第2話
「貴方の協力に感謝します」
ぬいぐるみの頼みごとを二つ返事で了承すると、満足げに頷いた。
案外首の可動域はしっかりしているらしい。
「さて、そういう事であればまずは現状について説明させてください。アズミは、きっとそういった説明をしていないでしょうから」
「それは助かります」
なんせ今の状況を、何一つちゃんと理解出来ていない。
「まずですが、貴方が先ほど見た化け物、あれはベアヘロと呼ばれるものです。彼等は異世界の生物であり、この世界を征服するために現れた怪物とでも理解してください」
「いままであんな化け物見た事無かったですけど」
「ええ、ベアヘロの存在は一般人には隠されてますからね。他の人達が入ってこれないよう結界をはり、その中で魔法少女達は戦っていますので」
その結界とやらのせいであのベアヘロが現れた時に周りの人が急にいなくなったのか。
何故自分だけ取り残されてしまったのかは謎だけど、人がいなくなった理由は理解できた。
「その、ベアヘロは何でそんなことを?」
「わかりません。なんせ世界征服が目的だというのも、ただの推測にすぎませんから。ただ人類の良き友人になれない事は、既に証明されています」
「なるほど」
「そして、ベアヘロと戦うための力を持つもの達を魔法少女と言います。先程、戦っていた少女がそれですね」
魔法少女か。名前から察するに、文字通り魔法を使って戦う人達の総称なんだろう。
ベアヘロは巨大な化け物であり、魔法少女のビーム。おそらくあれが魔法だと思うけど、その魔法で体の一部が消し去られてもすぐに回復するほどの回復力があるようだった。
銃なんかだと当然太刀打ちできないだろうし、戦車とかを持って来ても勝てるようなイメージが湧かないほどの化け物だ。それと戦うために、魔法といういかにもファンタジーな産物で戦うというのは、そもそもファンタジーのようなベアヘロや目の前のぬいぐるみを見てしまった今、さほど違和感はない。
ただ、どうしても引っかかるところがあった。
「魔法少女……なんですね」
魔法少女と、目の前のぬいぐるみは確かにそう言った。
魔法を使ってベアヘロ達と戦う人物というのであれば、魔法使いなんて名称でもいいはずだ。わざわざ少女だと限定する必要はない、それでも少女と名称を限定した。
「ええ、そうです。魔法少女は魔力と呼ばれる力を使って魔法を使いますが、魔力を持っているのは一般的に十歳から十八歳までの女児だけですから」
どうやらこちらの言いたいことを汲んでくれたようで、説明をしてくれる。
怪物たちと戦うことの出来るのは少女達だけということらしい。
先ほどぬいぐるみが僕に戦う力が無いといった意味がようやく理解出来た。僕はそもそも十八歳を超えているし、女でもない。
魔法少女になるための二つの条件をどちらも満たしていないのだから、当然戦えるはずもない。
「……ちょっと、待ってください。さっき、魔力タンクになって欲しいって言ってませんでした?」
「ええ、言いましたね」
「あれってどういう意味なんです?」
魔力タンク、名前のイメージからして魔法少女達の予備の魔力源にでもなってほしいということだと思っていた。
ただ魔力を持っているのは、魔法少女達だけだという。それなら一体僕に何を期待されているんだろうか。
「先ほど私は一般的に魔力を持っているのは、十歳から十八歳までの女児だと説明しましたよね?」
「そうですね」
「何事にも例外という奴はあるということです、何故だか貴方の体内に魔力があることを確認しました、それも一般的な魔法少女よりも多くの量を持っていることを」
それはまあ僕だっていわゆる中二病という病気にかかり、自分が特別な人間なんだって思っていたこともある。
その時期に何か派手な事をしていたわけではない、ただそれでもあの頃に日記でもつけていれば、今見れば燃やして無かったことにしたくなるほどの黒歴史になっていた事は間違いないだろう。ただそれを卒業した今、突然貴方は特別ですなんて言われてもどうしても困惑の方が勝ってしまうというのが正直なところだ。
「理由とかは分かるんですか?」
「……いえ、今のところは不明です」
「そうなると、とりあえず何故か僕は魔力を持っていると」
「はい、その通りです」
「それなら、えっと、その魔法少女になれるんじゃないんですか?」
二十歳の男子大学生が魔法少女になれるか聞いている、現状を言葉にしてみれば完全に血迷っているようにしか思えない発言だ。
「それは無理です」
「でも魔力があるなら可能なのでは?」
「ええ、そうなんですが、貴方は魔力はあるのにそれを出力出来ないんです」
「えっと?」
魔力の出力?
