№31 王からの知らせ
№31 王からの知らせ
優勝したからといって、トレーニングが終わるわけではない。
今度は王者防衛戦が待っているのだ。チャンピオンに休息の暇はない。
しかし、さすがに街に顔を出したエディオネルは、市民たちからもみくちゃにされて祝福されていた。何杯も酒を奢られ、女将さんからは特別サービスの料理をいくつも出してもらい、いつかのように酔い潰れてマリアローゼに担がれて帰った。
それだけ愛されるチャンピオンだということだ。マリアローゼは誇りに思った。
愛される、といえば、あれからというもの、夜になればマリアローゼはいそいそとエディオネルの部屋に向かった。そしてふたりで夜を越えると、『おはようございます』と笑顔で朝を迎えるのだ。
夜通し愛し合っても翌日は執務の上にスパーリングまでこなすエディオネルは、やはり体力が有り余っている様子だった。それに付き合うマリアローゼも疲れなど感じてはいない。このふたりならではのハードな日々だった。
「いいですよ、そのまま踏み込まずに距離を保って」
「はい!」
スパーリングも、前にも増して息が合ってきた。打てば響くとはこのことだ。王者防衛戦に向けて、エディオネルのつよさはより洗練されていった。
ハードワークが終われば、連れ立って街へと繰り出す。いつもの酒場でおいしい食事をして、酒を飲み、他愛のない話をして。たまに他の馴染み客に仲睦まじい様子をからかわれて、ふたりに酒が供された。
そして夜道を散歩して、たまに夜市をのぞいて、城までの帰り道を精いっぱい楽しんだ。エディオネルはしきりにマリアローゼに贈り物をしたがったが、『一番大切なものはもういただきましたので』と辞することが常だ。
繋ぐ手には指輪が光り、髪には以前プレゼントされた髪飾りがいつも揺れていた。
ふたりで笑い合う毎日が、ずっと続いていく。こんな日が来るなんて、リベリオネルの婚約者になった頃のマリアローゼは想像もしていなかった。
だれもマリアローゼを受け止めてくれない、必要としてくれない。女の子扱いなんて夢のまた夢夢のまた夢だと思っていた。
が、エディオネルはマリアローゼのすべてをありのまま受け止めて、『かわいらしい』と笑うのだ。時にやさしく、時に情熱的にマリアローゼを求める。そんなひとと出会えたことを、マリアローゼはこころから感謝した。
エディオネルが、マリアローゼを『普通の女の子』にしてくれたのだ。
「……今日はこのくらいにしておきましょうか」
「はい!」
いまだにマリアローゼにだけは敵わないエディオネルが、顔にアザを作りながら元気よく返事をする。
ベンチに並んでヤギの乳を飲んでいると、ふいにトレーニングルームの扉がノックされた。あの胸糞悪い男ならばノックなどしないので、別の誰かだ。
「どうぞ」
エディオネルが返事をすると、ひとりの侍女が入ってきて一礼した。たしか、国王付きの侍女だ。
「ご機嫌麗しゅう、殿下。早速ですが、陛下が玉座の間まで来るように、と仰せでございます。正装の上、お越しください」
「父上が……?」
不思議がるエディオネルを置いて、侍女はまた一礼するとその場を去った。
「一体なんの用でしょうか……?」
「どういった用件であれ、陛下がお呼びとあらば急いで向かいませんと。エディ、わたくしも参ります。軽く汗を流して着替えましょう」
「そうですね。それでは、準備ができましたら部屋までお迎えに上がります」
「はい」
そう言葉を交わすと、ふたりはトレーニングルームを出て自室に戻っていった。
湯浴みをして支度をしていると、ちょうど良いタイミングでエディオネルが迎えに来た。少しだけ待ってもらって部屋を出ると、ふたりは国王が控える玉座の間へと向かった。
広い王城の、もっとも荘厳な部屋の扉の両側には衛兵が控えている。エディオネルの顔を認めると、すぐさま大きく重い扉をふたりがかりで開けてくれた。
開かれた扉の向こうは、広大な空間だった。赤いカーペットが敷かれ、階段の上の高みには豪奢な玉座が据えられている。高いところにあるステンドグラスの天窓からはさんさんといろとりどりの光が差していた。
「遅かったな」
そこには、同じように呼び出されたらしいリベリオネルとアリアンナがいた。
エディオネルが無視していると、リベリオネルはつかつかと詰め寄って、胸に人差し指を突きつけて吐き捨てる。
「たかだか殴り合いでお山の大将になったからって、いい気になるなよ? いいか、貴様は俺のオマケなんだ。今も、昔も!」
にやにやと勝ち誇ったように告げるが、エディオネルは微動だにせず、ただ玉座を見上げていた。
それに気を悪くしたリベリオネルは、むっとして語勢をつよめ、
「今回だって、きっと父上が貴様と縁を切る話だ! 脳筋バカの頂点だなんて、恥知らずな! 貴様など、王族にふさわしいものか!!」
エディオネルの視線は、ついぞリベリオネルに向けられることはなかった。
数々の修羅場をくぐり抜けてきたのだ、リベリオネル程度の小者の言葉など耳にも入れない。
圧倒的な王者の風格だ。
それに威圧されたように、ぐ、と喉を鳴らして、リベリオネルがようやく引き下がった。
「き、気にすることはありませんわ、殿下!」
すかさずアリアンナがとりなすが、リベリオネルはその場に唾でも吐きそうな顔をしていた。
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