こんなことなら魔法少女の方が良かった

NEINNIEN

第1話

 つまらない世の中が嫌いだった。

 毎日同じような事の連続で、きっとそれが死ぬまで続いていく、そんな退屈な日々が嫌いだった。でも、だからといって変わるための努力をすることの出来ない自分はもっと嫌いだった。


 きっと僕はどこか遠いところに連れて言ってくれるような何か、それを待ち望んでいたんだろう。この退屈な日々を壊してくれるような、その何かを。

 ただ、それでも、今目の前に広がるような非日常を求めていたわけじゃない!


 目の前に広がる光景に、目を疑わずにはいられなかった。

 いつの間にか周りにいた人たちはいなくなっているし、フリルを大量にあしらったいわゆるロリータと呼ばれるようなピンクの服を着た少女が宙に浮き、先ほどまで授業を受けていた大学の校舎と同じぐらいの大きさの恐竜のような見た目をした化け物と、手に持った杖からビームを飛ばしながら戦っている。


 一瞬、自分の頭が可笑しくなってしまったのかと思ったが、ちゃんと森田もりた紘一こういちという自分の名前も思い出せるし、今朝の朝食の内容だって思い出せる。

 少なくとも正常な判断自体は出来ていると思う。


「行くよ、シャイン!」


 そう少女が言うと、彼女が持っている杖の様なものからひときわ強い光が放たれ、化け物の体に直撃する。


 その光は怪物の体の一部を消し去る事に成功した……がそれだけだった。


 消え去ったはずの体の一部は、最初からそんな傷が無かったかのように塞がってしまう。


 アニメや漫画でしか見たことのない光景が、目の前に広がっている状況。

 力のない自分は、ただ動けないままでいた。

 なんで待ち望んでいたような光景が目の前にあるというのに、どうして僕は見ているんだけなんだ。


「駄目です、リオン。全く効果がないようです」


 どこからか少女の物ではない声が聞こえてくるが、その声の主が見えない。

 何処か遠距離から連絡しているのだろうか。


「それならどうするの!」


 苛立ったように少女は言う。


「他の魔法少女の救援を……」

「それが出来たら苦労しないよ!」

「増援は望めないですか。そうなると魔力のあるものを取りこむしかありませんが」


 謎の声がそう言った瞬間、背筋に冷たいものが走った。

 ここからすぐにでも逃げ出さないといけない、何故かは分からないがそんな確信に似た何かを感じた。

 だが、そんな確信に反して自分の体は動いてくれない。足は竦み、その場に尻餅をついたまま、動かないのだ。


「なんで魔力を、いやそもそもなんで普通の人間がこの空間に? いやそんなこと考えてる暇はありませんね」


 突如として目の前に狐をデフォルメして、可愛くしたようなぬいぐるみが現れる。

 普通のぬいぐるみはこんなふうに話したり、浮いたりしないからただのぬいぐるみではなさそうだ。それならなんなんだよこれ。映画かなんかの撮影か。あの怪物とか、あのビームを放つ少女とか。それなら説明はつくけど、どういう仕組みで浮いてるんだよ、このぬいぐるみ。

 現状をどうにか理解しようと頭を回転させるが、全く理解出来ない。


「貴方の力を借ります」


 そんな混乱している頭の中、こちらの了承を取ることもなく目の前のぬいぐるみが僕の手を取った。


 あ、なんだこれ……だめだ、意識が遠く……。


「よし、リオン。これで全力で魔法を唱えてください!」


 遠のいていく意識の中、そんな声が嫌に耳に響いた。




 夢を見ていた。


 夢の中で、これは夢なんだと自覚できる不思議な夢。

 確か、明晰夢とかいう奴だったはずだ。


 夢の中はお菓子で出来た道に、お菓子で出来た建造物達、空にはカラフルな風船が何処からともなく飛び続け、かと思えば遠くでは雨ではなく飴が降っていると、ファンシーな世界がそこには広がっている。