そんなことを言われても、いまいちピンとこない。
「例えるなら貴方は蛇口の無いタンクなんです。体内に魔力はあるんですが、それを出力することが出来ないので、魔法を使うことは出来ないんです」
「はあ、それで魔力タンクってことですか」
なんとなく理解出来たような気はする。
他の人は持っていない魔力を持っているけど、それを出力できないってなんだか妙に損した気分になるな。実際は別に損もしてないんだろうけど。
「魔力タンクって結局何をするんですか?」
結局のところ僕が何をするべきなのだろうか。
自分が魔力とかいう力を持っている事も、それを発揮することが出来ないという事も理解出来た。
それなら魔力タンクっていうのはいったい、何なんだろうか?
「魔法少女に魔力を分け与える、それが貴方の主な仕事になります。魔力の量がその強さに直結する魔法少女にとって、貴方の存在は大きな意味を持つでしょう」
「魔力を渡すって……そんなこと可能なんですか? その、良く分からないですけど、僕は魔力を出力できないんですよね?」
「ええ、ですので、貴方の存在自体を魔法少女と一体化させることで、貴方の魔力を魔法少女が自由に魔力を使えるようにします」
「えっと……それって、大丈夫なんですか?」
一体化とか、正直不味い気しかしないんだけど。
そんなことして、僕の体は大丈夫なんだろうか。
「ええ、もちろん。大丈夫じゃなければ、今ここに貴方はいませんよ」
その言葉の意味を理解するのに一瞬、時間が必要だった。
ああ、そうか。
あの時、このぬいぐるみに手を取られた後、僕はあの魔法少女と一体化してたわけか。それでちゃんと戻ってきている以上、大丈夫だという意味だ。
「だいたいその、分かりました。それでその、貴方はなにもの何ですか?」
「私ですか? 私はシャイン。精霊です、魔法少女達に戦う方法を教えています」
どうやら目の前のしゃべる不思議なぬいぐるみはシャインというらしい。
そういえば、あの魔法少女が最初に魔法を放つときに言っていた名前がそんな名前だったような気がする。
「それで、えっと、ここは何処なんですか?」
「ああ、そういえばまだ説明してませんでしたね。ここは秘密結社、秘密裏にベアヘロ達と戦う魔法少女達をサポートするための組織です。魔力タンクとして協力してもらう以上、貴方にもこの組織に所属してもらうことになります」
名は体を表すというが、ここの場合はどうやらそのままの名前を付けられているらしい。
「分かりました」
「おや、人間の男子は秘密結社に入れるというと、喜ぶはずですが、そこまで食いつきませんね」
不思議そうに、シャインは首を傾げた。彼等にとってみれば中学生も大学生も大した差はないのかもしれない。
「そういうのはもう卒業したので」
確かにあの頃なら、内心では両手を挙げて喜んでいたかもしれない。秘密裏に世界を守っている組織に入るなんて、あの頃何度妄想したかも分からない。
「そうでしたか。それは残念です」
心にも思っていないようなことを口にした後、シャインは一つ咳ばらいをした。
「ようこそ、秘密結社へ。私達は貴方を歓迎します。私達の世界を守るため、私達の未来を守るため、共に戦い抜きましょう」
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