第28話 村長と娘とレジスタンス②

 盗賊が出たと聞いて応接室に入ってみれば、いきなり大事な愛娘への求婚。サカキの言動は、村長もといゲームAIを大いに混乱させてしまったらしい。


「もしもーし」


 目の前に手のひらをかざしても無反応。村長は完全にフリーズ状態になってしまった。サカキは復帰を待つ間、村長と程度は違えど、混乱状態になってしまっていたエデルの誤解を解くことにした。


 普遍的なRPGについて、盗賊はポピュラーなジョブであるため、サカキもそれにならってそう呼んでいるが、よくよく考えればおかしなことではある。なにせ盗賊とは犯罪者だ。盗賊が大手を振って歩ける世界など、どうかしている。


 しかし、RPGにおける盗賊のような風体の者を一体なんと呼べばよいのか。やはり盗賊は盗賊でしかないのである。そこを追求してはいけない。そういうものなのだと、サカキはエデルに分からせた。


「――しかし、サカキ殿」

「なんだ、エデル」


 あんぐり口を開けた間抜け面でフリーズしてしまった、村長の顔を指でツンツンしながら、エデルは話を続ける。


「フリーズとやらは、一体いつになったら解除されるのか……。いっそのこと、地獄の炎ヘルフレイムで焼いてしまうか?」

「おまっ! それはやめろ! 俺のお父さんなんだぞ!」

「断じて、それは違う!」


 そんな茶番を繰り広げながら、村長のフリーズが解けるのを待っていたが、その時は訪れなかった。ついにサカキはある決断を下すことにした。


 ゲームリセットである。その決断を最後まで行わなかったのは理由がある。現在のゲーム開始位置はミール村の宿屋となっている。そこから村長宅までの経路は、かなりの距離の登り坂となっていて、サカキは軽い登山をしている気分になっていた。体型の分、相当な疲労感を感じていて、登山の繰り返しをどうしても避けたかったのだ。


「うおお! ゲームリセット!」


 サカキは叫んだ。その声の調子には、心なしか悲哀が混じっていた。ゲームリセットの結果、現実は厳しく、当然、宿屋の部屋に二人は戻った。振り出しに戻り、荒れに荒れるサカキをエデルがなだめすかしながら、村長宅へ再び登山を開始するのであった。


 本日、二度目の登山。その最中、サカキは何かにつけ、エデルの顔をチラチラ見ていた。某、翼を授けるドリンクの味に似た最高級MP回復薬の摂取について、これ以上太ってはいけないからと、サカキはエデルから制限をかけられていた。つまり、これは無言のおねだりである。


「……サカキ殿。まあ、今日はよく運動なされた。1本だけだ。1本だけなら、許そう」


 満面の笑みになるサカキであった。


 ◇


 サカキたちは無事、村長宅に着き、再びメイド娘に応接室へと案内してもらった。ソファにドカッと座ったサカキを真剣な眼差しでエデルが見ていた。


「サカキ殿。分かっておられるな?」

「分かってるよ。いきなり『娘さんをください』とか言うなってことだろ」

「分かっておられるならばよいが……」


 エデルは口ではそう言うが、その目はサカキを信用しているとは到底思えなかった。サカキが内心、少し腹立たしく思っていると、応接室に村長が入って来た。


 フリーズ時の間抜け面ではない、きりりとした表情の村長は「ようこそ、旅のお方。遠路はるばる、よう来なさった」と言って、サカキたちと対面側のソファへ腰を下ろした。お互い簡単に自己紹介し、本題へ入っていく。


「事情を知った上で、わしと会ってくれたことを心より感謝する。わしらゼナ島の民の営みを苦しめてきた、海峡のシーサーペントを退けるほどの力を持つ、あなた方に改めてお願いしたい。レジスタンスのようなやからには頼りにできん。金なら、いくらでも積む。だから、娘を……娘をどうか助けてくださらんか。このとおりだ」


 村長は深く頭を下げた。このような頼られ方に慣れていないサカキは戸惑ってしまい、隣に座るエデルを反射的に見てしまった。目が合って、サカキの返答を促すようにエデルが頷いた。


「やってやるよ」


 サカキの言葉に「本当か!」と、顔を上げた村長の表情には花が咲いていた。フラグの立つ音も脳内にばっちり響いた。


「そ、それでだな。娘さんっていうのは、どんな人なんだ」

「ああ、そうだな。顔も分からんと探すこともできんな。ちょっと待ってくれ」


 指で頬をかき、しどろもどろになるサカキを前に村長は席を立った。応接室の奥にある机の上から、なにやら写真立てを持ってくると、それをサカキたちに見せた。写真に写った人物はもちろん知っている。サカキの想い人である女盗賊だ。


「トネリ。大事な愛娘だ」


 それを聞いたサカキの意識はどこか遠い所へ飛び立ってしまう。


 トネリ――その名前を何度も反芻していた。なんと尊い響きであろうか。彼女を探し出し、救うことができたなら、声を大にして言おう。トネリ、君のことをずっと探していた。生まれた世界を離れ、ヒトツクの世界に来たのは、この時のため。トネリ、愛しているよと。


「――サカキ殿!」

「はっ!」


 エデルの声で、サカキの意識が引き上げられた。使い物にならなくなったサカキの代わりに、エデルは色々と村長から情報を聞いてくれていたようだ。ここ最近のレジスタンスの活動について何か言っていなかったかとか、行方不明となる前に何か変わった様子はなかったか、などである。残念ながら特に収穫はなく、ノーヒントで攻略せよということらしい。


 ただ、村長から正式にトネリの救出を依頼されたことでフラグも立ったようであるし、いずれイベントが進行するであろうと、サカキはそれほど気落ちしていなかった。想い人に一歩近づいたことで気もそぞろになり、状況を冷静に俯瞰することができていないということもあった。


「サカキさん、エデルさん。今日は本当にありがとう。娘はもしかしたら、もうこの世にはいないかもしれん。いずれにせよ、この家に戻ってくることを祈っておるよ」


 村長は写真立てをテーブルに伏せ、席から立ち上がった。サカキとエデルも立ち上がる。


「じゃあな、村長。必ずトネリを助け出してやるから、首を長くして待ってなよ」

「心配なさるな、村長。サカキ殿なら無事やりとげてみせるさ」


 頭を下げる村長を背に、手をひらひらと振りながら二人は応接室を後にした。


 村長だけが残された応接室。しばらくしてから頭を上げた村長は顎に手を当て、何か思案顔をしていた。


「トネリ……はて、誰じゃったかな」


 テーブルの上に伏せられた写真の裏面には人物の名前が書かれていた。ただ、それは『トネリ』ではなく、似ても似つかない別の名前が書かれていた。

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