第30話 フラグという因果律の中で①

 まだ夜の明けきらぬ頃、ミール村の中から外へと向かっている四人組の姿があった。サカキたちである。まさに門から一歩踏み出した時のことだった。


「おお、サカキじゃないか」

「じゃないか」


 小太りでちょび髭の男、次いで、ひょろ長でちょび髭の男に声をかけられた。門番のハチベエとマタベエである。


「早朝から、お勤めご苦労さん」

「なあに、これも職務ですから」

「ですから」


 サカキの言葉に一々、二人で反応してくる。


「お前らなあ。前も言ったけど、それ、うっとおしいからハチベエだけ喋れ?」


 サカキはマタベエを黙らせ、主にハチベエと軽く立ち話をした。村長から娘を探し出す依頼を受けたこと、冒険者ギルドからゼナ島の盗賊団の討伐依頼を受けたことである。二つの依頼を一度に受けたことで驚かれてしまった。そして、これからゼナの遺跡近くにある、盗賊団の根城に向かおうとしているところだと伝えたところで、ハチベエとマタベエの表情が一転して真剣みを帯びた。しかし、最終的には快くサカキたちを送り出してくれた。


 門から出て行って、しばらくしたところで――。


「サカキ! どうか、無事で帰ってきてくれよ!」

「くれよお!」

「あったりめえだろ!」


 手を大きく振りながらの二人の大声に、サカキも大声で返す。今度は彼らを黙らせることはなかった。


 ◇


 そんな別れがあってから、森の中を冒険者ギルドからの情報通りに歩みを進め、2時間ほど経ったであろうか。サカキたちはゼナの遺跡までたどり着いた。森の中に場違いのように鎮座する古びた広い石畳、その真ん中辺りに、地下へと向かう階段がぽっかり大きな口を開けていた。


「うーん。ダンジョンだねえ。ゼナの遺跡、ちょっと興味はあるけど、今回はここが目的じゃないんだよな」

「残念ながら、遺跡の探索はまた今度だな。でも俺もサカキ殿たちと一緒に行きたいぞ!」


 エデルは顔をほころばせ、腕をワキワキさせており、サカキと同じくダンジョン探索に興味があるようだった。


「ダメよ、二人とも。ダンジョン探索を軽く考えちゃ。万全の準備を整えてから来ないと」

「エマの言う通りだ。俺たちの昔の仲間だって、気が緩んだ奴から順番に死んでる。俺だって一緒に行きたいところだが、やはりそのための準備を整えないとだな――」


 さすがは熟練の冒険者という設定のエマ、フランクリンの言葉である。そういった雰囲気フレーバーも込みで、ますますダンジョン探索に期待してしまうサカキであった。


 さっきの話の流れで、フランクリンとエマの会話がまだ続いている。美女と野獣のような組み合わせなのであるが、二人は本当に気が合うようで、笑い合い、時に小突きあったりして仲睦まじい様子だ。


 そんな二人の様子を見ていると、不意に脳裏によぎってしまう。


 ――盛大にフランクリンが打ち立ててしまった死亡フラグである。


(何が『この戦いが終わったら、俺、エマに結婚しようって言おうと思ってんだ』だよ)


 フラグとよく似た概念に因果律というものがある。全ての出来事は原因があって起こるもので、原因なしには何も起きないという原理原則が因果律である。これが破られることは通常ありえない。


 だからフラグはなかなか折られないし、フラグの上がり下がりに一喜一憂したりする。


(ちょっと考えすぎかな。でも万が一、そんなことが起きようなら――)


 サカキはぎゅっと口を結んだ。


 ◇


 ゼナの遺跡から少し離れた位置、外敵を阻むような広いすり鉢状の地形の中にそれはある。――ゼナ島の盗賊団の根城である。サカキたちは崖の上に立ち、谷底を見下ろしていた。


 まず目に付くのは、根城の中心に高くそびえ立つ、立派な物見やぐらだ。すり鉢状の地形と外界を繋ぐのは、狭隘きょうあいな一本道であり、物見やぐらから発見した敵を排除するのは、さぞかし容易なことであろう。


 メタ的なことを言えば、村やダンジョンの入口が一つしかないというのは、オープンワールドではない昔ながらのRPGによくあることであり、その点では特に驚きはなかった。


 次に目に付くのは、多数ある藁葺き屋根の建物である。いずれも朽ち欠けていて、いかにも昔あった集落をそっくりそのまま乗っ取りましたよ、とでも言いたげな印象であった。


 問題なのは、これが想像以上に多く、盗賊団として相当な規模があると思われたことである。


「うっはあ……。これ四人で本当に大丈夫なのかよ」

「だから言ったでしょう。まあ、なんだかんだで私たちはサカキを信じてここまで来たんだから、やれるだけはやってみましょう」


 少し気圧されてしまっていたサカキにエマがそう言った。慎重と思えば大胆な時もあり、これを評するなら、肝が据わっているということであろう。ここまでの道中でもエマはとても頼りになった。少女のような体のどこに胆力が備わっているのか――その目は谷底の盗賊団だけを見据えていた。


「腹は決めたわね? 行きましょう」


 そんなエマだから、頼りがいのあるようでいて、どこか抜けているところもある大雑把なフランクリンと相性が良いのであろう。エマはサカキに微笑むと、颯爽と歩いていった。


 ◇


 ゼナ島の盗賊団の根城について、あらかた地形や建物の配置を確認し終えたサカキたちは崖を迂回して下っていき、盗賊団の根城へと続く隘路あいろに入った。


(さすがに、いきなり死ぬまではいかないとは思うが、念のためゲーム開始位置を上書きしておくか)


 ゲームリセット後の復帰場所を更新しておき、サカキが盗賊団の根城へ足を踏み入れた時のことだった。


「敵襲だ! 敵襲!」


 カン、カン、カン!


 物見やぐらの鐘が鳴らされ、わらわらと盗賊が集まってきた。


 みな一様に無表情のコピペキャラであり、翎子りんず――三国志の呂布を彷彿とさせる、虫の触覚のようにも見える羽飾り――を付けた兜を被り、黒光りする鎧を着たそれは、さながらGのようであった。


 物理法則を無視するような速度で移動する盗賊が、サカキたちのもとへ集まり――いや、たかり始めていた。


「ゲームリセ――」


 本能的に言おうとした『ゲームリセット』の言葉は最後まで続くことはなかった。盗賊の手によって、サカキの首と胴が粗いポリゴンの粒子によって分かたれ、瞬時に意識を消失したからである。赤いポリゴンを撒き散らしながら、宙を舞う首の虚ろな瞳に映った最後の光景は、サカキ自身と首を掻き切ってきた盗賊とのステータスの比較結果であった。


【サカキ】

・ちから   ★★☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

・たいりょく ★★☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

・かしこさ  ★★☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

・すばやさ  ★★★☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

・うんのよさ ★★★★★☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


【盗賊8号】

・ちから   ★★★★★★★★★★☆☆☆☆☆

・たいりょく ★★★★★☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

・かしこさ  ★☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

・すばやさ  ★★★★★★★★★★★★★★★

・うんのよさ ★★★★★☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

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ヒトツク〜他人が作った未完成RPG世界への転移〜 平手武蔵 @takezoh

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