第一章 魂人形を作る少女 5

「こっわ……」


 思わず背筋に寒気が走る。


 お役人様は懐から布袋を取り出し、その中身を道端にいた。サラサラとした白い粒。


「な、なにあれ」


 それを見た牛は速度をゆるめながら引き寄せられるようにお役人様の元へ行き、彼の足元に撒いてある白い粒を夢中でめ始めた。


 あ、これ、塩か。


 この牛は泥人形だけれど、本物の牛を意識して作ってあるために、牛と同じ特性を持っている。牛は本能的に塩を欲して、恐怖にとらわれた状態から正気に戻ったのだろう。


 どうやら暴れ牛から振り落とされて怪我をする心配はなくなったらしい。しかし足が震えて牛から降りられずにいると、そのお役人様がこちらに近づき、腕を伸ばしてきた。突然のことで、私は状況を飲み込めない。


「へっ?」


「降りられないのだろう? 手を貸すから、こちらへ」


「や、え?」


 さすがにそれは申し訳ないと思い動けずにいると、お役人様は私に冷たい視線を向けながら言った。


「早くしてもらえるか」


「は、い」


 こわ、と思いながらも体を寄せると、彼は私のわき腹を抱え、ひょいっと牛から降ろしてくれた。


 お役人様はすらりとした長身で、年の頃は私より五つほどは上に見えた。知的な顔立ちで肌も日焼けしておらずきめ細やかで、髪にも艶があり、れいに整えてある。衣類に香でもきしめてあるのか、心が落ち着くような、重厚感があり優美な香りがふわりと漂った。


 普段目にしているつちぼこりまみれの素朴な村の男たちとは全然違う。


「お前が黄すいれんの能力を継ぐ人形師、黄鈴雨で間違いないな?」


 牛から降りられて安堵したのもつかの間、彼に真顔でそうたずねられる。


「いや、あ……」


 はいそうですとは言いたくない。でもどうやら私が黄鈴雨だということはバレてしまっているようだ。きっと長老様から猫のお面を被っているのが私だ、とでも話を聞いたのだろう。


「その青みがかった瞳、浄眼だな」


 彼にそう言われ、私はもう言い訳のしようもなくなってしまった。猫のお面の目の部分には周囲が見渡せるよう穴が開いている。浄眼も丸見えだ。


 うなだれ、こくりとうなずく。

 これでもう、私が死んだことにしてもらうことも、できなくなった。


「黄鈴雨。陛下より賜った、お前宛の勅旨だ」


 そう言うと彼は書簡を取り出し、それを私に広げて見せた。


【黄水漣の力を継ぐ人形師に命ずる。その能力で後宮のきさきたちを呪いから守り、後宮の治安改善に尽力せよ】


「ああ……!」


 いつかこんな日が来るかもしれないと恐れていたことが、実際に起こってしまった。

 私は膝から崩れ落ちる。


 私の人生は終わった。ここからは地獄の始まりだ。

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