二〇二四年三月二日

 月末に退職を控え、非情な自分は田下さんや浜迫さんが無表情を装って廃棄する商品に傷心を感じなくなっていた。一人の人間が会社どころか他者一人も替えることができないのだ。ましてやショッピングモールという大きな組織は、自分一人が抜けたところで体制を変えない。誰かが心を痛めて売れ残り候補の商品に自腹を切ったところで、数字に対してのみ感謝されて終わる。企業から給料を受け取る身としては、生き延びる術が限られていた。近い将来、より深刻な駒不足にて廃業まで追い込まれない限り、駒を動かす側、駒として動かされる側も自分と同じ思考の人間が現れるまい。消費者も後者として、一つのショッピングモールが閉館すれば、別の新しい箱に収まろうとする。駒として働く側もしかり。そうして少ない金をショッピングモール内で回していく。

 それを自身の生活や将来への希望とも、束の間の喜びとも思えない自分は異端者に過ぎない。ならば時給相応それなりの働きをするのみと割り切り、ショッピングモールの外での生活に想いを馳せればよかった。そのはずみで、田下さんに口を滑らせてしまった。

「昨日、人生初の彼氏ができました。コクられたんです」

 田下さんは廃棄作業を放り出して、自分に駆け寄ってきた。詳細を求められたところで自分の失態に気づいた。優しい人、六歳年下、長崎市出身、と当たり障りのない返答をしていたが、一つだけ真剣に応えざるを得なかった。

「政治家?」

 健吾さんの職業を尋ねられ、もっとも該当するカテゴリーで無理やり答えた。間違ってはいないが、正しくは政党活動一環のコミュニティ運営を任されている。素人である自分にとっては、地域政治家のようなものだ。

 この一言が、自らショッピングモールをより嫌うきっかけになるとは思わなかった。

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