第一章 魂人形を作る少女 4

 お面をかぶってゆっくりと一歩ずつ進み、思い切ってギィッと扉を開く。するとそこには暗い面持ちの母と、あんの表情を浮かべる智信の姿があった。


「よく勇気を出したな、鈴雨。では一緒に長老様の元へ……」


 とその時、私は智信の背後の道を「牛と牛飼い」が歩いてくるのを見つけた。

 その「牛と牛飼い」は、私が長老様の命を受けて村のために作った魂人形だ。


 体格の良い牛飼いが「やあ」という感じで私に手を振り、ぷっくりとした頬をツルツル光らせながらニコニコ笑っている。


 気づけば私は智信の横を通り過ぎ、牛飼いの元に駆け寄っていた。


「乗せてください」


「あいよ」


「鈴雨、なにを……」


 驚く智信をよそに、私は牛飼いに抱き上げてもらって牛の背中に乗る。私は牛に乗ったことはない。うまく乗りこなせるだろうか。


「ごめんなさい、智信様、お母様。お役人様にお伝えください。黄鈴雨は死んだ、と」


 そう言い残し、私は牛に手を触れ霊気を流して語り掛ける。すると牛は「ブォッブルゥ」と鼻を鳴らし、狂ったように爆走し始めた。


「鈴雨、そんなことをして許されると思うか!」


 背後から智信の叫び声がしたのと同時に、彼の激しい怒りの霊気が膨れ上がってこちらに押し寄せてきた。私は悲鳴をあげ、牛にしがみつく。


「おおい誰か牛を止めてくれぇ!」


 智信が大声でそう叫ぶと村人たちがわらわらと道へ出てきた。


「一体なんの騒ぎだい?」


「ねぇー、りんうがうしに、のってるよー」


 村の子供たちが私を指さして笑い、男たちは慌てて牛を止めようと追いかけてくる。


 ──やめてええええええ。こっちを見ないで! 追いかけてこないでぇ!


 私は猫のお面を深くかぶり、牛にぎゅっと抱きついた。しかしなにせ泥人形なので、表面がつるつる滑る。


「あの、牛さん、もう少しゆっくりでも……」


 そう語り掛けるが、私の恐怖心が牛にも伝わっているのか、牛は暴走をやめない。


「モオォオォオォ!」


「ずあぁ」


 牛の背中から滑り落ちそうになり、必死でしがみついたが、もう手の力が限界だ。どうにか林の中まで逃げ込みたかったけれど、とてもたどり着けそうにない。


「う、牛さん、もう止まってくれませんか?」


ブヴゥウシィ不是


 牛の瞳は興奮状態で、正気を失っているように見える。


 ああ、さっき私が牛に霊気を流して伝えた「ここから逃げ出したい」という気持ちが強すぎたんだ。どうにか意識を現実に戻さない限り、牛は逃避したいという恐怖心にとらわれたまま暴走し続けるだろう。

 自業自得ということか。牛の動きはいよいよ激しくなる。


 ここから振り落とされたら、どのくらいのをするのかな。腕の骨とか、折れるかも。

 そしたらもう、人形を作れなくなってしまう!


 などと考え始め、絶望しかけたその時、目の前の通りにスッと人影が現れた。


 美しいしゅう入りのほうを着た長身の男性。

 早朝に見かけたお役人様だ。


 その人は顔を上げ、私を見つめた。まるで幽鬼のようにうつろな瞳。


 ……あの人、本当に生きている人間なのかな。普通の人間なら感情を表す霊気が泉のように湧き出しているのに、彼からはそれを感じない。


 お役人様は私を見て、笑った。口角だけをかすかに上げて、目は全然笑ってない。


 ──みいつけた。


 そう言われたような気がした。

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