二〇二四年一月一日

 自分にとって最後の繁忙期になるはずだった。

新年こそ、気になることが何一つない日を過ごしたかったが、望んだ自分が甘かった。

 陳列カウンターには桐箱の中におはぎ各種が密集。それも正月料金として値上げしている分各種おはぎの容量も増していた。

 販売商品を絞った成果だろう。みたらし団子、きな粉団子、焦がししょうゆ団子の三種類が販売台二台ずつの設置でも、それなりに消費者を魅了していた。自分は決して、製造担当者の腕前を酷評するつもりはなかった。

 日々懸命に会社に従い、肩や腕、腰を痛めていたスタッフに、自分なりに敬意を払っていた。だからこそ売れ残り商品の行く末に心を痛めていた。製造と廃棄を繰り返したところで苦労が報われない。それでもスタッフたちは与えられた作業を辞める術を知らなかった。日に日に卑屈になる自分の目を傷める光景がもう一つあった。

おはぎと団子の商品を厳選し、水まんじゅうや豆大福を販売休止してまで得たスペースを埋める存在。正真正銘、福袋だ。

 中身は福袋限定味のせんべい、同じく限定味のどらやき。加えて今年度一月に限り使用可能の割引カードは三割引もしくは五割引。夕方六時以降の通常割引と併用可能ということもあり、列を作る消費者は正月料金のおはぎや通常料金の団子各種に目もくれなかった。一人の消費者に就き福袋を二つ、三つと両手に袋の持ち手を握り、レジ台に置いた。列の一部だったどの消費者も、人間というより狩人の目をしていた。一カ月限定の割引のためなのか、福袋購入というイベントに参加することでコロナ禍解禁後の正月を体感したかったのか。私服を着たところで、自分にはショッピングモールの一駒になることに抵抗があった。どのテナントでも福袋がメイン商品になっていた。複数種類の福袋を提げてにやける消費者も珍しくなかった。

 この月は前月分と比較して、昼勤務の割合が高かった。その分曜日問わずそれぞれの休日を消費で満喫する姿を数多く見た。夕方、仕事帰りの消費者とは明らかに表情と目のクマの濃さが違っていた。

 そういう自分は昼の慣れない業務の流れとスタッフの雰囲気に脂汗が止まらなかった。それでも午後五時になれば制服の黒スラックスを穿いた両脚が途端に軽くなった。商品の割引開始前、前日のわらび餅に限り廃棄業務は湯型勤務者が行う。それ以外では商品への罪悪感が感じにくいため、いわゆるアフターファイブのことのみを考えられた。貴重な時間を飲食店での夕方勤務に充てる日もあったが、早々に帰宅して家事、勉強に勤しむのが主なアフターファイブの過ごし方だった。同居の母に言わせれば、人生の謳歌を感じられないようだが、比較的体力に余裕のあった二十台にやりたいことができなかった身としては今の方が十分充実して面白みがあった。「あの店」での勤務を除いて、だが。現住所の市よりもはるかに賃金が低く、閉鎖的な田舎に住んでいたので、金銭の貯蓄よりもストレスの蓄積が大きく上回っていた。機会に恵まれ県内はるか南へ移った。当時の経済力ではこれが自分の精一杯だったが、おかげでガイドの仕事に巡り合えた。ただし東京と比べて見どころが限られ、海外にとって魅力的とされる地域の商店街は廃業者が後を絶たない。全国各地代わり映えのないチェーン店のみが市内複数のショッピングモールに集約、自分の感覚としては半年に一度は必ず一、二ほどのテナントが入れ替わる。そうしてマニュアルに忠実、もしくは各テナント内での協調性や言われたことのみを行い後輩にも教える、といった若い労働者が生産される。人徳をすでに積んであることを望まれる年齢層も会社という長いものに巻かれ、若い労働者が辞典商品に自腹を切るのも阻まない。ショッピングモールにおいては消費こそすべて、正義だ。浜迫さんは割引を理由に購入を勧め、田下さんは滅多に購入を引き留めようともしない。最近では新商品の試食目的でのみ自腹を切る自分に対して、田下さんは笑顔を崩さなかった。それでも得る金ではなく出す金を良しとする世界では、田下さんや稗さんであっても、仕事上でさえ信用できなかった。

 その頃より、自分は他店の和菓子を割引にて購入して食することが増えた。「あの店」の商品だけが和菓子だと思いたくなかった。ガイドとして繊細な味覚を取り戻したかったのだ。昨年秋よりガイドの繁忙期が再開し、最新情報を集める機会が増えた。それなのに他店和菓子の甘味をうっすら感じる程度で、味覚に関しては過去のリサーチで得た記憶を完全に頼るしかなかった。結果的にガイドとしてゲストに喜んでもらえたが。不完全な自分が悔しく、さらに舌を追い込んだ。その結果、虫歯が増えて歯科通院費が「あの店」で働く以前よりかさむようになった。

 治療の際麻酔をかけてもらったところで、歯の激痛と心の渇きによる摩擦痛は共鳴していた。

 年始の繁忙期を終えると、担当医と歯科衛生士のお姉さんに呆れられるほど、自分は泣き叫ぶことになった。

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