第13話

 あの後、三回程甲冑と出会ったが問題なく拳銃によって制圧することが出来た。

 その際に分かった事ではあるが、どうやら甲冑を仕留めるためには二発の弾丸が必要になる事、それと似ているが頭を狙ったところで一発で敵を倒せることは無いという事だ。

 中身が空っぽであるという事から薄々感づいてはいたが、どうやらあの甲冑には生物としての機能は存在していないらしい。


「さて、ついに階段に辿り着いたわけだけど……」

「ちゃんと二つありますね、階段」


 こちらの悩みを察してか、先手を取ってシャインは言う。


「階段、どっちに行こうか」

「コウイチに任せますよ、私も分かりませんし」


 人はそれを丸投げという。

 正直なところを言えば、最短距離で穂坂さんの願望を理解したいというのが本音だ。甲冑達が人数を集めて襲ってきた場合、逃げ切れる自信はない。シャインの魔法にだって使える回数が限られているように、弾丸だって無限ではない。


 ただ上の階か、下の階か。どちらに行くべきなのかを判断するための材料は全く無いに等しい。


「……よし、安住さんに訊いてみるよ」


 結局自分が選んだのは他人に決めてもらうことだった。

 インカムのスイッチを押す。


「今、大丈夫ですか」

「何か問題が発生したのか?」

「城の中の階段にまでたどり着きました。ですが、階段が上にも下にもあって、どちらに行くべきか悩んでいるんです」

「ふむ、今君達がいるのは一階だったか」

「そうですね、この城には地下があることになります」

「精霊は……何も言っていないんだろうな、この様子だと」


 通話越しではあるが、安住さんが明らかに呆れているのが分かる。


「ひとまずは上に向かうべきだろう。上ならば最悪、城の部屋に追いつめられたとしても窓から脱出することも出来るが、地下の場合逃げ場が無くなる可能性が高い」

「ああ、確かにそうですね。分かりました、二階の方から探索してみます」

「了解した。また何か問題があればまた連絡をしてくれ」

「わかりました」


 とりあえず方針は決まった。


「一応、上から見ていこうと思う」

「分かりました、ではそうしましょうか」


 階段を登り、二階に到着する。

 ただそれよりも上の階に進めるような階段はどうやら存在していないようだ。


「二階が最上階……って事はなさそうだよな」


 外から見た城の様子からして、まずそれはないだろう。

 夢の世界だから、外から見たら十階建てでも、実際は二階建てだとかありそうだけど、そう考えるのは希望的観測が過ぎるという奴だ。


「……しかし、何なんだろうねこの部屋」


 二階に到着して周りを見渡してみる。そこは一階と違い廊下があるわけではなく、扉が三つあるだけの部屋があるだけだった。


「扉の先に何かあるって事なんでしょうね」

「ただの廊下とかなら良いんだけど」


 ここが穂坂さんにとって人に立ち入られたくない領分だとするなら、そう話は簡単にはいかないだろうなと思いつつ、とりあえず右手側にあった扉を開いてみる。


「……何だろうこれ」


 そこにあったのは殺風景な部屋だった。

 勉強机と椅子、机の上には教科書とノートが置かれているが、それ以外の物が殆どない。


「ここは、リオンの部屋ですね」

「何か知ってるんだ」

「ええ、リオンが以前住んでいた部屋と酷似してます」


 自分の部屋か、ここが穂坂さんの夢の世界なら、確かに自分が前に住んでいた部屋が登場しても可笑しくはないだろう。


「随分と寂しい部屋だね」


 子供の部屋にしては、ものが少なすぎる。

 実家はお金に困っていたとかなんだろうか、そういったことが穂坂さんの悩みなら話は簡単そうなんだけど。


「そうなんですか?」


 僕のつぶやきに対して、興味深そうにシャインは尋ねてくる。


「シャインはそう思わないの?」

「……そうですね、あいにく精霊は余り感情が動かないんです。ですので、寂しいという感想は分かりません」


 ……余り感情が動かないか。

 それなら安住さんと言い合いをしていた時だとか、昨日ガラスに体をぶつけた時とかはどうなんだよと訊きたくなる気持ちをぐっと抑える。そこを突いたら面倒な事になるのは目に見えている。

 前者はまあ、確かに安住さん側に悪意というか敵意がある様に見えたからそれに対応してという事で説明がつくかもしれないが、後者はもう説明のつきようがない。明らかにあのガラスを敵視していたし、そのガラスを割ってストレスを発散していたはずだ。


