№11 律すること

 結局、酔いつぶれたエディオネルはマリアローゼが王城まで連れて帰ることにした。巨体を俵担ぎするさらなる巨体は、のしのしと夜の街を歩いていく。さしもの夜盗も、この圧倒的な光景を前にしては悪さをしようとも思わない。


「……面目ないです、師匠……うっぷ、」


「すみません、少し揺れますよ。ご気分がすぐれないようでしたらすぐにおっしゃってください」


「……はは、ここでも負けず嫌いで格好の悪いところを見せてしまいましたね……」


「いえ、わたくしの手前もあって飲みすぎてしまったのでしょう?」


「……面目ない……」


 マリアローゼの指摘に、エディオネルは何も言えなくなってしまった。


 しばらくの間、無言で夜道をゆく。川にかかる橋を渡ると、王城はもうすぐそこだ。最悪吐しゃ物をかけられてもマリアローゼは気にしないが、エディオネルはさらに申し訳なく思うだろう。なので、もうひとがんばりしてもらいたい。


 マリアローゼが坂道を踏破していると、担いでいるエディオネルが不意にシラフのトーンでつぶやいた。


「……師匠、以前、『ちからはおそろしいものだ』とおっしゃっていましたね」


「ええ、そうです」


 マリアローゼがうなずくと、エディオネルはぽつぽつとつぶやきを続けた。


「……私も、それを痛感したことがあります」


 どうやら、昔なにかあったようだ。エディオネルのことをもっと知りたいマリアローゼは、無言によって言葉の先を促した。


「……今よりも若かったころ、街へ繰り出したときのことです……友人たちと飲んでいると、ゴロツキどもがやって来ました。友人のひとりは以前の戦争で片足を失っていました。ゴロツキのひとりが、ひどい言葉でその友人のことを侮辱しました」


 皆まで言わずとも、おおよそはわかる。大切なものを傷つけられることを嫌うエディオネルのことだ。しかし、マリアローゼはあえて先をせかそうとはしなかった。エディオネルが自然に言葉にするのを待つ。


「……友人は、国のために戦って足を失くしたのに、本当にひどい言い様で……我慢できませんでした……私はついかっとなってこぶしを振るってしまいました。覚えていませんが、なにかもっとひどい言葉を怒鳴り返したようです……」


「……それは、そうでしょうね……」


「私は、当時からプロボクシングのライセンスを持っていました……プロの身でありながら素人に暴力を振るった……許されることではありません。私は、プロ資格をはく奪されそうになりました」


 そこでまた、無言の合間が入る。


 ……もう少し、王城に帰るまで時間をかけようか。


 エディオネルのことを知りたいがために、マリアローゼはわざと歩調を落とした。


 そうして作った時間の中で、エディオネルが言葉の続きを口にする。


「……そこで、現国王、私の父が介入しました。要するに、事件をもみ消したのです……七光りだと笑ってください、普段は兄のことを嫌っていた私が、国王のちからを借りて難を逃れたのですから……」


「……それで、ちからのおそろしさをお知りになったと」


「……はい。それ以来、私はちからを振るうことに慎重になりました。国王である父にも大きな借りを作ってしまった……ボクシングの、そしてこの国の王になることで、その出来事を清算したい、そういう思いもあります」


 ただ単に強くなりたい、それだけではあのストイックでハードなトレーニングには耐えられない。そう言った背景があるからこそ、エディオネルは自分を追い込むように強くなろうとしているのだろう。


「ですから、師匠が言った言葉は、とても胸に刺さりました……ですが、私は、もう一度あの場に立たされたとしても、同じことをするでしょう……私は、」


「言わずともわかります、殿下」


 エディオネルの言葉をやんわりと遮り、マリアローゼはやさしく語り掛けた。


「殿下は、ご自身のことでは決して感情的にならないやさしいお方です。しかし、ひとたび近しいものが傷つけられるとなれば、こぶしを振るうこともいとわない。そういった意味でも、殿下は時に感情的になるきらいがあります」


 ゆっくりと遠回りをしながら、マリアローゼはエディオネルを担いで歩く。う、と担いだ相手が言葉に詰まるのがわかった。


 それを責めることなく、マリアローゼはさらに言葉を継いだ。


「殿下、おのれを律してください。ひとを守るためとはいえ、ちからを使うことには危険が伴います。よく考え、そのちからを発揮なさってください」


 エディオネルには考える一瞬、というものが必要だ。こぶしを振るう前に、たったの三秒でいい、本当にちからを振るうべきかどうか、考えてほしかった。そうするだけで、最悪の悲劇は免れる。


 考えること、それが『おのれを律する』ということだ。内省、と言い換えてもいいかもしれない。思考を外側でなく内側に向ける、今起きている事態ではなく、自分のこころに問いかける。無理にちからを振るおうとせず、もっと最善の一手を見つけ出す。


 そういったことが、今のエディオネルには必要だった。


「……さすが、師匠はこころえていらっしゃる……」


 マリアローゼの言葉を聞き届けたエディオネルは、そのままかくんと酔いつぶれてしまった。担いだからだから完全にちからが抜け、マリアローゼはエディオネルを担ぎ直して苦笑する。


 これは、酒量も律してもらわなければいけないな。


 エディオネルの意外な話を聞くことができたマリアローゼは、どこか上機嫌で城門にたどり着くのだった。

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