第27話 村長と娘とレジスタンス①

「じゃあ今日は各自用事を済ませたら、宿の食堂で夕食がてら、お互い報告ということで」

「了解。また後でな、サカキ」


 フランクリンはサカキに手を振り、エマとともに冒険者ギルドの方へ向かって行った。サカキがその後ろ姿を見るともなく見ていると、エデルが口を開く。


「ではサカキ殿。俺たちも村長宅まで向かうとしよう」


 ◇


 ミール村は小高い丘の上に位置し、頂上付近を中心として、堅牢な石壁にぐるりと囲われた集落である。このため集落の中心は最も高度が高い場所となる。そこに一際大きく立派な木造の建物があり、その建物が村長の住む屋敷であった。


「エデル! ちょっと休憩!」

「なんだ、サカキ殿。村長宅まであと少しだと言うのに」

「デブに登り坂はきついんだよ!」


 言いながらサカキは虚空に手を出し、空間を歪ませ、インベントリから瓶に入った最高級MP回復薬を取り出した。それをゴクゴクと飲み干す。


 別にMPなど減っていない。MPを消費する呪文も覚えていない。しかしサカキは最高級MP回復薬を結構な頻度で飲んでいた。


 味が良いからである。過度に甘く強炭酸のそれは栄養ドリンクに似た味わいで、濃い味のコンビニ弁当が大好きなサカキをたちまちに魅了した。


「サカキ殿。そんなに甘い物をとられては体に毒だ。もう少し控えては?」

「て言ってもなあ。染み付いた癖はやめられないんだよ」


 そう言ってサカキが2本目の最高級MP回復薬をインベントリから取り出そうとした時、エデルがサカキの腕を掴んだ。その表情は少し真剣に見えた。


「サカキ殿。ここは我慢を。想い人と出会った時、太ったサカキ殿と痩せたサカキ殿……どちらを好かれるか、よーく考えよ」

「……分かったよ」


 迷いながらも、サカキはインベントリから最高級MP回復薬を取り出すことをやめた。


 ダイエットとは積み重ねだとよく言う。ほんの数キロカロリーの我慢であっても回数を重ねれば体重、何キロ分のカロリーにもなる。


 そのことをエデルが知っていて、自分に言ったとはサカキは思わない。ただ、年齢を重ねた今ではもういなくなってしまった、自分にあれこれ言う懐かしい人物たちの姿をエデルに重ね、2本目の最高級MP回復薬を飲むことをやめたのだった。


 ◇


 そこからサカキは不平を言うことなく坂道を登り続けた。十分ほど。そしてミール村の中心、小高い丘の頂上、村長の屋敷の前までサカキたちはたどり着いた。


「つ、疲れた……。なんでこんな不便な所に住んでるんだよ。頭、沸いてんじゃないのか!」

「まあまあ。こんな立派な屋敷なら、もてなしの一つでもあるのでは? 早速訪ねてみよう」


 目的地への到着により、溜まりに溜まったサカキの不満が爆発した。エデルはそれをなだめると、扉に取り付けられたノッカーをゴンゴンと鳴らした。しばらくしてからガチャリと遠慮がちに扉が開く。


「どちら様でしょうか」


 絵に描いたようなメイド娘であった。まあ美人なんだがステレオタイプ過ぎるきらいがあり、サカキの心の琴線に触れることはなかった。そのメイド娘の問いにエデルが答える。


「門番のハチベエとマタベエから村長宅を訪ねるように言われて来たんだが」

「ひょっとして、あなた方があの海峡のシーサーペントを!? すぐに応接室へお通しします! さあ、こちらへ!」


 何も言っていないのに話が早くて助かる。こういうところはゲーム的だよなとサカキは改めて思った。海峡のシーサーペントは(略)。


 メイド娘の案内で村長の屋敷に入ってすぐ、2階まで吹き抜けとなっているホールがあり、早速サカキの目を引いた。内装は華美な装飾が施されているということではないが、床、柱、壁。どれをとっても、そこはかとなく質の良さを醸す造作となっていた。


 機能美とでも言うのだろうか。地に足を付けた雰囲気であり、こんなところに住んでみたいと一瞬でも思ったサカキだったが、ここに至るまでの坂道を思い出し、やはり無しだと思い直した。


 そんなことを思っているうちに屋敷の中の一つの部屋に案内された。ここが応接室なのであろう。メイド娘はサカキたちに、村長をこれから呼ぶため、この部屋でしばらく待つように言ってから、廊下の奥に消えていった。


 部屋の中は大きめのテーブルが中央辺りに配置されており、革張りの少し高級そうなソファが2対あった。その一つにサカキはドカッと座った。エデルもそれに続く。


 硬すぎず柔らかすぎず、実にいい塩梅であった。正面の壁に飾られたいくつかの絵を見ながらサカキは一息ついた。左から右へと順番に見ていき、一つの絵に描かれた人物を認めた――その時であった。


「女盗賊じゃん!」

「と、盗賊!?」


 サカキが突然、大声を上げたため、エデルは立ち上がって警戒の姿勢をとり、辺りを見回す羽目になった。


 少し幼い時のようだが、健康的に焼けた肌にショートの金髪に、ほんの少しだけ露出度が高めの衣装は間違いなく、牢屋で見たあの女盗賊であった。あの時、見ることは叶わなかったエメラルドのような神秘的な瞳を拝むこともでき、実に眼福である。


 女盗賊と言ってもそれは通称である。RPG制作ゲームでプリセットされたキャラクターグラフィックについて、先頭の番号辺りは主人公となることを運命づけられたようなヒロイックなキャラクターたちで固められている。勇者的キャラクターから始まり、戦士的キャラクター、魔法使い的キャラクターなどと続いていき、その中の一人が女盗賊であった。


 そして、絵に描かれた女盗賊の傍らには、彼女に似た大人の男性が描かれていた。


 サカキの中で、話は全て繋がった。


 レジスタンスに加入して行方不明になった村長の娘というのが女盗賊なのだ。彼女はレジスタンスから潜入捜査を命じられ、ゼナ島のどこかにあると考えられる魔人兵生産工場に囚えられている。決して助けに来ないレジスタンスを今も待ち続けている。


 ここまでの話の中で、レジスタンスは魔王打倒のためなら犠牲をいとわないスタンスであることが分かっている。ならば、レジスタンスに協力することは絶対にあってはならないのだ。


「盗賊だと!」


 サカキとエデルの大声が聞こえたのか、応接室のドアが乱暴に開かれた。ドアを開いた主は、少し年老いているようだが、絵に描かれた女盗賊の傍らにいた大人の男性――。


「お父さん! 娘さんを僕にください!」


 コップに静かに注がれた水はもはや限界に達し、表面張力だけで耐えていた。それはこの瞬間、終りを迎えた。コップの水があふれ出すように、サカキの口からそんな言葉が漏れた。

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ヒトツク〜他人が作った未完成RPG世界への転移〜 平手武蔵 @takezoh

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