第8話

「何者だ」


 シャインに追いつくと、丁度甲冑に絡まれているところだった。

 どうしよう、助けるべきなんだろうけど、その方法も思いつかない。

 何か戦うための武器があるわけでもなければ、格闘技を習っていたこともない。いや、もしも僕が格闘技を習っていて相当の実力者だったとしても、ああやって帯剣している甲冑と戦うなんてごめんなのだけど。


「ふむふむ、なるほど」

「ここから去れ、そうしなければ敵として排除する」


 シャインは甲冑の方を見て、何やら呟くばかりだ。


「……どうやらこちらの話を聞く気はないらしいな」


 甲冑は鞘から剣を引き抜く。

 引き抜かれた剣は遠目ではあるものの、おもちゃのようなものではなく、刀身が光を反射し、あれが真剣であると僕に思わせるには十分なものであった。


 早く逃げろ、そんな言葉が出るよりも早く、その剣を甲冑がシャインめがけて、真っ二つに振り下ろそうとする。


 だがその時だった、シャインから真っ白な光線が発射され、その光線が甲冑の脇腹に当たる辺りに大きな穴を空けた。


「な……」


 声をあげたのは、シャインの対応をしていなかった方の甲冑だ。

 目の前の光景につい声が漏れたのだろう、そしてそれが彼の最期の言葉となった。


 先ほどと同じように光線が甲冑に大穴を空け、力を失った甲冑はその場に倒れ伏せた。どうやら甲冑の中には何も入っていなかったようで、赤い液体が流れることもなく、ただただ穴からは空洞が見えるだけだった。

 その後、甲冑を覆う様に黒い靄に覆われたかと思うと、最初からそこには何もなかったかのように、甲冑は消え去ってしまった。


「さっきのは……」


 見た記憶がある、あれは穂坂さんが使っていた魔法と同じものだ。


「ええ、そうです。一般魔法の一つですね。本来私は魔法を使えないんですが、どうやら多少の無茶をしたおかげで使えるようです。流石に魔法少女達と同じ威力と言うのは不可能ですが、この辺りの敵であれば十分ですかね」

「この魔法があれば、確かに城の奥まで行けるかもしれない」

「ええ、その通りです……が、案外消費が大きいですね。多分後三発しか撃てないでしょう」


 最初の甲冑で一発、そして見張りをしていた甲冑で一発。それで残り三発という事は、一日五発しか使えないとっておき、と考えるべきなのだろう。

 五発のとっておきだけでこの城を探索するのは正直怖い。城の入り口にだけ見張りがいるというのならそれに越したことはないが、流石にそれは希望的観測が過ぎる。


「今日は一回帰った方がいいんじゃないかな、その安住さんに報告した方がいいと思うんだけど」

「いえ、城の中に入ります。そして城の中で、安全な場所を見つけてから目を覚ますべきです」

「城の中に安全な場所なんてあるの?」

「……分かりません。ですが、毎回夢の世界に入る度にこの入り口の見張り達と戦うわけにはいきませんし、見張りを倒したことで城全体の警戒度が高くなる可能性もあります。ここはリスクを取ってでも中に入るべきです」


 確かにシャインの言っていることは一理ある。

 この城の見張りが安住さんの言っていた通り、穂坂さんの心の奥に近づこうとするものを排除するための機能だとすれば、見張りを倒してしまったことで、城の警戒は上がるだろう。

 その結果として見張りの数が増えるというのは、想像に難くない。

 シャインの使うことの出来る魔法は一日五回という制約がついている以上、入り口を六体以上の甲冑が守ってしまえばその時点で侵入は不可能になる。


「……分かったよ。ただすぐに安全な場所を探してくれよ」

「ええ、もちろんです」


 正直気乗りはしない、ただ死にたくないという気持ちも嘘ではない。

 死なないために、自分にやれることがあるというのならやるべきだと思う。


「それでは行きましょうか」


 シャインの後ろをついていくように、門に向かう。


「……これ、どうするの?」


 ただ、そこで大きな問題が発生した。

 門に鍵が掛かっていたのだ。いやまあ、それは当然と言えば当然なんだけどさ、せっかくここに入ろうと決意したのに、こんな初歩の初歩で詰まってしまうとは、なんとまあ拍子抜けな結末だ。


