№4 スパーリング
早速マリアローゼはエディオネルのトレーニングルームへと案内された。王城の一角に設けられたその部屋には公式のリングが置かれており、サンドバッグやウエイトトレーニングのためのバーベルなどが並んでいる。
申し分ない環境だった。
ちなみに、リベリオネルには婚約破棄されたが、ここでの衣食住はエディオネルが保証してくれるらしい。
「……お待たせいたしました」
トレーニングウェアに着替えたマリアローゼを見るなり、エディオネルは、おお、と感嘆の声を上げた。
「やはり、見事な……!」
目を輝かせるエディオネルだったが、マリアローゼの内心は複雑だった。たしかに、トレーニング相手としては体格がいいに越したことはない。が、女の子としてはこのからだを晒すことには抵抗があった。
それでも、拾ってくれた恩義を果たすために、マリアローゼはリングに立ってエディオネルと対峙するのだ。
エディオネル自身も、よく鍛えられたからだつきをしていた。無駄のない筋肉がついている。マリアローゼのように隙なく全身を筋肉でよろっているわけではなく、必要なところに必要なだけの筋肉がついていた。
ボクシンググラブをつけ、そのままスパーリングを始めようとするマリアローゼに、エディオネルは慌てて声をかける。
「ヘッドギアとマウスピースを……」
「ごめんあそばせ。髪が崩れてしまいますので、このままで」
暗に『そんなものは必要ない』と告げると、エディオネルの瞳に闘志の光が宿った。両者ファイティングポーズを取り、
「女性を殴るのは気が引けますが……手加減はしませんよ?」
「よろしくてよ」
ふたりの合意を経て、スパーリングのゴングが鳴った。
まっすぐに突っ込んできたエディオネルの先制パンチ。非常に重たいが、受け止めきれないということはない。マリアローゼはガードを上げ、そのこぶしを防いだ。
エディオネルはさらに打ち込んでくる。右、左。交互に打ち込まれるパンチのすべてを受けてなお、マリアローゼはいわおのように動じない。
ボディブロー、ストレート、フック、アッパーと、バリエーションも豊富で、どれも優等生の攻撃。お手本通りのきれいなパンチだった。
……だが、マリアローゼには少し物足りない。なので、少し『スパイス』を加えることにした。
「殿下、もっと強く打ち込んでくださいませ」
今までも充分な強さのこもったこぶしだったが、そう言われてしまえばさらに熱くならざるを得ない。よりテンポの速い、渾身の攻撃が打ち込まれた。
強打の嵐をその身に受け、マリアローゼはそれでも動じない。しかし、そのガードが一瞬下がった。
エディオネルはそれを見逃さず、必殺の右フックを叩き込もうとする。
しかし、それはマリアローゼが誘発したものだった。
スウェーでそれをかわすと、今度はマリアローゼの番だ。
からだを低くして、つっこむように右のこぶしをエディオネルのみぞおちに叩き込む。完全に不意打ちだったその超重量の攻撃に、エディオネルは目を見開き、そして軽々と吹っ飛ばされた。
「……足元がお留守ですわよ、殿下」
ふしゅう……と蒸気機関のような息を吐き、マリアローゼはようやくこぶしを引く。
一方で、急所に強烈な一撃を食らったエディオネルは、膝を突いて胃液を吐き始めた。腹を抱えてのたうち回っている。
はっと我に返ったマリアローゼは、苦しむエディオネルを抱え起こした。
「ごっ、ごめんなさい! 強く打ちすぎました! 大丈夫ですか、殿下!?」
慌ててグラブを外し、背中をさする。あらかた胃の中のものを吐き出したエディオネルは、涙目になりながらせき込み、
「……いえ、やはりいいパンチです、師匠……私が見込んだ通りだ。これくらいの相手でなければ、トレーニングにならない……」
それはそうだろうが、ついやりすぎてしまった。後悔しつつ、マリアローゼはエディオネルに水を持ってくる。口の中をゆすいで吐き出し、ひと心地ついたエディオネルに、マリアローゼは打って変わってやさしく告げた。
「少しお休みください。そのあと、一手交えたわたくしの見解を述べても?」
「ええ、アドバイスをください」
「わかりました。今はとにかく、体力を回復させましょう」
「はい。ヤギの乳を用意してあります。それを飲みながらクールダウンといきましょう」
そうして、エディオネルに肩を貸しながら、マリアローゼはリングから降りた。
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