二〇二三年六月三〇日
ショッピングモール内各店舗共通アプリポイントは税抜二〇〇円につき一ポイント付与。「あの店」もポイント付与対象店なので、毎日一〇〇円ずつよりも二〇〇円ずつの購入がお得。打算的に考えていたがために、わずか一〇日間の出勤で六〇〇〇円も売れ残り商品に充てていた。
「悪かねぇ、瀬谷さんに買ってもらってばかりで。今日は私もおはぎ、明日の朝食用に買おうかな」
来年還暦を迎えるという
「自分はまだ、この仕事のことを全然わかっていないんで。販売している以上、お客様に聞かれたことを応えられるようにならないと信頼してくださらない。私が消費者ならそう思います。それだけですよ。でも田下さんは製造されているじゃないですか」
「ああ、アタシもたまに販売に立つとよ。そのときは浜迫さんが製造のシフトに入って。でも本当にたまにしか販売せんけん、接客対応ば忘れてしまうことのあるんよね。でも本当、捨てるなんてもったいなかよねぇ。せめて従業員割引が適用されたらよかとに。それか、テナント割引。それすらこの会社は許可せんけんね」
テナント割引とは、ショッピングモール内各店舗で働く従業員がモール入館証を各店舗に提示することで割引などを受けられる制度。とくに学生アルバイト従業員は好きなショップの服を一割もしくは二割引きにて購入している。自分は今のところ一度もその制度を利用していない。利用したい店舗にその制度が導入されていないというのも大きな理由だ。
「本当、もったいなかですよね。自分がこれまで短期で入ったほとんどの店舗では、無料で売れ残り商品を頂けたので……ただただ、経営方法の違いに驚きです」
自分は言葉選びに苦しんだ。田下さんの職歴を知る必要はないが、自分の過去の恩恵は二回りも年上の彼女にとって初耳だったようだ。
「商品ばもらえるってことなんて、あり得ると?」
田下さんの瞳は濁りの隙間から光が漏れているようだった。
「アタシも二〇歳くらい若かったら、すぐにでも転職したかったわ。どこのお店で働いとったと?」
市内の老舗デパート、と答えた。イベント専門人材派遣会社より、短期求人を紹介してもらい、勤務可能条件に応じてシフトを作成してもらう。自分が全日制大学に通う以前より、世話になっていた。現在は短期販売求人ではなく、単発のバンケットホール係として派遣されているが。田下さんはその会社の存在すら知らなかった。二桁の年月、一か所の職場に勤めていると、身近な情報すら調べようとせず、自らが置かれている状況が普通だと思い込むようになるのだろうか。
自分が身震いしたのは、財布の中身を見たからだけではなかった。この身震いが、風邪のせいであればどれほどよかっただろうか。
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