№2 『見世物』生活

 どんなひどい扱いを受けるかと内心戦々恐々としていたが、ふたを開けてみれば、自分は単なる『見世物』だった。


 リベリオネルはいつも見せびらかすようにマリアローゼを連れて歩いた。その度に、『あの近距離パワー型令嬢が!?』と、好奇の視線が注がれた。わざと筋肉の目立つ肩や首が開いたドレスを着せられ、ヒールをはかされ身長は優に二メートルを超えた。


 ひそひそと背後でささやき声がするたびに、リベリオネルは満足げににんまり笑った。とっておきのオモチャを褒められた子供のように。


 今のところ、特に直接的に手を出されたことはない。寝室も別で、暴力もない。衣食住は十二分に保証され、第一王位継承者の婚約者ということで、王宮でも無礼を働く輩はいない。


 が、決して気分のいいものではなかった。


 ある時、リベリオネルは王城を訪れた武芸者をわざと挑発した。


「ふん、貴様ごとき大したことのない武芸者が名をとどろかせているとは、嘆かわしいな!」


「……殿下、もう一度お聞きしても?」


 眼光鋭い格闘家は、一度はリベリオネルを許そうとした。


 が、再度。


「貴様のような未熟者、女にすら勝てないだろう!」


「第一王位継承者として、由々しき発言……! ならば殿下、お相手願う!」


「ふん、下賤な乱暴者など、この俺が相手をするまでもない」


 そして、マリアローゼに視線をやると、激高した格闘家に向かって顎をしゃくるのだ。


 『行け』と。


 その意図通りに、マリアローゼは歴戦の勇者をこぶしで倒した。


 リベリオネルはその様子をげらげらと笑って見ていた。



 ある時は夜会に連れ出され、いつも通り『見世物』にされるのかと思った。


 が、マリアローゼはなぜか巨大な鉄格子のなかに入れられた。


 なにごとかと思っていると、向かいの扉から巨大なサーベルタイガーが放り込まれる。


「さあ、皆の者! 俺の自慢のペット、どちらが強いか見物していってくれ!」


 手を叩き猛獣をけしかけたリベリオネルに非難の声を上げる間もなく、サーベルタイガーが襲い掛かってきた。


 もちろんその猛獣も一撃で沈めると、集まった貴族たちが一斉に笑った。


 げらげらげらげら。


 要するに、マリアローゼはショーの出し物だったのだ。


 ……こんな風に、マリアローゼの扱いは、『婚約者』というよりは『ペット』だった。


 ぼくのかんがえたさいきょうのぺっと。


 そんな子供じみた悪趣味で、マリアローゼはあちこちを連れ回された。


 ……屈辱的だった。


 なにせ、人間扱いされていないのだ。


 形だけは『婚約者』としての身分を保証されながらも、やっていることは『ペット』でしかない。自分はリベリオネルご自慢の『見世物』なのだ。


 そこにはもちろん愛情などなく、対等な人間関係さえ築いてもらえなかった。マリアローゼに拒否権はなく、ただ歯を食いしばってその屈辱に耐えるしかなかった。


 この結婚がうまくいけば、家のためになる。曲がりなりにもここまで育ててもらった恩義がある、できることならば王家の一員となって、家のために貢献したかった。


 自分には、その程度の存在価値しかないのだ。


 ならば、その意義を果たすために全力でかかるしかない。


 自分さえ我慢すればいいのだ。


 そう、自分さえ……


 


 ある日、早馬が伝令を持って駆け込んできた。


 知らせによれば、近隣の難民の村が、野盗たちによって焼かれているというのだ。


 報告を受けたリベリオネルより先に、マリアローゼが声を上げる。


「大変! 殿下、早く助けを……!」


 真っ青になったマリアローゼに向かって、リベリオネルはへらへらと笑うばかりだった。


「ははっ、いいじゃないか。小汚い難民なんて、前々から邪魔くさかったんだ。これを機にきれいさっぱり地上からいなくなればいいんだ」


 …………今、なんと?


 マリアローゼは耳を疑った。


 自分の聞き間違えであってほしかった。


 でなければ、王族として、いや人間として、その発言はあまりにも……


 ふるふると震えるマリアローゼの耳に、トドメの言葉が突き立った。


「あの汚い難民どもが火だるまになって苦しんでいると思うと、胸がすくような思いだ! なあ、マリアローゼ?」


 けらけら笑ってこちらを見やる視線の、なんと浅ましいことか。


 これまで我慢に我慢を重ねてきたマリアローゼの中で、ぷちん、と何かが切れる音がした。


 そして、次の瞬間、マリアローゼの重々しい拳が、リベリオネルの顔面に叩き込まれた。


 


 ……と、いうわけで、マリアローゼはめでたく婚約破棄された。


 荷物をまとめて出ていくためにずかずかと自室を目指しながら、いまだ怒りの冷めやらぬ頭で考える。


 あんな男の妻になるくらいならば、死んだ方がマシだ。


 あんな、下賤な男!


 いくら家のためとはいえ、もう我慢の限界だった。


 『見世物』にされるのもいい加減うんざりだ。


 家に出戻って影でなんとささやかれようとも知ったことか。もう一分一秒たりともあの男と同じ空気を吸いたくなかった。


 王宮の生活も、『ペット』としての生活も、今日限りでおさらばだ。


「……もう、無理……!!」


 いっぱいいっぱいになって、いつしか涙がこぼれてきた。


 こんな風に打ち捨てられて、みじめで仕方がなかった。女としての尊厳を深く傷つけられたマリアローゼは、なにに対して怒りを抱けばいいのか、なにに対して恨みを向ければいいのか、それすらわからずただ廊下を泣きながら歩いていた。

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