№23 クソバカ王子

 やってきた準々決勝当日。


 ロッカールームでのコンディション調整を終えたエディオネルとマリアローゼは、青空の下のリングへと向かった。


 ここまで勝ち上がってきた相手だ、この試合は生半可なことでは勝てないだろう。それはふたりともよくわかっている。


 ヘッドギアとグラブをつけたエディオネルがリングに上がると、対戦者もまた同じように決戦の場に現れる。引き絞られたからだはライトファイターのそれだ。素早さでこちらをかく乱してくるだろう。


 選手入場と共に対戦者とグラブを合わせたエディオネルは、そのままリングサイドまで下がった。


 そして、ゴングが鳴る。


 予想通り、対戦相手のフットワークは軽かった。軽快な足取りでエディオネルとの間合いを計っている。しかし、パンチまで軽いとは限らない。


 エディオネルが先制のジャブを放つと、ぱし!とグラブでいなす。ジャブに隠した本命の左フックはわき腹には命中せず、対戦相手はスウェーでかわした。


 そうすると、今度は対戦者の番だ。大胆に間合いを詰めると、おそろしく速いワンツーを叩き込んでくる。


 エディオネルの動体視力はぎりぎりでそれを見極め、ガードした。


 畳みかけるように、対戦者は顔面を狙った右フックを打ってくる。これはさすがにかわしきれず、エディオネルは頬に一発食らってしまった。


 脳を揺らされたエディオネルが、その場に膝を突く。レフェリーが対戦者の追撃を止めた。ロープにつかまって必死に起き上がろうとするが、


「10! 9! 8!」


 無情にもカウントは進んでいく。エディオネルはなかなか立ち上がれない。


「7! 6! 5!」


「エディ!! 立ってください!! がんばれえええええええええ!!」


 大地を揺るがすような超特大の声がリングサイドから響いた。あまりの大きさに観客席さえざわついている。


 マリアローゼはとっさに腹の底から叫んでいた。この際、目立つ目立たないなど二の次だ。恋人がピンチなのだ、声援を送るのは当然のこと。


「4! 3……」


 カウントは、そこで止まった。


 エディオネルが立ち上がったのだ。


 ふらふらになりながらもファイティングポーズを取っている。頬を腫らし、くちびるからは血が滴っていた。


 レフェリーが試合再開を告げ、再び両者の視線が交錯する。


 マリアローゼの必死の大声援で、なんとかエディオネルは立ち上がってくれた。


 しかし、こんなふらふらな状態で、果たして対戦者のスピードについていけるのか?


 カウントは残り2。マリアローゼの胸に不安の影が差す。


 2ラウンド目、対戦者は手負いのエディオネルに対しても慎重に距離を取っていた。軽いフットワークで翻弄し、ダウンの機会を狙っている。


 次、攻撃が当たれば終わりだ。


 なにか、なにか手はないか?


 リングサイドのマリアローゼは必死に考えた。なにか、エディオネルの戦意を奮い立たせるような言葉は……


 はっと思いついて、マリアローゼは大声で言い放った。


「エディ! あのいけすかない赤髪のクソバカ王子の顔を思い出して、ちからの限りぶん殴ってくださいませ!!」


 ブレていたエディオネルの瞳の焦点が合って、かっと見開かれる。ちょうどそのタイミングで、対戦者が右ストレートを放った。


 研ぎ澄まされたエディオネルの動体視力は、そのパンチを紙一重でかわし、対戦者の顔面に渾身の右フックをお見舞いする。


 文字通り殴り倒した対戦者はそのままリングに沈み、痙攣しながら動かなくなってしまった。


 カンカンカン!とゴングが鳴り、エディオネルのKOに会場中が沸き立った。


 レフェリーが勝者の右手を上げ、試合に決着がつく。


 その瞬間、エディオネルのからだがぐらりと傾ぎ、その場に倒れてしまう。エディオネルももう限界だったのだ。


「エディ!」


 駆け寄ったマリアローゼは、そのからだを担ぎおこしながら、


「やりましたよ! エディの勝ちです!」


「……ええ、なんとか……」


 リングの外に一旦からだを下ろし、改めて俵担ぎでロッカールームへと連れていくマリアローゼ。


「……ふふ、あなたもなかなか……悪い女性ですね……」


 背中から酔っ払ったような声が聞こえてきたので、マリアローゼも笑いながら、


「実際殴ったのはエディなのですから、そこはお互い様ですわ」


「……それを言われると……弱る……」


 それっきり、エディオネルはマリアローゼに担がれながらぐったりしてしまった。まだマトモに歩くこともままならないだろう。


 このままロッカールームに連れていったら、そこで改めて『おめでとう』を告げよう。


 マリアローゼは苦笑いしながらエディオネルを担いで、あの逆転劇を思い出してはさらに苦笑してしまうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る