第5話
「どうやら、起きたようだね」
目を覚ませば、そこは何時ものようにベッドの上だった。
二度目にもなると、流石に見慣れてくる。横に安住さんがいるのもいつもと変わらないようだ。
先ほど体が動かなくなったのはどうやら、目が覚める兆候だったらしい。体に特に異常がない事に一息つく。
「今回もどうやら問題はないようだね。それは良好だが……」
安住さんは口ごもる、それで何を口にしたいのかを察することが出来た。
「やっぱり電話は通じてたんですね」
「ああ、その通りだとも。君が夢の世界とやらでかけた電話は確かにこちらに繋がっていた」
安住さんは携帯を取り出しなにやら操作をした、するとあの時の会話がそのまま流れ始めてくる。
「驚きました。まさかこんなことが出来るとは」
いつの間にか現れたシャインも驚いたような表情を浮かべている。
「君もこれについては知らないのかい?」
「もちろんです。一体化した状態で外と連絡できるなんてそれだけで眉唾なんですから」
「存在自体が眉唾な精霊様がそんなことを言うと実に説得力があるね」
安住さんはそう言って、クククと笑う。
なんだか妙に棘がある様に感じるのは僕の気のせいだろうか。
「アズミの悪い癖です、気にせずいきましょう」
ただそんな考えを見抜いてか、辟易とした様子でシャインは話を進めるように促す。
「結局、僕が見てた世界って言うのは何なんですか?」
「考えられる可能性は多くあるが、可能性の一つとしては穂坂凛音、彼女の精神世界であるという可能性が一番高い、まあ分かりやすく夢の世界と呼称しようか。どうやら君は夢を見ていると自覚をしているようだし、そのように呼称した方が君にとっても理解しやすいだろう」
「リオンの精神世界だというのには、私も同意見です。そのはずなんですが」
それは妙に歯切れの悪い解答だった。
「何か引っかかるところでも?」
「そもそも夢を見るはずがないんです。コウイチはリオンと一体化しているんですよ。コウイチに自由意志なんて無いような状況で、何かできるはずがないんです」
「僕が夢を見れている時点で可笑しいと」
「ええ、その通りです」
あんまり考えないようにしていたんだけど、一体化している時って相当危ない状態なんじゃないかな、やっぱり。
自由意志なんてないとか、随分な言いようだぞ、本当。
「ふむ、精霊様であっても今回の件は原因は分からないという事でいいのかな?」
「ええ、そうですけど、アズミには何か分かってるとでも?」
売り言葉に買い言葉と言った様子で、シャインは安住さんに言葉を返す。
……なんで、こんなギスギスしているんだ。
僕は関係ない、僕は関係ない。そうだ、僕は壁だ、だからこの雰囲気も気にする必要はない。
そうだ、今日の夕食の事を考えて嵐が過ぎ去るのを待とう。ハンバーグだとかステーキ、それかガッツリと揚げ物を食べるというのもいいかもしれない。ただ券売機に書かれてた、日替わり定食というのも気になるんだよな。
「分かっているとはいえないけど、何個か推測は出来るさ」
「そうですか、是非とも聞かせてもらえませんか?」
「ああ、もちろんだとも。それにちゃんと本人にも納得してもらわないといけないからな、というわけで大丈夫かい、森田紘一」
「え、ああ、はい。大丈夫です! ちゃんと聞いてます」
ただそんな努力も虚しく、安住さんの呼びかけによって現実に呼び戻されてしまう。
まあ、自分の状況に関係ある話だ、ちゃんと話は聞くべきではある。
「まず、今回の状況を作り出しているのは森田紘一、彼本人だ。それはいいだろう」
「ええ、そうですね。自分は何もしていませんし、それにリオンにそんな力はありませんから、残されているのはそうなります」
……あ、そうなんだ。
全く自覚してなかったけど、どうやらわかっていなかったのは自分だけらしい。
「それなら、きっとこれは彼の魔法の力と考えるべきだろう」
「アズミ、何を言ってるんですか。その件は何度も説明したはずですが、コウイチは魔力を持っていますが、魔法を唱えることが出来ません。これは確実で間違いのない事実なのです。まさかそんな初歩の初歩のところを忘れて私に高説を垂れていたとは、驚きです」
「そうだね。こちらとしても、彼が夢を見た瞬間は、魔法を使うことの出来る穂坂凛音と一体化している時だという事実を精霊様が見逃しているという事実に驚いていた所さ」
「……確かに筋は通ってます」
「私には一体化というのが、具体的にどういったプロセスで行われているのかは分からない。だが言葉の意味、更に穂坂凛音が彼の魔力を使用することが出来るのであれば、逆説的に森田紘一が彼女の体で魔法を唱える事も可能なはずだと思うのだけど、さて精霊様はどうお考えかな?」
「……その可能性は否定できないとしか、私からは言えません」
「ふむ、ならこれで話は決まりだろう」
なにやら話は決まったらしい。
正直よくわかっていないけど、安住さんがシャインの事を言い負かしたんだろうということぐらいは理解できた。
「えっと、結局どういう事なんですか?」
「先ほどの夢は穂坂凛音の精神世界であり、その中で動くことが出来るのは君の魔法のおかげという事さ」
「な、なるほど」
お菓子で出来た町にお城。
何というか穂坂さんよりももっと幼い女の子の夢の中みたいだ。
一度しか出会っていないが、彼女はもっとしっかりしている印象で、あれが彼女の夢の世界と言われてもしっくりこないきもするが、安住さんやシャインがそうというなら、きっとそうなんだろう。
「でしたら、コウイチ。貴方に一つお願いがあります」
「え、僕に?」
「ええ、貴方にしかできない事です」
何やら真剣な様子で、シャインは僕に声をかけてくる。
世界を救ってきて欲しいと言った時はあんなにも気軽に声をかけてきたというのに、あれ以上のお願いをするつもりだということなんだろうか。
……世界を救うよりも上って、想像つかないけど。
「大丈夫、簡単な話です。コウイチには夢の世界の奥底に行って、リオンの願望を理解して欲しいのです」
「どうしてそんなことを」
穂坂さんの願望を理解する、そのことにどれ程の意味があるのだろうか?