「そうなんだね」


 だからこそ、僕の返事はこんなものになってしまう。


「む、疑っていますね。本当なんですよ?」


 ただそれに対して、シャインは怒ったように抗議する。

 絶対、ちゃんと感情が動いてるよね、これ。


「疑ってないって、それより次の部屋に行こう」

「なんだか良い様にされてる気がしますが、分かりました」


 渋々と言った様子でシャインは僕についてくる。


 次は、階段から見て左手側、今通った扉の正面の扉を開けてみることにする。


「これは、まあなんというか」


 次に開いた扉の先では、何故だか人間とほぼ同じ大きさをした三匹の兎のぬいぐるみが一緒に食卓を囲んでいた。

 机の上には可愛らしい食器が並んでおり、三匹の兎たちはみな個性的な服を着ている。スーツ姿の兎に、エプロンを身に着けている兎、それに制服を身に着けている兎だ。


「家族団欒とかなのかな。この制服の兎が穂坂さんで、残り二人が両親とかそういうこと?」


 家族関係で問題でもあるのだろうか。ただ幸せな家庭だからこういった夢を見たと考えるのであれば、一つ前に見た殺風景な部屋の説明がつかない。


「リオンに、人形遊びをするような趣味は無かったはずです」

「こういうオモチャがあるってわけではないんだよね?」

「少なくとも私と出会ってからは無いですね、もしかしたら私と出会う前によく遊んでいたオモチャの内容という可能性はありますが」


 シャインは否定しなかったが、その可能性は低いだろうなと思っている。

 そういうことなら、まずは確認を取るべきだろう。安住さんならきっと何か知っているはずだ。


「安住さん。一つ確認したいんですが、穂坂さんて家族関係で何か問題があったりしますか?」

「問題……問題か」


 安住さんはこちらの質問に言い淀んだ。

 家族関係の話だ、勝手にこちらに話していいものなのか悩んでいるのかもしれない。


「えっと、こっちを探索している中で、三匹のぬいぐるみ達が食卓を囲んでいる部屋を発見したんです。そのぬいぐるみ達の服からして、穂坂さんが両親と幸せな食卓を取っているように見えて、それで何か家族関係で上手くいっていないのかと思いまして」

「……ふむ、そういう事なら話すが、穂坂凛音の父親は、彼女が今よりも小さな頃に居なくなっている。今は母親との二人家族のはずだ」

「ありがとうございます」


 やっぱり、これが彼女の持っている悩みに何か関係しているのは間違いなさそうだ。


「父親が欲しいとか、そういう事なんだろうか?」


 その場合固有魔法は、父親を召喚するとかになるんだろうか。

 ……化け物相手に戦わせるための父親を召喚するって、全く役に立たないようなきがするけど。


「それは違うと思いますよ」


 シャインはピシャリと僕の想像を否定した。


「そういった願望であれば、彼女も自身の願望を理解していたと思います。そもそも家族関係に関しては、秘密結社も同じように目を付けましたが、それ自体が問題ではない事は分かっています」

「それもそうか」


 そうか、秘密結社もシャインからの告発を受けて、穂坂さんについては調べているだろう。実際、家族関係の話を聞いたのも安住さんからだ。


「うーん、それならこのぬいぐるみは何の意味が?」

「私には分かりません。もしかしたら何か意味があるのかもしれませんし、ないのかもしれません」

「何も分からないってことね」


 何かヒントになるかもしれないと思い、携帯を取り出して一応あたりの写真を撮っておく。グローブを外さないと、携帯が反応しないのは面倒だが、それでも撮る価値はあるだろう。

 現実世界から銃を持ちこめるんだし、夢の世界でとった写真が現実世界で見れても可笑しくはない。もし持ち帰れるなら、安住さんから更に詳しい話を聞くことも出来る。試しておく価値ぐらいはあるだろう。


「何をしたんですか今?」

「写真を取ったんだよ」

「しゃしん?」


 シャインは首を傾げる。

 精霊というファンタジー的な存在であるせいか、やはり電子機器関係には疎いようだ。


「こうやって、見てるものを保存できるんだ。後から見返した時に、どんな部屋の様子だったか思い出しやすくて便利でしょ?」

「ふむ、確かにこれがあればアズミに情報を伝えるのも楽になりますね」

「ちゃんと現実まで持ち帰れればの話だけどね」


 念のため先ほど入った、穂坂さんの部屋の写真も撮っておこう。

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