第3話

 目を覚ますとそこは知らない天井……、いやそうか、今日から僕はここに住むことになったんだった。


 機密保持のためとやらで、新しくなってしまった携帯の画面を見てみると今の時間は朝の九時半。本来なら一限目の講義に遅れたことを嘆きつつ、もう一度惰眠を貪るか、読みかけの小説でも手に取るか適当にゲームでもするところだが、今日はそういうわけにはいかない。


 昨日配られたばかりの制服に袖を通し、食堂まで出向く。


 食堂はどうやら券売機方式のようで、お金を入れずとも昨日貰った携帯をかざすことで食券が買える方式になっているらしい。

 内容は分からないが、モーニングAセットと書かれたそれを購入し、店員さんに渡す。

 すぐにトレーに乗ってAセットは渡された。どうやらAセットは焼き魚と海苔、白ご飯に味噌汁と日本の朝ご飯と言われればこれ、みたいなラインナップだった。

 実際にこんな朝食を食べてる日本人は多くないと勝手に思っているが、和食の朝食のイメージにはぴったりだった。


 時刻は既に九時半ということもあり、食堂の中に殆ど人はいない。

 既に他の秘密結社の職員の人達は何かしらの仕事に皆付いているのだろう。

 自分一人こうしてのんびりしているのが少し悪い気もしてくるが、仕事が今はないんだから仕方ない。


 さて、それならゆっくり朝食でも取ろう。

 こんなまともな朝食を食べるのは久しぶりだ、普段は朝食を抜くのがざらだし、食べても菓子パンぐらいのものだ。


「やあ、ずいぶんと重役出勤じゃないか」


 一人で朝食を味わっていると、それを邪魔する相手が現れた。

 忘れるはずもない、昨日初めて出会った女性だ。名前は確か安住と言われていたはずだ。


「何の用ですか、安住さん」

「そこまで邪険に扱う必要もないだろうに、なに私も朝食を取ろうとしていたら、ちょうど見覚えのある顔が見えたものだからね、挨拶ぐらいしておこうと思っただけさ」


 安住さんのトレーを見てみると、マシュマロとチョコが乗ったトーストと、ココアがその上に乗っていた。甘すぎて胸やけしそうなラインナップだ。


「ここの生活には慣れたかい?」


 そんなトーストをかじりながら、安住さんはどこかずれている世間話を投げかける。


「慣れるわけないじゃないですか。まだ二日目ですよ。それにここの事とか、今までの常識と違いすぎて」

「まあ、そうだろうね。ここは君が今まで生きていた世界とはかけ離れすぎている。私だって実際、ベアヘロ達を見なかったら信じれないさ」


 安住さんは吐き捨てるように言った。


「なにはともあれ、君にはこの暮らしに慣れてもらわないといけない。なんせ君にはちゃんと役割があるのだから」

「分かってますよ」


 昨日、シャインから聞いた話を思い出す。

 僕が持っている魔力量は多く、魔力量が戦闘力に直結する魔法少女において魔力タンクというのは大きな意味を持つと。だからこそ、自分はこの秘密結社の一員として誘われたのだ。


「けど、本当に僕は魔法少女になれないんですか」


 僕だってあの時見たようなヒラヒラした服やスカートを着た自分なんて見たくはない。だけど、今の状況を考えればそれすらましなのではないかと本気で思ってしまう。


「精霊が成れないと言ったんだろう、それなら不可能だ」

「そうですか」

「まあ、そこまで残念がるな。君は魔法少女と一緒に戦うことが出来るんだから」

「それが魔力タンクとしてなら情けないですけどね」


 外付けの魔力タンク。言葉にしてみれば何とも情けない存在ではあるが、事実としてあのベアヘロを倒す事の出来たのは僕のおかげだと、シャインの奴が言っていた。

 秘密結社としては、ベアヘロと戦うための武器は強ければ強い程良い。だからこそ僕はこの世界を守るために喉から手が出る程欲しいのだろう。随分と良い給料で、この秘密結社に所属させてもらえることになった。

