第11話

「今日は……そのなんというか気合が入ってるんですね」


 図書館に入るなり、困惑した様子の穂坂さんに言われた第一声がそれだった。


 ただまあ僕が穂坂さんの立場だったとしても、きっと同じ感想を抱いただろうというなとは思う。

 グローブを手に付け、深い黒色の迷彩柄の服に身を包み、その上に交換用のマガジンの収納がついている防弾チョッキ、それにインカムのついたフルフェイスのヘルメットというだけで、相当な気合の入りようだが、その上で腰には拳銃が入っているホルダーがついているし、スリングと呼ばれる紐で肩に掛けるようにしてアサルトライフルを持ち歩いている。

 今の気分は何処かの特殊部隊だ。

 ……いや、まあ実際、本物の特殊部隊の装備なんだろうけど。


「僕も戦わないといけなくなったからね」

「戦うってなにと戦うんです?」


 穂坂さんは首を傾げる。

 どうやら、彼女と一体化している際に僕達がやっていることは知らされていないらしい。

 僕が魔法について知らない方がいいと安住さんが言ったように、穂坂さんにあえて夢の世界の話はしていない可能性もある。それなら適当な言い訳で誤魔化すべきか……。


「……この現実とかな」


 言い訳として考えた結果出てきたのは疲れ切った人、あるいは中二病を患った痛い人しか言わないような言葉だった。


「は、はあ。そうなんですか、それは、その、大変ですね」


 非常に苦しい言い訳に対して穂坂さんは困ったように相槌をうつ。


 納得したというよりはこれ以上追及する気を無くしたという感じだが、結果として追求されないのであればこれ以上ない成果と言える。

 まあ、その代わり次から穂坂さんが僕の事を見る目が冷たいものになってしまいそうだが、それはもう必要経費として割り切るしかないだろう。

 その代償を払うのは未来の僕であって、今の僕には何ら問題はない。頑張れ、未来の僕。


「さて、準備は良いですか?」


 全く筋の通っていない超理論で自分を慰めていると、会話に一段落がついたのを見計らってか、シャインが姿を現した。


「ああ、うん。大丈夫だよ」


 一刻も早くこの場から逃げ出したくて、シャインの方に手を伸ばす。

 こちらの意図を汲み取ったわけではないだろうけども、シャインはその手の上に乗る。

 ただそれだけで何時ものように意識は遠くなっていった。



「なんですか、その服装」


 目を覚ますと驚いたように、シャインが言った。

 周りが真っ黒でシャインがどこにいるか、僕には視認できないがどうやら彼にはこちらの姿視認できているらしい。

 もし今彼の姿を見ることが出来れば、目を丸くして驚いている姿を見ることができたのだろう。いや、元々彼の眼は丸いのだけど。


「秘密結社に用意してもらったんだよ、あの甲冑と戦えるようにって」


 木箱のふたを開け、辺りを見渡すがどうやらもうあの甲冑達はいないようだ。


「よし、これならこの城の探索も」


 立ち上がって、ようやく違和感に気づく。


「どうかしたんですか?」

「……無くなってる」

「何がです?」

「アサルトライフルだよ、こう、肩に掛ける形で持って来てたのに」


 そう、アサルトライフルを持ちこめていなかったのだ。

 もしかしたら銃火器の類は持ってこれないのか? そう思い腰のホルダーに手をやるとちゃんと中に拳銃が入っていることが確認できた。

 他の物資も確認してみるが、どうやら持ち込めなかったのはアサルトライフルだけのようで、ちゃんと予備のマガジンは持ち込めていた。マガジンだけあっても、何の意味もないけど。


「そのアサルトライフルが何かは分かりませんが、そんなに大切なものなんです?」

「甲冑と戦うときに使う武器だったんだよ、一応拳銃の方はあるから戦えはするけど」


 余り銃には詳しくないが、拳銃よりもアサルトライフルの方が威力が出るような気がするし、あっちは一回のリロードで相当の数の弾を撃つことが出来るはずだ。

 そんな強力な武器は失ってしまったことに、正直心細さはある。


「そのけんじゅうとやらが持ちこめただけよしとしましょう。それにもしもの時は私が何とかしますよ、安心してください」


 こちらの不安を察したのだろう、努めて明るい調子でシャインは言った。


「よし、それでは探索に」

「あ、ちょっと待ってもらっていいかな」

「何かあるんですか?」

「安住さんに頼まれてたことがあってね」


 シャインは不思議そうにこちらを見つめている。


「こちら、森田。今、夢の世界に到着しました。聞こえますか?」


 インカムのスイッチを押してから、声を掛ける。


「ああ、ちゃんと聞こえているよ。どうやら成功したようだね」


 少し時間を空けてから、安住さんの声が聞こえてきた。

 ちゃんと通信できているらしい。凄いな、安住さん。

 なんでも昨日一瞬だけつながった電話から、その周波数やら発信源を特定し、夢の世界と通話できる通信機を一日にして作り上げたらしい。

 もはや自分には理解出来ない領域の話だ、天才という言葉がこれほど似合う相手は存在しないだろう。


「流石安住さんですね。ただ通信には成功しましたが、アサルトライフルは持ち込めなかったようです。こっちに来た時に無くなっていました」

「他の物はちゃんと持ち込めているのかい?」

「はい、予備のマガジンもちゃんともちこめていますが、それだけ駄目だったみたいです」

「ふむ、そうか。わかった、それならまた何か分かり次第連絡してくれ。それと危険だと思ったらすぐに逃げてくれ、今君を失うわけにはいかない」

「了解です」


 通信を切ると、信じられないようなものを見る目でシャインがこちらを見ていた。

 やっぱり一日で、夢の世界にもつながる連絡方法を作るというのは精霊目線からしても凄い事なんだろう。


「いきなりそんな独り言を話しはじめるなんて、頭が可笑しくなってしまったんですか」


 ……どうやら、それ以前の問題だったらしい。









「しかし、驚いた。あんなもんで本当に、夢の世界にいるあいつと通信できるんだな」


 佐久間は、通信室の中にいる安住に対して感心したようにそう言った。


「とりあえず仮説は間違っていなかったようで安心したよ」

「ただの何もしていない通信機だっていうのにな」


 今、佐久間が言った通り、安住は森田の持っている通信機に対してなんら細工をしていない。

 当然、そのままであれば夢の世界と通信なんてことが可能になるはずがない。


「夢の世界では彼が思っていることはそれが現実となる。もちろん、限度はあるだろうが、多少の無理は効く事は先日の電話の一件で分かっていたからね」

「だから銃に関しても、あんなことを教えさせたんだな。ようやく納得したよ」

「疑い深いね、全く」

「それはそうだろ。教えたことの半分以上は嘘だぞ、あんなの。ちゃんと狙って撃てば、止まっている人型なら素人でも百発百中で五十メートルぐらいなら頭に命中させられるだとか、ちょっと調べれば頭の可笑しい妄言としか思えないような事を素人の学生に教えろっていうんだ。しかも射撃訓練は禁止だって、あんたの頭が可笑しくなったって考えた方が自然だ」


 佐久間は吐き捨てるように言った。


「ああ、安心したまえ。その考えは間違ってない、あの日以来、私の頭は可笑しくなったままさ」


 それに対して安住は、自嘲的な笑みを浮かべながら答えるのだった。

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