第29話 決戦を前にして
レジスタンスの過激な活動の末、行方不明になったミール村の村長の娘――トネリの話を聞くことができたサカキとエデルは、いったん宿屋に戻ることとした。今頃は、残りのパーティメンバーであるフランクリンとエマが冒険者ギルドにて、ゼナの遺跡近くを根城にする盗賊団の討伐依頼を正式に受注してくれたはずである。お互い今日の報告は、宿屋の食堂で夕食がてら行う予定であった。
ゲーム開始位置はちょうどミール村の宿屋であり、ゲームリセットによりサカキとエデルは瞬時に宿屋まで移動した。夕食まで少し時間があるため、部屋でフランクリンとエマの帰還を待つことにした。
「サカキ殿。結局、トネリ殿がゼナ島のどこに捕らわれているかは分からずじまいであったな。少し思ったのだが、トネリ殿がサカキ殿の想い人であると判明した以上、何よりもトネリ殿に関する情報収集を優先する必要があると、俺は思うのだ。盗賊団の討伐をされるのは結構なことだが、トネリ殿を救出するという目的からは離れているようにも思える。一度、行動の方針を再考する必要もあると思ったのだが、それはどうなのだろうか」
状況を俯瞰して見るのであれば、もっともなことをエデルが言った。しかし、それに対する回答をサカキはすでに持ち合わせていた。
「いや、盗賊団の討伐は予定通りに行うぞ。おそらく、これがトネリの救出に繋がるキーイベントとなるはずだ」
「どういうことであろうか」
「一旦、おさらいとしよう。エデルは盗賊団の討伐によって、得られる対価は分かっているな?」
サカキの言葉を受けて、エデルはラウンド髭を指でいじり、少しの間があってから口を開く。
「仲間を殺され、盗賊団の頭目に恨みを持っている冒険者ギルドのならず者――リュウジとチョウジの心を開き、用途不明のアイテムである『髑髏のカンテラ』を使い道を知ることができる……であったな」
「正解だ。そこでだが、そもそも一般的なカンテラの用途というのが、夜道を照らすものだろう。だったら『髑髏のカンテラ』の用途がなんなのか、大体予想はつく。これを落としたのが、俺を最初に牢屋へ連れ込んだホブゴブリンだったということもある。現状は何かしらの力によって、トネリの捕らわれている魔人兵生産工場への入口は秘匿されているはずだ。『髑髏のカンテラ』が、その力を解除するキーアイテムになるんだよ」
ヒトツク収集歴10余年のサカキにとって、そう考えるのは当然の帰結であった。
「なるほど。しかし、分からない。もしかするとだが、サカキ殿はもっと前からそこに気付かれておったのではないか? リュウジとチョウジに聞かずとも、『髑髏のカンテラ』を使って、魔人兵生産工場への入口を探すこともできたのではないか?」
「はあ、分かってねえな。イベントには順序ってもんがあるんだよ。この世界で重要なことはフラグを立てることだって、前も言ったよな。おまけに、ゼナ島にやって来て、ミール村を探すのに何日かかった? やみくもに、この広いゼナ島をしらみつぶしに探すってことか? それは無理筋ってもんだろう」
「……うむ。まったく、その通りだな」
鼻息を荒くして語るサカキを前に、エデルはうなずくことしかできなかった。
(ちょっと口悪く言い過ぎてしまったかな)
サカキは少し後悔していた。想い人であるトネリの救出を焦るあまり、自己本位となって周りを冷静に見ることができていない。
「――どうかなされたか、サカキ殿?」
この悪癖には昔から付き合い続けていて、直すことはとっくに諦めてしまっている。沈んだ気持ちを気取られたか、笑ってそんな言葉をかけたエデルの顔を、サカキは直視することができなかった。
◇
夕飯時となり、サカキとエデルは食堂に移動した。すでに席に座っていたフランクリン、エマと合流し、お互い今日の成果を報告した。
フランクリンたちは、冒険者ギルドで盗賊団の討伐依頼を正式に受注できたとのことだ。ただ、自分たちの現在のレベルと比して、難易度が非常に高い見立てをされており、何度か受付嬢に反対されてしまったそうだ。考えを撤回させるため、ギルドマスターまで出張ってきたらしい。それをフランクリンが強引に受注してきたのだと言う。
この時、サカキが言うのだから依頼を受けて問題ないと言うフランクリンと、あくまで慎重にことを運びたかったエマとの間で、若干のいさかいがあったらしい。先程のサカキたちへの報告でそれを蒸し返された形になり、少し不機嫌になってしまったエマを目にして気まずくなってしまったからか、フランクリンは話題を一旦変えてきた。
「それにしても、びっくりだな。昨日、散々ネタ……いや、酒場で盛り上がったサカキが好きな女の話。それが、この村の村長の娘さんだったなんてな」
「ネタとか言うんじゃねえよ。俺は女盗賊――トネリに本気なんだからな」
「そうだぞ、フランクリン殿! ベロベロになっていたとはいえ、サカキ殿の恋路を応援すると言っていただろう!」
ややこしくなるから間に入ってくるなと、エデルに小一時間言いたいサカキであった。それにしてもと、ふとサカキは気になったことをフランクリンたちへ問いかけることにした。
サポート仲間システムにより、この世界につい最近、産声を上げたばかりのフランクリンとエマ。しかし、彼らの中には確かな記憶が宿っている。どこかの村で生まれ出でて成長し、二人は出会って仲間と旅に出て、ミール村にたどり着いたという仮初めの記憶が。
生まれた時から一緒であることを運命づけられた二人。トネリの救出を目前にして、男女が付き合うとは現実的にどういうことなのか、37歳の童貞男は真剣に意識し始めていた。だから、その言葉は自然について出た。
「なあ、フランクリン」
「なんだ、サカキ」
「お前とエマのこと、なれそめの話……もっと聞かせてくれよ」
みるみる顔が赤くなったフランクリン。ついさっきまで機嫌が悪かったはずのエマ。――サカキの言葉をきっかけに、二人は急にいちゃつき始めた。いつもはそれに対して、フランクリンはもげろと思っていたサカキであったが、なんだかお裾分けをもらった気分になっていた。トネリの救出が成功すれば、即、彼女と付き合えるという謎理論からの余裕がもたらす残念事象である。
明日は盗賊団との熾烈な戦いになるというのに、酒盛りが始まってしまった。しかし、この和やかな雰囲気というのは悪くはない。エデルはもちろん、フランクリンもいい奴だ。少しとっつきにくいと思っていたエマも、なんだかんだで世話を焼いてくれる。本当にいいパーティに巡り合えたとサカキは思った。
サカキの知らないうちに、エデルとエマは、先に部屋へ戻ってしまったようだ。夜も遅くなったため、宿の主人も娘さんも食堂から、とっくにいなくなっていた。食堂に残ったのはサカキとフランクリンだけである。
「今日はもう、こんなところでお開きかな。昨日に続いて、はっちゃけちまったな」
フランクリンがそう言って、居住まいを正す。
「――なあ、サカキ。この戦いが終わったら、俺、エマに結婚しようって言おうと思ってんだ」
古典的なフラグ立てをされたことに絶句するサカキであった。
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