「夢、なんだよな?」


 一人、呟いてはみるもののそれに答えてくれる相手はいない。

 それと同時に、思ったように体が動いたことに驚く。どうやらこの夢の中で自由に行動出来るみたいだ。


 それならこの不思議な世界を旅してみるのもいいかもしれない。

 ただそこでボーっと立っているというのもつまらない。そんな好奇心から、僕は一歩目を踏み出した。


 しばらくこの世界を探索してみるが、景色はほとんど変わらない。

 目印として飴が降っている地域に向かって歩いてはいるものの、僕が歩けば歩いただけ、その分だけその地域が遠くなっていくような気がしてくる。

 他に分かったことといえば、他の生物がいるような気配は無いということぐらいだ。


 もしかしたらこの夢の世界では、たどり着く場所なんて無いのかもしれない。現実ならありえない話ではあるが、夢の世界であればそんなありない話だって起こるだろう。


 そんなことを思っていると、遠くに西洋風のお城が目に入った。

 何故だか他の場所と違って、お菓子で作られているようには見えない。ちゃんとしたお城だ。あそこになら何かあるかもしれない、そんなことを思った時だった。

 突然、体から力が抜けて立っていられなくなる。


 何が起きているのか、理解する時間もないまま僕の意識は遠くなっていった。




「……知らない天井だ」


 目を覚ますと、そこは見覚えのない部屋の中にあるベッドの上だった。

 体に何やら色々な機械が付いている。その機械が外れないようゆっくりと体を起こしてみると、これまた見覚えのない白衣を着た女性が隣に座っていた。

 年齢はおそらく三十代前半程度だろうか。

 整えられていないぼさぼさな髪、お世辞にも健康そうだとは言えない顔色が特徴的だ。


「何か体に異常はあるかい?」

「えっと、多分、大丈夫だと思います」


 軽く手を動かしてみるが特に異常はない。

 おそらく彼女は医者か何かなんだろう。白衣を着ているし、この機械達は自分の体調を測るものなんだろうか。


「ここは病院ですか?」

「近からずも遠からずといったところかな。ここは診療所だよ、名前は……ふむ、そういえば名前を決めていなかったな。野戦診療所いや、ここが野外ではないから戦診療所とでも呼んだ方が良いだろうか。それともここは他の診療所などに習って医者である私の名前を使って安住あずみ病院にすべきだろうか。じつに悩ましいね、全く」


 なんなんだ、この人。

 まさかここが病院かという、質問をしただけでここまで拗れた解答が来るとは思わなかった。


「えっと……その結局ここは?」

「だから診療所だと言っているだろうに、まあそんなことはどうでもいいんだよ。君において、ここがどこかと言う話は些細な問題だ」


 彼女の纏っていた空気が変わる。


「今、君にはふたつの選択肢がある。今すぐこの注射を撃って廃人の様に生きるか、それとも私たちの活動に協力するかだ」


 いつの間にか取り出した注射器を彼女はこちらに見せてくる。

 何かの冗談……ではなさそうだ。彼女の表情は真剣そのもので、全く笑っていない。


 そのまま注射を黙って撃たれるというのはありえない。ただ彼女の言う活動に協力すると頷くのも何が出てくるか分からないが、おおよそ碌なものではないことぐらい理解出来る。


 それなら、力づくで彼女を押しのけて逃げるべきか?

 いや、彼女をどうにか出来る自信はないし、もしできたとしても他にも彼女の協力者がいる可能性だってある。それなら協力すると口だけでも言っておく方が安全だろうか?


「ちょ、ちょっと。な、何やってるんですか、アズミ! せっかくの協力者にそんな脅しのような行為をしないでください」


 僕と安住と呼ばれた女性の間に割り込むように謎の物体が何の前触れもなく現れた。


 こいつは見たことがある……というか、先ほど意識を失う前に僕の手を取ったぬいぐるみだった。


「ふむ、こっちの方が効率的だと思ったんだけどね」


 明らかに常識に反している、宙に浮き話をするぬいぐるみが現れたにも関わらず、彼女には一切驚いた様子はなかった。

 ぬいぐるみの様子からして、元々知り合いだったのだろう。


「アズミは何処か行っててください、貴方がいると話がこじれます」

「全く人使いの荒い精霊様だよ」


 ぬいぐるみの言う通りに、彼女は扉を開きどこかに行ってしまった。

 そうなると僕はこのぬいぐるみと病室に取り残されることになる。というか、さっき精霊って言ってなかったか?

 このぬいぐるみが精霊なのだろうか。


「ごめんなさい。彼女も悪い人ではないんですが、少し焦っているようです。」

「い、いえ、大丈夫です」


 相手はぬいぐるみではあるが、先ほどの女性よりはまだ話が通じそうだ。

 ぬいぐるみよりも話が通じない相手って、言葉にしてみれば随分と酷いが、事実なのだからしかたあるまい。


「えっと、それで協力者って一体?」

「ああ、それなら簡単な話です。貴方には世界を救ってもらいたいのです」


 目の前のぬいぐるみはまるで夕飯のお使いを頼むような気楽さで、そんな壮大なお願いを言い放ったのだった。


「世界を救うって、そんなこと自分が出来るわけがないじゃないか」


 世界を救ってほしいなんて言われても、そんなことは不可能だ。

 こいつの言う、世界を救うという言葉の意味は、あの突如大学に現れた化け物と戦うという事と、ほぼ同義であることぐらい推測は出来る。


 そして自分自身にはそんな力がない事だって知っている。

 自分はそこら辺にいるただの大学生だし、何か特別な力があるわけでもない。退屈な日々は確かに嫌いだけど、別に死にたいわけではない。

 何の力もないのに怪物に立ち向かう、そんな自殺未遂みたいなことはごめんだ。


 いや、本当にそうなんだろうか?


 もし本当に僕に一切戦う力がないのであれば、ぬいぐるみは僕にこんな話をしてこないだろう。

 もしかして、僕にもあるんじゃないだろうか。先程戦っていた魔法少女と同じような力が。


「……もしかして、あるのか? 僕にもあの化け物達と戦う力が」

「いえ、ありません。貴方に戦う力がないことはこの私が保証します」


 それならなんで、僕なんかに声を掛けたんだよと言いたくなる気持ちをなんとか抑え、相手の言葉を待つ。


「貴方には魔法少女の魔力タンクとして、ベアヘロと戦ってほしいのです」


 魔法少女、魔力タンク、ベアヘロ。

 耳なじみのない言葉ばかりで、正確に理解出来たのは、最初と最後ぐらいのものだ。ただこの提案は僕を退屈とはかけ離れた非日常に誘ってくれるものだろう、それぐらいのことは混乱している今の頭でも理解出来た。

 そしてその非日常の中で、僕にしか出来ないことがある、そう予感させるには十分なものだった。


 だからこそ、僕は目の前の怪しいぬいぐるみに対して、首を縦に振るのだった。

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