二〇二三年五月一〇日

 自分、瀬谷せや知美ともみは長崎県長崎市にて、訪日外国人を対象としたガイドのアルバイトをしていた。三月から四月にかけてはガイドの依頼が多く、国外のガイド会社からの報酬のみで生活できた。日本のアルバイトや正社員と比べると時給が四倍弱も高く、一か月に五日、八時間ずつ案件をこなせば質素な暮らしが可能。長崎市特有の高い家賃と光熱費を払うためだけに一か月に二十日以上働く必要もない。そうすれば好きなだけ市立図書館に通い、編入したばかりの通信制大学での学びも滞りなく二年間で修了できる。

 五月に入り、その算段が崩れた。

 五月後半より依頼数が減り、六月の案件はゼロ。日本の雨季は富裕層の外国人には不人気だからだ。その間日本への旅行費が安価になり、ガイドを依頼する経済的余裕がなくても訪日可能な時期になる。つまり私たちガイドの収入はゼロ、どこかで確保する必要があった。とはいえ、直近に依頼されるガイド案件にはできるだけ応えたかった。

 そこで自分は、単発アルバイトのアプリを使い始めた。自分の都合に合わせて働けることは利点だったが、結局先着順で申し込みに一国を争うことになる。それだけではなく、時給は提示された額より決して上がらない。

長崎県では時給が九百円もあれば上等というほど低賃金、加えて物価も地価も高い。

ほどよく安定、かつガイド最優先を理解してくれるアルバイト先を探すことになった。自分は個人的にハローワークへの信頼が薄いので、メジャーな求人アプリを活用して「あの店」を見つけた。交通費全額支給と時給一一〇〇円は魅力的だった。また勤務先が和菓子屋ということで、アルバイト業務をしつつガイドに活かせる情報のリサーチも可能だった。そういうわけで私は「あの店」の実態を調べもせずに求人応募した。それが五月十日だった。

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