第9話
中に入ると、外の景色とはまた別の形で幻想的な光景がそこには広がっていた。
城と壁との間に見事な庭園が広がっており、色とりどりの色で出来たバラのアーチで出来たトンネルや辺り一面に広がる花々達が目の前に広がっている。
近くで紫陽花や彼岸花が咲いていたかと思えば、遠くでは桜の木が桜吹雪を散らしている。その花々に、色鮮やかな蝶たちが飛び交っている。
「これはまあ、なんというか」
綺麗なものを、そのまま集めてみましたといった様相だ。
桜の木は城壁よりも背丈がある様に見えるが、外から見えなかったのはもうそういうものだからと納得した方がいいのかもしれない。
「そちらに何かありましたか」
庭に圧倒されてしまった僕に対して、シャインは怪訝そうな声で尋ねる。
「いや、凄い庭だなって思って」
「夢の中ですし、これぐらい出来るでしょう。それより、早く中に入りましょう」
「それもそうだね、もう一回周りを見てみる?」
なんとか城壁の中にまでは入れたが、ここからも侵入方法がない事には変わりない。城の中に入るためには、もう一度侵入経路を探す必要がある。
「いいえ、その必要はありません。ちょうど、良い場所がありますから」
シャインはある一点を指さしていた。
ここからでも建物の中が見える位置に設置されている窓だ。
「先に行きますので、ついてきてください」
そういうとシャインは、そのまま凄い速度で窓に激突し……そのまま墜落した。
「……えっと、大丈夫?」
強化ガラスなのか、それともシャインの衝突の威力が足らなかったのかは分からないが、窓は割れることはなかった。
相当大きな音が鳴っていたし、あれ絶対痛いぞ……。
「ええ、問題ありません。ガラス風情が、私の邪魔をするなんて許せません。相応しい末路を与えてやりましょう」
なにやら物騒な言葉をブツブツ言っているかと思うと、シャインは魔法を唱えそれと共にガラスが割れた。
「さあ、これであの憎きガラスは無くなりましたし、上がってきてください」
何事も無かったかのように言うシャインだったが、その声が弾んでいることを隠しきれていなかった。
「魔法、使って大丈夫だったの?」
「合理的な判断です。体当たりで窓が割れなかった以上、魔法を使う必要がありました」
「僕が殴ってみるっていうのは?」
多分だけど、シャインの体当たりよりは威力があると思う。それに庭に落ちてるであろう石でも拾って、殴ればガラス程度なら割ることが出来たはずだ。
「……先に進みましょうか、コウイチ。細かいことを気にして立ち止まるのは合理的とは言えません」
こちらの質問に答えようとせずに、シャインは先に建物の中に入っていく。
奥の手が残り一発になってしまったのは不安だが、なにはともあれ、シャインの活躍によって城の中に入ることに成功した。
中に入ってみると、ここは誰かの部屋のようだ。
天井にはシャンデリアが吊るされており、なにやら高そうな壺に花が活けられており、壁には訳の分からない絵画と、鹿の頭の部分の剥製が飾られている。如何にも金持ちの部屋といった様相を見せている。
「人の出入りが少なそうな部屋を探してから帰りたいよね」
「そうですね、物置のような場所を探しましょうか」
出来れば、早急にこの部屋からは去ってしまいたかった。
扉を開き、どこか別の部屋に移動しようとした時だった。
「こちらの方で音がしたんだな」
廊下の奥からそんな声が聞こえてきた。
おそらくあの甲冑だろう、確認するような発言から二人以上である可能性は非常に高い。
「とりあえず、ここに逃げ込もう」
向かいにあった部屋にそのまま入りこむ。
どうやらここは物置のようで、大量の木箱が置かれていた。
「これ空箱ですよ」
自分でも何とか入ることが出来そうな木箱を指さしながら、声を潜めてシャインは言う。
「そこに隠れよう」
「それしかないですね」
木箱の中に入り、近くにあった蓋をかぶせてから、両足を両腕で抱え込む、いわゆる体育座りの姿勢を取って、出来るだけ丸々ような姿勢を取ることでなんとか中に納まる事に成功した。
そんなおり、扉が乱暴に開かれる音が聞こえてくる。
どうやら甲冑が部屋の中に入り、辺りを探索しているらしい。
近くを歩き回っている音が聞こえる、音の数からして多分一人ではないだろう。見つかったらただではすまないだろう。
「どうだ、何かあったか?」
「いえ、こちらには何もありません」
「そうか、こっちの窓は割れていた。おそらく侵入者はまだ近くにいる、辺りをくまなく探せ!」
おそらくリーダーであろう、その甲冑の発言を聞き周りの甲冑たちはあわただしくどこかへと去っていった。
「これ以上探索するのは難しそうだね」
魔法を使える回数もあと一回しかない。
更にあの割れた窓のせいで、城内の警戒は跳ね上がっているだろう。
「……そうですね、これ以上は辞めておきましょう」
意識が遠くなっていく。
行き当たりばったりだったとはいえ、城の中に潜入することはできた。そのうえで安全そうな場所に隠れる事も出来た、悪くない……いや、かなり上出来と言っていいんじゃないだろうか。
「一体君は何をしているんだい」
……目が覚めるなり、不機嫌そうな様子の安住さんに苦言を呈された。
何時ものように医務室のベッドの上で眠っている、いつも目が覚めるとここにいるけどやっぱりシャインが運んでくれているんだろうか。
「昨日の話し合いで、無茶はしないという事で固まったはずなんだけどね」
