№30 新しい朝

№30 新しい朝

 優勝と、プロポーズの夜の翌朝。


 大きな窓から差し込む朝日で、マリアローゼは目を覚ました。いつの間に寝台に移動したのか、素肌には白いシーツがかかっている。


 寝ぼけ眼でもう一度眠ろうとしたが、隣で寝息を立てるエディオネルを見てそれも思いとどまった。


 この寝顔、誰もプロボクシング国内チャンピオンだとは思うまい。すっかり安心しきって、子供のようにすやすやと寝息を立てている。


 素直に、愛らしい、と思った。こんな顔を見せるのは自分だけだろう、という密かな独占欲も。


 この男が、これから人生のパートナーとなるのだ。


 ふふ、と微笑えんでその頬に指を滑らせる。


 すると、エディオネルのアメジストがゆっくりと開かれた。


「すみません、起こしてしまいましたか?」


 まだ寝ぼけているのか、しばらくの間おもむろにまばたきをし、そして。


 はっと目を見開いたエディオネルは、シーツを蹴立てて全裸で土下座をした。


「ええっ!?」


 戸惑うマリアローゼに、寝台の上に平伏したエディオネルが告げる。


「き、昨日はすみませんでした!!」


 本気で申し訳ないと思っているらしく、声が若干震えている。


「あなたにプロポーズを受けていただいて、うれしくて舞い上がって調子に乗って、ついあんなことやこんなことを……!」


 言われて初めて、昨日の夜のできごとをありありと思い出してしまい、マリアローゼも真っ赤になって狼狽してしまう。


「く、詳しく思い出さないでくださいませ!!」


 たしかに、あんなことやこんなことをしたことはしっかり覚えている。覚えているが、思い出してしまったら顔も合わせられなくなって、つい顔を逸らしてしまう。


「ともかく、初めてでしたでしょうに……本当に、申し訳ないです!」


 改めて頭を下げるエディオネルに、おずおずと視線を向ける。


 そして、本当に大切にされているのだな……と、ここちよく思う。昨夜も、乱暴とは程遠い『やさしい』扱いだった。ガラスを扱うような慎重さで、とにかく甘やかされた。


 マリアローゼはシーツで胸元を隠すと、苦笑いしながらエディオネルの頭をそっとなでる。


「いいのですよ。エディのことならなんでも受け入れられますから」


 その言葉に、ようやく頭を上げたエディオネルはこわごわとマリアローゼに視線を合わせ、


「……嫌いになりませんでしたか……?」


 そんなことを気にしてきたのだ。なんと愛らしい。


 やんわりと銀髪をなでながら、マリアローゼは歌うように告げた。


「なるわけがありませんわ。だって、わたくしたち、これから夫婦になるのですから。エディがくださるものならば、なんだってよろこんで頂戴いたします」


 それは、きっとエディオネルならばつらいことをマリアローゼには背負わせないだろうという信頼から出た言葉だった。


 すべてを受け入れる。時に意見がぶつかることもたるだろう。しかし、決勝戦のときのように、信じて見守る。妻としてできることはそんなところだ。


「ああ、マリアローゼ……!!」


 感極まった様子で、エディオネルはマリアローゼを抱きすくめた。


「愛しています、こころから」


「わたくしもですわ、エディ」


 いつの間にか、ふたりは口づけを交わしていた。そして、共犯者のように笑い合うのだ。


 これからは、ずっといっしょだ。一蓮托生とはこのことか。死ぬも生きるもいっしょ。それがうれしくて、涙が出そうだった。


 自然、泣き笑いのような表情になるマリアローゼのくちびるに、目を細めたエディオネルは今度は噛み付くようなキスをして、ベッドの上に押し倒す。


「ちょ、エディ!?」


 下敷きにされて混乱するマリアローゼに、エディオネルは小さく笑って、しかし捕食者の顔で囁きかける。


「……執務までにはまだ時間があります……もう一回」


 ダメですか? と首をかしげるその様子は、まるでお菓子をねだる子供のようだ。


 そんな風にお願いされると、弱い。


 観念したマリアローゼはからだからちからを抜き、ため息と共に笑声をこぼした。


「……一回だけですよ?」


「はい!!」


 ぱあっと顔を輝かせ、エディオネルはマリアローゼをぎゅっと抱きしめた。




 一回では到底終わらず、結局執務に少し遅れたことは、ふたりだけの秘密だった。

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