ちからこそPOWER!ですわ!~近距離パワー型令嬢、第一王子を殴って婚約破棄されましたが、第二王子のスパーリング相手というか師匠として寵愛を受けることになりました~
エノウエハルカ
№1 近距離パワー型令嬢と婚約破棄
デュクシッッッ!!!
「ぶべらっ!?!?」
重々しいこぶしで顔面を殴られ、男は悲鳴を上げて吹っ飛んだ。ごろごろと派手に赤じゅうたんの上を転がってやっと止まると、床にうずくまって震えている。
ふしゅる……とそのこぶしの持ち主が、蒸気機関のような息を吐いた。
……それは、ドレスをまとった偉丈『婦』だった。
見上げるほどの長身に、筋骨隆々としたからだつき。きりっとした眉にとがった顎。流れるような長い金の巻き毛に、エメラルドの瞳が野生生物のように鋭く光っている。
これが男性ならば、どんな女性も目を奪われることだろう。
しかし、あいにくマリアローゼは女だった。
「きっ、貴様! 一体だれを殴ったのかわかっているのか!?」
殴られた男の方は至って普通の体格をしていた。赤毛の男は豪奢な服をまとっているが、鼻血を出しながら頬を押さえている様には逆に滑稽だ。
憎々しげにマリアローゼを睨みつけている男は、無言でこぶしを突き出したままのマリアローゼに向かって言い放った。
「この! アズトール王国第一王位継承者、リベリオネル・イル・デロイ・アズトール様を!! 貴様は殴ったのだぞ!?」
要するに、マリアローゼが今殴ったのは、この国の王子様なのだ。
ついでに言うと、マリアローゼの目下の婚約者でもある。
「ええ、殴りましたとも。殴られて当然のことを、あなたは言ったのですから」
巌のような揺るぎない口調で告げると、その毅然とした態度に、リベリオネルの視線がより一層憎しみを帯びた。
「いいだろう!!」
リベリオネルはようやくよろよろと立ち上がり、マリアローゼの顔を見上げながらはっきりと宣言した。
「マリアローゼ・フォン・リエントール!! 貴様との婚約を、今、ここで!! 破棄する!!」
マリアローゼはまだ18歳。
花も恥じらうような、恋に恋するお年頃であるにもかかわらず、このたび政略結婚で王家に嫁ぐこととなった。もう決まった話で、マリアローゼはそれを承諾してしまったのだ。
王都に向かう窮屈な馬車の中で、ため息をつく。
車窓に映るのは、身の丈二メートル弱、全身を頑強な筋肉でよろい、女の子らしい柔らかさとは無縁のいかつい容貌。ドレスを着て歩けば、いろいろな意味で誰もが振り返り、二度見する威容である。
幼いころからの恵体であり、赤子のころにすでにリンゴを素手で握りつぶしたという。
「マリアローゼ様は……まっこと、ちから持ちじゃのう!」
「おやっど! おい、おっきくなったらマリアローゼ様みたいになる」
「こげん農民風情に……マリアローゼ様はよか子じゃのう……ありがたや……」
あるときは農民の代わりに、というか、馬の代わりに荷車を引いた。
「ごあああああああああああああああ!!」
デュクシッ!!
「ギャアアアアアアアアアアアアアア!!」
あるときは山で領民を悩ませる巨大ヒグマを退治し、
「お、親分! こいつはやべえ……あべしっ!?」
「たかが娘っ子ひとりになにやってやがる!? よし、この俺様が……ひでぶっ!?」
「親分ーーーーー!!」
あるときは略奪を繰り返す山賊グループをこぶしひとつで全滅させた。
あらゆる武芸を極め、マリアローゼはいつしか社交界で『近距離パワー型令嬢』とささやかれるようになった。
しかし、当の本人の性格はといえば、武芸の達人には程遠い乙女だった。
繊細で、やさしくて、か弱く、傷つきやすい。かわいらしいものが大好きで、屋敷にいるときは窓辺で紅茶を飲みながら刺繍をしている。時折窓の外に現れる殿方に見とれては、ほう、とため息をつくのだ。
男に生まれればよかった、と何度思ったことか。
せめて、もっと女の子らしく生まれたかった。かわいいドレスが似合って、普通に恋をして、普通に年を重ねて老婆になるような、そんな普通の女の子に。
強くなんて、なりたくなかった。こんな筋肉など、脱ぎ捨てられるものならば即座に脱ぎ捨てたかった。肩幅や腕回りが成人男性サイズ以上の、特注のドレスが憎らしい。
もっと、女の子らしく恋をしたかった。
……けど、自分にはこれがお似合いなのかもしれない。『女らしくない』と辺境伯である両親にまで疎まれ、政治のために王家に嫁がされた。要するに、ていのいい厄介払いだ。
馬車に揺られて、王城までやってきて、初めて会ったこの国の第一王子、リベリオネルの第一印象は『傲慢な男』だった。
その第一印象通りに、にまり、と笑い、リベリオネルはマリアローゼに言った。
「マリアローゼ、貴様はこれから俺の妻になる予定の女だ。つまりは、俺のものだ。従え。勝手は許さない」
「……はい」
しおらしいその様子に満足したのか、リベリオネルは、ふん、と鼻を鳴らして笑い、
「貴様のような女を迎え入れてやったことを感謝して、この俺によく仕えるがいい」
「……はい」
リベリオネルがなぜ自分を選んだのかはわからなかったが、とにかくこれから先、自分はこの男のいいように扱われるらしかった。
物理的な檻ならばいくらでも破れるが、精神的な檻というものは腕力ではどうにもならないほどに強固だった。
恋など、自分には無縁のものだ。
そう自分に言い聞かせながら、マリアローゼはアズトール王国の第一王位継承者、リベリオネルの婚約者となった。
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