呆れたようにオーバーに肩を竦める。
「シャインに無理やり連れていかれたんですよ、あいつから何か聞いてませんか?」
こういう時は、人の性にするしかない。いや、正しくは精霊の性か。
おおよそ何をするのか予想は出来ていたが、実際特に説明されることもなく、穂坂さんの夢の世界に連れていかれてのは紛れもない事実だ。
「……いや、そういった話は聞いていないが、どうなんだい精霊様?」
「無理やり連れて行ったんでしょう。説明は後からすればいいと考えるはずですから」
妙に他人事のように、シャインは言った。
「なんでそんな他人事なんだよ、お前が連れて行ったんじゃないか」
「ああ、あれは私でしたけど、私ではありませんので」
「……えっと?」
「私達精霊というのは同一の意識を共有している存在が複数います。そして貴方をリオンの世界へと連れて行った個体と今目の前にいる私は別の個体だというわけです」
「同一の意識を共有しているなら、同じ精霊なんじゃないの?」
「ええ、その通りです。私は前のシャインと同じ存在ではありますが、別の個体としてここに存在しているのです」
上手く納得できないけども、こういったものはそういうものだと自分を納得させた方が早い。どうせ詳しい理屈とかを聞いても、僕だと理解できないだろうし。
「ちょっと待て。君が今までいたのとは別個体だというのは良いとしよう、どうやって森田紘一と一緒に夢の世界に行ったんだ?」
「それなら簡単な話ですよ。前任者がコウイチと一体化した、ただそれだけです」
「……ああ、納得したよ。だからこそ、精霊は深層世界に行く直前の話を知らなかったし、夢の世界についての話をしようとしないわけだ」
くたびれたように、安住さんはため息をつく。
「えっと、どういう状況なんです?」
ついていけないのは当事者であるはずの僕だけだ。
「まずおそらく君が夢の世界で一緒に行動をした精霊と今目の前にいる存在、それは別の個体だという事は理解出来ているかい?」
「えっと、まあなんとなく。ただ同じ意識を共有しているんですよね?」
「ああ、その通りだ。だったら、この目の前の精霊も夢の世界に入る直前の話は知っているはずだ。ただ実際のところ、この精霊は何も知らない。つまり、君と行動を共にした精霊は、行動を起こす前に同一の意識から独立した個になったと考えた方が自然だ」
「その結果、情報が共有されていないってことですか」
「ああ、そしてそれをしないといけなかった理由。それこそが、さっき精霊が言った内容さ」
えっと、確かシャインが言っていたのは、前任者はコウイチと一体化しただったっけ。
「一体化する際シャインとしての存在でありつづけると大本の存在事、君と一体化してしまう可能性がある。それを避けるべく、そいつは意識の共有を辞めたのだろう」
「そんな簡単に出来るんですね、なんだか難しそうですけど」
「共有の拒否は不可逆ですし、そこまで簡単な事ではありません。ただ端末の一つぐらい失ってもよいと考える程度には、貴方がリオンに与えてくれる影響は大きいと私達が判断しただけです」
「そ、そうなんだ」
端末を一つ失うっていうのがシャインにとってどれほどの痛手になるのかとか、さっぱりわからないけど、随分と期待されていることは理解出来る。
「……はあ、分かった。とりあえず、向こうの世界で何があったか教えてくれないか」
疲れた果てたように安住さんは言う。
「アズミ、貴方はもっと休息をとるべきです。その疲れ果てた状態で更に働こうとするのは合理的ではありません」
「誰のせいでこんな……いや、精霊に何を言っても無駄か、何も知らないなら早くこの場から消えてくれないか」
火に油を注ぐようなシャインの発言に、安住さんは声を張り上げたが、すぐに冷静になったのか、きわめて冷静を取り繕って発言するが、その声色は棘を隠しきれていなかった。
「ふむ、よくわかりませんが、私がいない方が良さそうです。ではコウイチ、また明日も同じ時間に図書館に来てください」
言いたい事だけ言って、シャインはどこかへ消えてしまった。
安住さんに、夢の中で見てきたこと、やったことを出来るだけ詳細に話す。
彼女はこちらの方を見ようとせずに、何やらメモを取りながらこちらの話を聞いているため、その表情はうかがい知れない。
ただ相槌や先ほどのシャインとの会話からして、余りいい顔をしていないんだろうなとは思う。
「とまあ、一応安全な場所でこっちの世界に戻ってきたわけです」
話し終えると、安住さんは大きくため息をついた。
「とりあえずは分かった、そういうことなら深層世界で戦うための方法を考えるべきだ」
てっきりこれ以上の深入りは辞めろとでも言われるのかと思っていたのだけど、彼女の口から出てきたのはそれと正反対の言葉だった。
「えっと、良いんですか?」
「良いも何も、私に止めるような権限はない。それにあの精霊がここまで躍起になっているんだ。私が想像している以上に、今回の件は組織に多大な利益を産むのだろう。なら今私がやるべきは、ただ反対することではなく、リスクを少しでも減らすことだろう」
つらつらと安住さんは自分の意見を述べる。
「それが……この世界の為だ」
だからこそ最後の最後で、何か言い直すように言葉に詰まったのが妙に気になった。
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