「……飛べたりしませんか、アズミの理屈でいえばコウイチも魔法が使えるはずなんですが」


 シャインは散々考えこんだ挙句、自信なさげに提案する。


「どうだろう、試してみるよ」


 魔法の使い方は良く分からないけど、ただもしかしたらイメージしてみればどうにかなるかもしれない。

 僕は真っすぐ上へと跳躍する、飛ぶというのは良くイメージできなかったので、空中にある透明な床に着地するイメージでただ上に飛ぶ。


 その結果、僕は見事に着地することに成功する、……地面に。


 そんなイメージだけで魔法が使えるわけもなく、ただ上にジャンプしたという結果を残しただけだった。


「うん、やっぱり無理だね」


 想像通りすぎる結末である、むしろあれで空中に着地出来たほうが驚きだ。


「分かりました。あまりやりたくないですが、仕方ありません。一度門から離れていてください」


 言われた通り門から離れると、白い光が門に向かって発射される。

 鍵が手に入らないのなら、むりやり扉を壊してしまえばいい。なるほど、確かに下手に鍵を開けようとしたりするよりは、賢い方法だ。


「……えっと、どうしようかこれ」


 ただ、それは魔法によって門と壊すことが出来ればという前提がつく。

 先ほどの光線は門をへこませることには成功したが、ただそれだけだ。これでは、門を通ることは出来ない。


「……どうしましょうか」


 シャインは困ったようにこちらを見る。

 そんな目で僕を見られても困る。魔法なんて使えないし、鍵開けだとかそんな特別な技術を持っているわけでもない。ただの一般人に出来る事なんて殆どない。


「シャインは浮いてるよね、だから僕も一緒に浮かべてくれれば」


 シャインは不思議な力で宙に浮いている、それと同じように僕も浮かせてくれれば門を突破することが出来るはずだ。


「それが出来るならとっくにそうしてますよ」

「まあ、そうだよね。それなら、えっと、シャインが僕を抱えて上にあがるっていうのは?」

「本気で言ってますか」

「いや、うん。ごめん」


 僕の手のひらサイズのシャインにそんなことが出来るとは思えない。

 上を飛び越えるというアイデア自体は悪くないと思う、ただそれを実現するための方法がないのが現状だ。


「とりあえず周りを歩いてみる? もしかしたら城壁のどこかに穴とか開いてるかもしれないし」

「まあ、他に当てはありませんしね。仕方ありません」


 その音色からは諦めの声がにじみ出ていた。

 正直な所自分もそんな都合よく城壁に穴が開いているとは思っていない、見張りを立てる程厳重に作られている作りなのにそんな分かりやすく侵入できる経路があるとは思えない。

 言ってしまえば、今は何も出来ないことを確認しよう、そう言ったたぐいの質問……のはずだったんだけどな。


「……穴空いてるね」

「空いてますね、何ででしょうか」


 何故か、城壁に穴が開いていたのだ。

 僕達が何かしたわけではない、城壁にそって歩いていると突然その穴が現れたのだ。

 あまり大きな穴ではないが、腹ばいになって前進すれば問題なく通れる程度の大きさだ。


「ここから中入っていいのかな」

「ここまで用意周到だと罠な気もしてしまいますね」


 罠っていうと、ここを頑張って通ろうとしたら待ち伏せがいるとか、途中で地面から棘が生えてくるとか、そういうものになるのだろうか。


「でもここ以外入れそうな場所はなさそうなんだよね。それに、こんな罠を置くより城壁を完全に閉め切っといた方が安全そうじゃない?」


 ここがもし本当にお城で、もしもの時に使う秘密の通路とかなら、そういった罠なのも理解出来るけど、こんな城壁に空いた穴は秘密の通路として機能しないだろうし、わざわざ罠の為に放置しておくというのも、考えにくいような気もする。


「そうですね、一応私が先行しますのでコウイチはそれについてきてください」

「お願いね、シャイン」


 穴をくぐるために腹ばいになると、目の前には土と、お菓子で出来た床が広がっている。

 土になっているところが城の領域って事なんだろう、床になっているお菓子という時点でそもそも食べたくないけど、境目に当たる部分のお菓子は絶対食べれないな。


「大丈夫そうです、こちらへどうぞ」


 そんなどうでもいいことを考えていると、城壁の向こうからシャインの声が聞こえてきた。

 城の中か。まさか現代日本で、遊園地にあるアトラクション以外で入ることになるとは思わなかった、しかも不法侵入ときたものだ。

 いったい、この先何が待っているのやら。

 半分の恐怖と半分の好奇心そんなものを持ちながら、僕は壁の穴を這って進むのだった。

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