顔の半分を隠した。このお面で顔を隠していなければ、人と話すことができないのだ。

 振り返るとそこには、隣の家のおじさんが立っていた。


「お……はよぅござぃ……ま……すぅ」


 消え入りそうな声でそう伝えると、足早にその場を立ち去る。


 おじさんの「まったく、同じ浄眼持ちでもおばあさんとあの子とじゃあ、えらい違いだなあ」という声が背後から聞こえてきた。


 そんなの、私が一番よく知ってるよ……。


 私はぐっと歯を食いしばり、決して後ろを振り返らずに、まっすぐ工房へと向かった。

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