二〇二三年九月三日

 この月、シフト時間数確保という名目にて、昼の勤務も提案された。自分としては一日の勤務時間数、ひいては収入が微々でも増えることに魅力を感じた。それでも自分は有期を強調した上で、検討すると応えた。昼勤務の魅力がもう一つある。せっかく退職の意思を告げていたのだ。勤務先に迷惑をかけない程度に自分の自由を守りたいものだ。

 結局収入と貯蓄形成のため、クルーズ船が寄港しない日には昼勤務、夜は駅最寄りの飲食店にてアルバイトをした。どうしても夕方勤務可能者がいない日のみ「あの店」のシフトに入った。飲食店はガイドとして、詳細をリサーチするため。また無料のまかない食は自分一人分の食費を抑えるためだ。「あの店」で売れ残りを購入する財布の痛みを帳尻合わせているつもりでもあった。「あの店」の従業員が割引にて商品を購入する方法は、午後六時以降の一般向け割引の利用のみだった。一割引きから始まり、一時間、もしくは売れ残り数に応じ午後八時までには五割引になる商品もあった。定価一四〇円のこしあんおはぎを三割引き、定価一〇〇円のみたらし団子を五割引き。売れ残り数によっては定価九一円のきな粉団子を五割引きにて購入。これが自分のルーティンだった。ごく稀に定価一八〇円の豆大福が五割引になれば、母のおやつ用にも二個購入した。定価一八〇円の水まんじゅうは新作が出るたびに、試食用として売れ残りを三割引きにて購入していた。飲食店で用意されるまかない食を腹八分目で留めては、日々のマイナス出費によるダメージを修復できない。また、自分の胃が甘味以外の味覚を要求していた。社員には食べっぷりに呆れられていたが、自分は気にしている場合ではなかった。微々ながらも自分の意思を貫けるという快感と栄養補給の成果があり、ウエストのくびれが隠れるようになった。その引き換えに、飲食店勤務時は店内における人間関係も食材の在庫も気にならなかった。食材を扱う以上、誰かが廃棄に携わる。ショッピングモールに店舗がある以上、売り上げもそれなりに気にする必要がある。それでも食材の痛みは自然の原理と捉えられ、売り上げの数字も自分たちに大入りが入るかどうかという観点のみ。自分の販売力によって責任を感じることもないので、胃に負担を感じることがほとんどなかった。

 対する「あの店」では、ショッピングモールを訪れる人間すべてを消費者と見なして笑顔を振りまかなくてはならない。店員のオススメと割引というキラーワードにて、消費者の「逆SDGs」を促さなくてはならない。何しろ「あの店」を抱える会社は大量生産、大量消費を大いに推奨しているのだ。廃棄してもいいから毎日一〇〇〇個以上の商品を作れ。連日三五〇個以上の廃棄が生じれば、運営を任せられている浜迫さんが責められる。そうすればスタッフ全員が彼女に同情して、何としてでも一つでも多くの商品を売り上げる。ときには一〇本単位にて団子に自腹を切る。そして売れた分のみ団子を作り補充する。自分はその行為だけでなく、自腹を切るスタッフの笑顔を見せつけられるたびに、背筋が凍った。自分まで、廃棄商品に傷める心を強要されているように感じた。また、会社から得た収入は会社に還すよう促されているようにも捉えてしまった。自分と母の生活を維持するために収入が必要なのに、人の事情に献上する余裕などあるはずもなかった。これが貧しい子どもたちの学習道具の購入費になるなど社会のためになるならば、一か月につき五〇〇円までなら喜んで寄付したのだが。自分が深く調べていないのも非があるが、少なくとも会社が何かしら社会に還元しているようにも感じられなかった。そのような経営体制の会社には一円たりとも寄付したくない。ただし、時給分はしっかり働き、成果を達成する。自分があんこの甘みを忘れても、その義務は変わらなかった。

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