第6話
諸々の検査を終えて僕が解放されたのは夜の八時だった。
殆ど動いてもいないのにかかわらず、お腹は空くようで僕は食堂にまで足を進める。悩んだ末に日替わり定食と書かれた食券を購入し、店員さんにわたす。
どうやら今日の日替わり定食のメニューはアジフライだったようだ。
夕食を食べるには遅いこともあって、朝と同じように食堂にほとんど人はいなかった。他の人はもう休んでいるのだろうか、いや、それはないだろうな。魔法少女はともかく、他の職員の人たちはきっとまだ働いているに違いない。
この施設は魔法少女を補助する機関として様々な役割を担っている。
ベアヘロ達の監視、ベアヘロの研究。はたまた魔法少女の力をより効率的に使えるようになる装備の生成など、その仕事は多岐にわたるらしい。
らしいと断定できないのは僕がそう言った業務に関わることは無いからだ。僕の仕事はただ一つ、魔法少女が出動する際に一緒に出動すること。それまでは待機しておくというだけだ。実に分かりやすくていい。
「よう、英雄」
最初それが自分の事を指しているとは全く思わなかった。
そんな風に呼ばれるような人間でないことは自分が一番よく分かっていたし、だからこそきっと他の誰かに声を掛けているんだろうと思っていた。
「おーい、無視されると流石におっさんでも悲しいぜ」
ただ目の前で二人分はあろうかと言う大盛りのカツカレーを机に置き、僕と向き合う位置の席に座った髭を蓄えた貫禄のある男性がこちらに話しかけている様子をみて思い直る。
「英雄って僕の事です?」
「そうさ。あんた意外誰がいるって言うんだよ」
「そんなたいそれたものではないんですが……」
僕がやってることと言えばせいぜい、夢を見てるぐらいのものだ。
一応穂坂さんの願望を理解するという、仕事は追加されたわけだけど、それでも英雄と呼ばれるような仕事には程遠い。
「あんたにとってはそうかもしれねえけど、俺達からしたら英雄なんだ、こういうのは黙って受け入れとくもんだぜ」
「勘弁してください、何もしてないんですから」
そうは言ってみたものの、相手の顔にはありありと納得できないと書かれていた。
「すいません。えっと、どこかでお会いしましたっけ?」
多分お互い納得することはないだろうし、そうそうに話題を変える事にする。
「いいや、会ったことはねえな。こっちが一方的に知ってるだけだ。俺は
「一般兵、なんているんですか?」
一般兵って、初めて知った。てっきりあのベアヘロと戦っているのは魔法少女達だけだと思っていたのに。
「まだ安住先生から聞いてないのか。ってまあ、それも仕方ねえか。俺らが戦うって状況は殆どないもんな」
「えっと、どういうことです?」
名前からして、魔法少女と一緒に戦う人たちの事を指していると思っていたのだけど、どうやら違うらしい。
「んー、まああれだよ。俺達は最終防衛ラインってやつ、魔法少女がベアヘロに負けた時、少しでも足止めするための部隊。それが俺達」
安住さんが説明していない理由が理解出来た。
つまり彼等はもしも僕達がベアヘロに負けた時に戦線を維持するための人員ということだ。
魔法少女が負けてから初めて仕事が出来る彼等の存在、僕が知っていても知らなくても何の変りもない。
「生身の体であの化け物と戦うんですか」
「まあ、その時が来たらな」
それが当然だというように彼は言い切る。
随分とがたいが良く、相当鍛えていることが服の上からでも分かるほどだ。
「凄いですね」
「何も凄い事じゃないさ。それに戦ったところで、ここにあるような装備じゃあベアヘロを殺す事なんて出来ねえし、戦いになったらすぐ死んじまう」
「尚更凄いですよ」
実際にあの空間でベアヘロと出会ったから尚更思う。あんな化け物と生身でぶつかれなんて言われても僕には無理だ。それは死ねと言われているのと同義だ。
いくら仕事だからと言っても僕にはそんなことは出来ない。例え戦車を持たされたとしてもごめんだ。
「そう思うならもっと誇ってくれよ。俺達はお前のおかげで、戦う可能性が減ってるんだ。もちろん必要性があれば戦うが、俺達だって死にたいわけじゃない。死ぬ可能性が減るなら、それに越したことはねえよ」
佐久間さんは豪快に笑った。
「そういうもんですかね」
「おう、そういうもんだ! って、なんだよその量は、ちゃんと肉を食え、肉を」
カレーの上に乗っていたカツをこちらに渡してくる。
「あ、ありがとうございます」
変に付き返すのも悪い気がして、一応お礼を言っておく。
「ここは飯は美味いからな。それだけはここの良い所だ」
そう言って、彼は目の前のカツカレーを食べ始めた。
「大変だろう、いきなりベアヘロだとか魔法少女だとか、色々知らない事ばっかり聞かされただろうし」
「確かにそうですね。まさか僕が知らない所で侵略者がいたなんて、ここに来る前の自分にいったら妄想だって切り捨てたと思います」
「まあそうだよな、普通信じれるわけがねえ。俺だって最初聞いた時は、責任者の頭がついに可笑しくなったんだと思ったもんだ」
佐久間さんは威勢よく笑うが、その後一転して吐き捨てるように付け加える。
「地球を侵略しに来た化け物に、俺達よりも一回り下のまだ義務教育中の子供が命をかけて戦っているっていうんだ。信じる方が馬鹿げてる」
「そうですよね」
文字通り、魔法少女も命がけでベアヘロと戦っている。
詳しい数字自体は聞いていないが、過去の例としてベアヘロと戦っているさなかに命を落とした魔法少女がいるという事例があるということは、社長から聞いていた。
そして僕と一体化した魔法少女が死んだとき、自分も死ぬんだろう。シャインや社長は語ろうとしないが、それぐらいの事を察することは出来る。
それを理解しておいて逃げないのは、自分の力だけでは逃げきれないからという理由でしかない。
こんな考えの時点で、やっぱり英雄だなんて呼ばれ方をするような人間では無いなとつくづく思う。
「なんか困ったことがあれば言ってくれ、俺ぐらいだとやれることは少ないだろうが、これでも力になれるはずだ」
「その時が来たらお願いします」
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