 更にベアヘロが現れるまでは、業務も一切ないというかなりの好条件でだ。実感は全くないが、それぐらいにはこの組織では重宝される才能ということなんだろう。


 ただそれほど重宝されるということは、断れば目覚めた時に安住さんが言っていた、薬やらなんでも使ってまともな思考判断を奪ってでも利用されるんだろう。

 明らかな人権侵害であるが、世界を守るためであれば僕一人の犠牲程度どうでもいい、少なくとも安住さんはそう考えているだろう。

 直接戦う魔法少女と違って、僕自身は意思がある必要はない。


 好奇心、それとほんのちょっとの非日常への憧れから、シャインの提案に頷いたわけだが、 ちゃんと話を聞いた後でも僕が秘密結社に加入するという結果はきっと変わらなかっただろう。

 違うのはその時の僕の心持ちぐらいのものだ。

 

「ベアヘロって何者なんですか」

「さあ、私もそこまで詳しくは知らないさ。あの精霊達に聞いても異世界からの侵略者としか分からないからね」


 異世界からの侵略者か、あんな化け物今までテレビの中ぐらいでしか見たことがない。


「そうだ、朝食が終わったら、図書館の方に向かいたまえ。君に会いたいと言っている人物がそこで待ってる」

「わかりました」


 僕と会いたい人って誰だろうか。この施設で僕があったことがある人物っていうのは少ない。

 シャインと呼ばれている精霊、それと今ここにいる安住さん、それと秘密結社に入ると決まった時に会話をしたこの施設の社長ぐらいのものだ。

 安住さんからこう言われている以上、シャインか社長になるのだが……もし社長なら気乗りしない。

 社長とは殆どまともに会話したことが無いのだが、あの人は人の一人や二人殺していても不思議ではない程鋭い眼光をしている。


「ちなみに誰が待っているかっていうのは」

「それは行ってみてからのお楽しみだとも」


 そう言い捨てて、朝食を食べ終わった安住さんは席を立った。

 それぐらい教えてくれてもいいのに。



 朝食を済ましてから、図書館の方に向かう。

 広い施設ではあるが、携帯に入っているこの施設の地図アプリのおかげで迷うことなくたどり着くことが出来た。


 出来ればシャインであってくれと一縷の望みを掛けて、図書館の扉を開く。


 ただそこにいたのはシャインでもなく、社長でもなくどこかの学校の制服を身にまとった少女がいるだけだった。あれ、おかしいな、確かに安住さんは図書館で待っていると言ってたはずだ、もしかして図書館って二つあるんだろうか。


「すいません、勝手に呼び出してしまって」


 僕が来るまで呼んでいた本から目を離し、席から立ちあがり少女はお辞儀する。

 愛嬌のある顔つきで、ぱっちりとした大きな目が特徴的な、ショートボブの子だった。多分年齢は中学生ぐらいだとは思う。


「いや、大丈夫だけど、安住さんが言ってたのは君なのかな」

「はい、そうです」


 少女は顔を上げる。その顔には見覚えがあった、あの時ベアヘロと戦っていた魔法少女だ、間違いない。


「ああ、あの時の」

「あの時はごめんなさい、巻き込んでしまって」

「いや、大丈夫だよ。それに君のせいじゃないんだし」


 別にこれに巻き込まれたのは、彼女のせいというわけでは無いことは分かってる。実際彼女を恨むような思いは一切ない。だけど、彼女はどうしてか思い悩んだような表情を浮かべている、責任感の強い子なんだろう。


「……僕は森田紘一、君は?」

「え?」

「名前だよ、名前。まだお互いの名前も知らないからさ」


 こういった相手に自分は気にしてないといくら言っても意味ないだろうから、話題を変える。


「えっと私は穂坂ほさか凛音りおんっていいます」

「そっか、穂坂さん。よろしくね」


 そういって手を伸ばした瞬間だった。図書館の中に警報が鳴り響く。


 確か、この警報はベアヘロが現れた合図だったはずだ。


「って話をする余裕もなさそうだね」

「みたいですね」


 穂坂さんは苦笑いを浮かべる。

 その表情は、今から命を賭けて戦う魔法少女には思えない程、自然なものだった。

 彼女は戦うことが、怖くないんだろうか。


「コウイチ、今回も協力お願いします」


 ただその疑問を口にするよりも早く、いつの間にか現れた、シャインに手を取られ昨日と同じように意識を手放す。

 ここから先は穂坂さんに頑張ってもらうしかない。こんな小さな子に頼るしかない状況に思う所がないわけじゃないが、僕に戦う力はないんだ、仕方ない。

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