懐胎

真花

懐胎

 会って、セックスをするまでと、している間は忘れているが、こうやって横並びに寝て目を閉じたタマミの唇を見ているとどうしても思い出してしまう。それは雑念だし、要らない思念だし、納得した上でこうやってタマミとの時間を過ごしているのだから、決して口にはしてはいけないと思っていた。最初にタマミにその事実を伝えられたときに、タマミはそうは言わなかったが、まるでそれを呑み込むことが出来ないならもう二度と会うことはやめようと迫られているかのようだった。だから、もう二年になるタマミとの付き合い、いや、セックスをする関係の中で、一度も話題に出したことはなかった。

 他の男のことだ。

 だが、今日は見付けてしまった。そこは僕もよく口付けをする場所だった。背中の肩甲骨の内側の辺りにキスマークが残っていた。僕達は互いに顔を知らないが、タマミで繋がっている。タマミを共有しているとも言える。だから、自分の痕跡を残さない、他の男に自分の存在を知らしめないことが暗黙の了解としてずっと保たれていた。タマミの意図とは関係なく、僕達はそのルールを守っていた。キスマークを見た瞬間に、僕は穢れたものを抱いているのだと呼吸が苦しくなった。他の男が僕と同じようにタマミに触れ、舐め、挿れている。まるで目の前で行為を見たかのような拒否感が僕を襲って、僕は動きを止めた。

「どうしたの?」

 僕が黙ったままでいると、タマミは体をこっちに向けた。体の前側には穢れのサインは残っていなかった。それでも僕が何もせずにいたら、タマミがそっと口付けて来て、僕の中の衝動がぐんと音を立てるように強まって、溢れた分が行動になった。

 セックスが終わって横にタマミを見ている。僕の胸のキャンバスに沁みのようにキスマークが映っている。タマミの腹をやさしく撫でてみたが、落ち着かない。

「背中にキスマークがあったんだけど」

 タマミはゆっくりと瞼を開ける。開いた目は歪んでいて、困惑しているように見えた。

「ごめん」

 僕は言っても事実は変わらないから意味がないと胸の中でお経のように述べてみるが、それでも言葉にしたくて、その勢いに負けた。

「他の男のこと、感知したくなかった。と言うか、どうしてタマミはたくさんの男と同時に付き合うの? 僕一人じゃダメなの?」

 タマミは紙が溶けるように真顔になって、僕の目をじっと見る。目は僕を見ながら、右手で僕の局所をギュッと握る。放出したばかりで、握られても硬くはならないが、僕そのものを握られているような錯覚がある。

「私という人間が、そう言う人間なんだ。一人じゃダメ。満足とか不満足とかじゃない。ちょうどいい感じが今の人数なんだ。キスマークは本当にごめん。こう言う生き方をするには守らなくてはいけないことはある。……理解はしてもらっていると思っていたけど、違うのかな」

 タマミは右手に赤子くらいの力を入れる。僕が脅かされている感覚に、タマミの手を掴む。痛くはない。性的でもない。ただ、ちょっとしたピンチだ。僕はタマミの手をゆっくりと引っ張り、局所から外す。タマミは黙って外されるに任せた。

「理解はしているよ。キスマークを見たら、静かに溜まっていたものが出て来ただけ」

「じゃあこれからも同じように、しよう」

 タマミは無垢であるかのように笑う。きっと結婚式でもこんな笑い方をするのだ。それまで散々して来たことをチャラにするような結婚式をタマミはするだろうか。自分のして来たことの責任はずっと背負うと言って、しないように思う。そしてそのタマミの横に立っているのが自分だと思えない。思えないのに、タマミを独占したいと願っている。その願いは絶対に叶わないことも分かっている。それなのにタマミに当たるようなことを言った。

「変なこと言ってごめん。これからもよろしく」

「うん。ね、もう一回しようよ」

 そのセックスが欲望の行為ではなく仲直りの儀式であることは明らかだった。だから、僕は応じた。


 タマミと会うのは水曜日で、街で少し遊んでから食事をして、大体同じラブホテルに泊まった。四季が流れて行くのに、僕達はいつも同じで、まるでひと所に好んで淀んで、進歩とか変化とかを拒絶しているみたいだった。僕達にとって未来はまだ無限にあったから、考えることもしなかった。だが、同時に永遠にこの生活が続くことはないことも分かっていた。タマミの唯一の男になれないことが確定している以上、いつかはタマミの元を去らなくては僕の思い描く男女の幸福は手に入れることが出来ない。それでも、タマミと別れることを具体的に考えることを僕の心が拒絶していたから、僕は脳に麻痺の薬を仕込まれたみたいにタマミに会って、セックスを繰り返した。