「リオンが固有魔法を使えるようになるためです」
「固有魔法?」
「魔法には種類があります。一つは一般魔法、あのベアヘロ達に撃っていた魔法や、リオンが宙に浮いていたのはこちらの魔法です。そしてもう一つが固有魔法と呼ばれる魔法です。その魔法少女のみが使うことの出来る特別な魔法のことで、一般魔法よりも強力な事が多いんです」
「それと、彼女の願望を理解することとなんの関係があるんですか?」
「固有魔法の効果というのは、魔法少女の願望を元にしている可能性が高いからです。元より病弱で元気になりたいという願望を持っている魔法少女だったなら自分の体を治す魔法を持ち、どこでも好きな場所に行きたいという願望を持っている魔法少女ならテレポートの魔法を持つといった具合です」
魔法少女本人の願いを叶えるような魔法か。
もしもベアヘロを殺したい願望を持っているとすれば、ベアヘロを殺す魔法なんてものも使えるのだろうか。確かにそれはかなり便利かもしれない。
「ただ、リオンは固有魔法を使うことが出来ません。それはおそらく彼女が、自分自身の願望を理解していないからだと、私は考えています」
「それで彼女の夢の世界を探索して、願望を理解して欲しいって事ね」
穂坂さんの願望を理解すれば、固有魔法を使えるようになり、戦闘能力が上がることが予想される。それは穂坂さんが戦っている際に、一体化する僕からすればかなりのメリットだ。
一体化というその名前の通り、彼女が死ねば僕も死ぬだろうし、その可能性を少しでも減らすことが出来るのであれば、それにこしたことはない。
「精神科の先生とかに話を聞いてもらうとかは駄目だったんですか? そういったことに関しては専門家だと思いますが」
「それは一度試している。だが、そもそも穂坂凛音本人はそこの精霊の言っている願望を自覚していないことが、原因となり失敗に終わった」
精神状態などに対するスペシャリストでも失敗に終わったとなれば、確かにシャインの言う通り、それは僕にしか出来ない事のように思えた。
「そういうことなら」
「ちょっと、その提案は待ってもらいたいな」
シャインの提案に首を縦に振ろうとしたとき、安住さんから待ったがかかった。
「その前に森田紘一に、一つ訊いておきたいことがある。その夢の世界で君を害そうとして来る存在はいなかったっか?」
「ああ、えっと、直接害そうとして来たわけじゃないですけど、城に近づこうとしたら、見張りをしている甲冑に話しかけられて、ここに近づいたら敵と見なすっていわれました」
「ふむ、やはりそうか」
我が意を得たりとばかりに、ウンウンと安住さんは頷いた。
「それが何か問題なんですか?」
どうやら、シャインも安住さんの意図は分かっていないらしい。
「君のような精霊様には分からないと思うが、人間の心っていうのは複雑って話さ。誰にだって他人に踏み入られたくない領域がある。今、君が森田紘一に依頼したのはそういう事だ」
自分の悩み、確かに余り他の人に言いふらしたくない内容ではないかもしれない。
「それならこう考えるほうが自然さ、心の中でもそれに近づこうとした人物を排除する機能があるとね。どうやら穂坂凛音の場合は、その甲冑とやらがそれにあたるようだ」
「それの何の関係があるって言いたいんですか」
ここまで言えば理解出来るとでも言いたげな、安住さんの言い方にシャインは不満げだ。
安住さんはわざとらしく、ため息をすることでそれに答える。
「いいかい。彼が彼の魔法によって、夢の世界に行っているのであれば、その世界で怪我や死亡した場合、現実の彼にどんな影響があるか分からない。せっかく森田紘一という武器を手に入れたこちらとしては、深層世界について理解が深まっていない今の状況で無用なリスクを取ることは出来ないということさ」
「でも、リオンが本気を出せるようになるのなら取るべきリスクだと思いますけど」
「馬鹿を言わないで欲しい。いいか、もし失敗した時を考えてみろ、我々はせっかく手に入れた森田紘一という武器を失うんだぞ。そんなことが許容できるはずがない」
リスクを取りたくない安住さんと、リターンの事を考えて挑戦して欲しいシャインといった構図だろう。
安住さんが僕個人をただの武器としか見られていない事に、若干思わない所もないけど、世界を守るという使命を持っている以上、多少過激な思考を持ってしまうのも仕方ない事なのかもしれない。
「僕としても、戦う方法がないなら勘弁して欲しいっていうのが、本音です。甲冑は帯刀していましたし、流石に素手で戦うのはその無理かなと」
「そうですか」
少し考え安住さんの考えに同意することを述べると、シャインは分かりやすく落ち込んだ様子を見せる。
「ふむ、理解してもらったようで結構。それでは、何時ものように検査をするから、ついてきてくれ」
「わかりました」
安住さんは先に部屋の外に出て行った。
それについていくように外に出ようとした時、
「なら戦う方法があればいいんですよね」
という、シャインの声にどうにも嫌な予感がしたが、結局何も言うことは出来ず、安住さんの後を追うようにして、僕も病室を後にした。
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