第4話

 夢を見ていた。

 夢の中で、これは夢だと分かる夢。いわゆる明晰夢だ。


 前回と全く同じ夢のようで、ファンシーな世界が辺りには広がっている。


「誰かいますか?」


 僕のつぶやきに誰も答えてくれないのも、前回と全く同じだ。

 ただ一つ違うところがあるとするのであれば、それは前回意識を失った場所から夢が始まっている事だろう。その証拠に、進行方向には西洋のお城が見えている。


 当初の予定通り、お城に行ってもいいが、その前に何か持っているものはないかとポケットを探ってみると、図書館に来る際に持ってきた財布と携帯がポケットの中に入っていた。

 服装も図書館に来る前と同じものだし、どうやら穂坂さんと一体化する前に持っていたものが反映されているみたいだ。本かゲームでも持ってくれば、この世界で退屈するという事はなさそうだ。


「案外、携帯通じたりしないかな」


 今持っている携帯は秘密結社から持たされている特別品だ。

 なにか僕の想像を超えた不思議な力で、夢の中にいたとしても電話がかけられるかもしれない。そんな一縷の望みを抱えながら、携帯を取り出すと画面の右上の画面では電波が通っていることが表示されていた。

 凄いな、秘密結社。まさか夢の中からでも連絡が出来る携帯だなんて。


 ものは試しとばかりに、電話を掛けてみる。

 二、三度コール音が鳴った後、電話は繋がった。


「こちら安住。そちらは、誰だ?」


 電話越しではあるが明らかにこちらを警戒しているような様子で、安住さんが電話を取る。

 僕としても出来ればもっと別の人に電話を掛けたかったのだけど、あいにく今連絡出来そうな相手が彼女しか思いつかなかったのだ。


「森田です、その夢の中から電話を掛けてます。そっちは現実ですか?」

「……何が言いたいのか分からないが、私は現実だと認識している」


 悩むような間を空けてから安住さんは答えた。


「それならよかった。実は今夢の中なんですけど、なんだか不思議なところで報告がてら連絡してみようと思いまして」

「……それはもちろん構わないが、君はどうやって夢の中からこちらに連絡を取っているんだい?」

「え、もちろん、携帯ですけど」


 携帯から電話を掛けているんだ、それ以外に連絡する方法は考えられないはずだけど。


「どうやって携帯から電話を掛けている?」

「普通に連絡先からかけただけですよ。凄いですよね、この携帯。夢の中からでも連絡が出来るなんて、流石秘密結社特製の携帯だなと感心してたところです」


 そう答えると何故だか、妙な沈黙が流れる。


「もしもし」

「ああ、聞こえているとも、ちょっと待ってくれ。こっちとしても情報を整理したいんだ」


 何かあったのかと思い、声を掛けると心ここにあらずといった様子で、安住さんは答えた。


「いいか、まず君に渡している携帯にそんな機能はない。盗聴等への対策はしているが、夢の中から電話を掛けるなんて出来ないはずだ」

「え?」


 電話がつながらない?

 それなら一体、なんでこの電話は繋がっているのだろうか。


「今、………かのう……、き………ざい……」


 突然、先ほどまで聞こえていた音声がノイズ交じりになり聞こえなくなってしまう。


「もしもし、もしもし!」


 こちらから声をかけても、ノイズが返ってくるだけで、安住さんが言っていることは聞き取れない。

 やがてノイズ音はツーツーという音に変わり完全に電話が切れてしまったことを伝える。


「なんなんだ、いったい」


 通じなくなってしまった電話を見てみると、さきほどまで電波が通っていることを示していたはずなのに、画面には圏外の二文字が表示されていた。

 何が起きているのかさっぱりわからないが、一つ分かる事としては外との連絡手段が無くなってしまったということだ。


「……少し見てみるか。」


 どうせ目が覚めるまで手持ち無沙汰だし、もしかしたらこの世界が何なのか、わかるかもしれない。

 そんな軽い気持ちで、僕はこの世界を探索するのを決めたのだった。


 しばらくクッキーで出来ているであろう道を歩き続ける。歩いている最中何度か、携帯の画面を見たが圏外の表示は変わることは無かった。

 なんとかお城の前まで到着する。

 城の周りは大きな城壁に囲まれているが、外からでもその荘厳な姿は目に入ってくる。城壁っていうことは、誰か攻めてくるような相手でもいるのかもしれない。


 城の入り口付近まで歩いてみると、そこには二つの甲冑が立っていることに気づいた。彼等が見張りということなのかもしれない。


 なんてことを思っていると、突然甲冑の片方が動き出し、こちらに近づいてくる。


「貴様、ここで何をしている」


 妙にドスの効いた声が、甲冑から発せられる。


「え、人間?」

「こっちの質問に答えろ」


 こちらの質問に答えるつもりはないらしく、甲冑にピシャリと言い切られる。


「いえ、この辺に迷い込んだので、その目立つ建物の方に向かってみようかと思っただけです」

「そうか、それならこの城には近づくな、ここに近づこうとするなら敵とみなす」


 迷っていることを真実だと思ってくれたのか、若干甲冑の声が優しくなる。


「それは、そのすいません。えっと、どうやったらここから出られるかとか知っていますか?」

「さあ、俺にも分からん。俺の仕事はここの警備だからな、それ以外の事はさっぱりだ」

「そうでしたか。すいませんお邪魔しました」

「二度とこの場所には近づかないようにしろよ」


 そそくさとこの場から逃げようとすると念を押すように、甲冑から言われた。


「ええ、そうさせてもらいます」


 それだけ告げて、とりあえずこの場を離れることにした。

 本物かどうかは分からないけどもあの甲冑は帯剣していた。もしも僕があのまま粘っていたら、不審者として切り捨てられていた可能性だってある。


 それにこれは想像になるが、多分あの甲冑は人間じゃない。彼はここの警備が仕事で、外に出る方法を知らないと言っていた。

 それなら、この夢の世界の住人だと考える方が妥当だろう。夢の世界で死んだとき、僕がどうなるのかはよく分からないが、余り良いことは無いだろうという事は、直感的に理解出来た。

 出来るだけ、あの城には近づかないようにしたほうがいいかもしれない。


 次は別の場所でも探してみよう、そんなことを思った時だった。

 突然、体から力が抜けて立っていられなくなる。


 以前も感じた、この感覚。夢の世界から目覚める時のあの感覚だ。

 もうちょっと、前兆みたいなのがあったら助かるんだけどな。


 そんな考えを最後に僕の意識は遠くなっていった。

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