№25 受難
とうとう明日は決勝戦だった。この一戦で、チャンピオンが決まる。
しかし、ふたりの中に妥協やおごりという言葉はなかった。明日が決勝戦だろうとも、今日もストイックにスパーリングにいそしんでいる。
「そうですエディ、そこはこらえるところですよ」
「はい!」
ぱしん、ぱしんとグラブ同士がぶつかる音の中に、扉が開く音が混じった。
「やあ、脳筋バカども」
大事な日の前日に、聞きたくもない声が聞こえてくる。
だが、ふたりはその声をまるっきり無視してスパーリングを続けた。
アリアンナを伴ったリベリオネルが、機嫌良さそうにリングに歩み寄って来る。
「聞いたぞ、バカ同士の殴り合いの大会で、明日一番のバカが決まるらしいな。今日はアリアンナと共に激励のあいさつにきてやったぞ」
「ええ、殿下がどうしても、とおっしゃるから……『一番』がどなたになるか、とても楽しみですわ。がんばってくださいな、弟ぎみ」
ふたりしてにやにや笑いながら、無心にグラブをぶつけ合うふたりに『激励』を投げかける。
その程度の挑発に今更乗る気はなかったが、耳は塞げないのでいやでも言葉が耳に入ってきた。
続けざまに、すっとぼけた顔のリベリオネルが思い出したように口にする。
「そうだ、そういえばそろそろ父上が国王の座から退くそうだぞ。俺が次の国王になったら、殴り合いなんて野蛮なスポーツは禁止にして、お前にも農村のひとつくらいはやろう。どうだ、うれしいだろう?」
「さすがですわ、殿下。次期国王らしいおこころ遣い……次の妃として、とても花が高いですわ」
決定的な発言だった。このままいけば、次期国王は第一王子であるリベリオネルになるだろう。そうなれば、エディオネルとマリアローゼはどんな扱いを受けるかわからない。
しかし、ふたりは今それどころではなかった。『バカ王子』ごときに構っていられない。なにせ、明日は大切な日なのだから。
とっておきの言葉を無視されたリベリオネルの頬がひきつる。
「おい、聞いているのか? 次期国王の言葉だぞ?」
それでもスパーリングをやめないふたりに、とうとうリベリオネルの頭にかっと血が上った。
「殿下……!」
「うるさい、貴様は黙っていろ!」
止めようとするアリアンナを無視して、リベリオネルがリングに上がってくる。それでも動じないふたりに向かって、リベリオネルは大声で怒鳴った。
「たかだか殴り合いの大会で、なにを偉そうにしている!? 俺が国王になれば、そんな大会すぐにでも潰してやるんだからな!」
間近で怒鳴られても、ふたりは我関せずの無視を貫いた。どんどんリベリオネルの顔が真っ赤になっていく。
「貴様なんぞ、農村ひとつでももったいない! ふたりともども、よその国に追いやってやる! せいぜい野垂れ死ぬんだな!」
そして、リベリオネルは癇癪を起した子供のようにエディオネルの足に蹴りを見舞った。
しかし、なんの訓練もしていない蹴り、マリアローゼと共にここまで上り詰めてきたエディオネルにとっては蚊に刺された程度のことだ。いくら蹴られようとも、エディオネルはリベリオネルを無視し続けた。
「このっ! このっ! みじめったらしく死ね! 死ね!!」
何度蹴っても同じこと。鍛え上げられた偉丈夫であるリベリオネルに、豪奢な衣装に身を包んだ中肉中背の男がちまちまと蹴りを入れている姿は、風刺画にでもなりそうなほど滑稽だった。
やがて息が上がったリベリオネルは蹴るのをやめ、ぎろ、と今度はマリアローゼの方を睨んだ。
「貴様のような『しこめ』も、この男といっしょに国外追放だ! 泣いてよろこべ!」
そして、マリアローゼの顔にこぶしを叩き込もうとする。
こんなへろへろのパンチ、マリアローゼに当たったとてどうということもないだろう。痛いと感じることさえない。
が、エディオネルはそうは思わなかった。『自分の恋人が殴られる』、という事実に対して、勝手にからだが動いてしまった。
「マリアローゼ!」
さすがに無視しきれず、とっさにマリアローゼをかばうエディオネル。リベリオネルのこぶしはエディオネルの背中で弾けて散った。たったそれだけのことだ。
が、スパーリングを中途半端なタイミングで中断してしまったせいで、飛び出した瞬間、ぐぎ、とエディオネルの右ふくらはぎから嫌な音がする。
「……ぐ……!」
足をかばってその場にうずくまるエディオネルに、急にリベリオネルがおろおろし始めた。
「エディ!」
マリアローゼが駆け寄ると、すでに右ふくらはぎは赤く腫れ始めている。骨折ではないだろう。靭帯をやられたか。
「お、俺のせいじゃないからな!?」
言い訳を口にしながら、そそくさとリングを下りたリベリオネルは、アリアンナと共に脱兎のごとくトレーニングルームから逃げ出した。
そんなことより、今は……
「大変です! 今すぐお医者様にみてもらいましょう!!」
「……すみません、マリアローゼ……こんな大事な時に、怪我など……!」
「わたくしのことなどお気になさらないでください! それよりも、はやくお医者様に!!」
どうして。
なぜ決勝戦の前日に、こんなこと。
マリアローゼの胸の内に、吐き気がするほどの悔しさがあふれ返った。
リベリオネル程度の小者を呪ったりはしないが、代わりに運命を呪う。
マリアローゼは急いでエディオネルを肩に担ぎ、宮廷医が留まっている部屋へと向かった。
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