 初夏が梅雨に飲み込まれ始めていた。僕とタマミは個室の居酒屋で横並びに座っていた。タマミが、あのね、と僕の視線を要求して、僕達は体を捻って目を合わせた。

「セックス、しばらく出来なくなっちゃった」

 僕は真っ先に性病を考えて、だとしたら僕も罹っている可能性が高い。治る奴ならいいが、そうでない奴だったら、エイズとかだったら。いや、でも「しばらく」だからエイズはないか。キンタマが縮み上がった。だが僕は平静を装う。こんなところでそう考えること自体が小さい証明だが、器の小さな男と見られたくなかった。

「どうして?」

 タマミは可憐な花が咲くように笑った。ごちゃごちゃした居酒屋にはあまりに似つかわしくなくて、まるでゴミ溜めに一輪の美花が立って風に揺れているようだった。僕はその表情だけでホッとして、病気ではなさそうだ、張っていた見栄に追い付く形で自分を膨らませて、耳を傾けた。

「妊娠したんだ」

 そんなことがあるのだろうか。いや、セックスをしていればあり得ることではある。コンドームだって百パーセントじゃないのは有名な事実だし。……妊娠。妊娠ね。姉ちゃんが甥っ子を妊娠したときにベビーザラス行って、そこで妊婦がうじゃうじゃいて妊婦酔いして吐いたっけ。そうじゃなくて……。

「父親は誰なの?」

「分からない」

「僕の可能性もあるの?」

「それはあるよ」

「産むの?」

「うん。だから、セックスはやめなんだ」

「誰の子か分からないのに?」

「私の子だよ」

 それはそうだが。僕は言葉に詰まって、視線を落とす。確かに間違いなくタマミの子だ。僕が父親である確率はどれくらいなのだろうか。他に何人いるのか分からないが曜日担当だとしたら七人はいる。十四パーセントくらいか。高いんだか低いんだか分からない数字だ。だが、ゼロではない。五年後に生きている確率で言われたら悲観しそうだが、同時にそれはそれだけの人数が生き残っていると言うことでもある。不確定であるものを確定にするのは、意志だ。僕はぐっと力を入れてタマミの目を見る。

「父親を誰か、選ぶの?」

「そんなことしないよ。私が一人で育てるよ。もちろん、会いに来て欲しいとは思う」

「一人で、って可能なの?」

「色々あって、お金はあるんだ。世知辛いことにお金があれば大抵のことは大丈夫」

「会うって、どの男もってこと?」

「今までと同じだよ。ただ、時間帯とかは考えないといけないけどね」

 タマミは子供を産んで、育てても、今いる淀みから出ることなく、進歩も変化もなく行くつもりだ。僕がタマミに会う目的の中心はセックスだったから、妊娠の話を聞いて会うことを続けるかやめるかを考えなくてはならなくなった。だが結論はすぐに出て、一回、セックスなしで会ってみてから考えればいい、と言うものになった。僕達は妊娠を伝えられた次の週に会い、食事をして帰った。妊婦を連れ回すのは気が引けるから、それくらいがちょうどいいと判断した。タマミとの時間はセックスがなくとも気持ちが穏やかになって、少し興奮するいい時間だった。よって、会うことを続けることとした。他の男がどう言う決断をしたのかは分からない。だが、何となく、人数が減ったのではないかと感じる。

 季節が流れることと、タマミの腹が膨れて行くことに挟まれると、淀みであっても時間経過を感じざるを得ない。そして、腹を見る度にその中にいるのは僕の子供じゃないかと言う観念が噴き出して優勢になる。本当はタマミは父親が誰かを知っていて、それは僕で、だから実は他の男とは切れていて、僕だけと会っているのではないか。だが訊けない。訊いてしまえばこの関係が終わってしまうような気がした。その圧力は、タマミの腹が膨らむ程に増していって、撫でたところを蹴られたときに完全に封じられた。


 臨月が近付いて来た。会うこともやめになった。タマミのために空けてあった水曜日になって、僕は一人で自分の部屋にいた。ベッドで思うのはタマミとのセックスではなく、膨らんだお腹で、まるで父親のように安産を祈願した。……本当に僕が父親なのかも知れない。だが、もしそうだとしても、名乗り出たくはない。僕の人生をここで固定することはしたくない。いや、それ以上に子供が他の男の種からかも知れない確率が八十パーセントを超えていると言う事実が、子供を自分の子供だと思えない理由かも知れない。他人の子供を育てたくはない。……違う、他人の方がまだいい。ライバルの子供だ。それは敗北を受け入れ続ける人生を許容することになる。いつかどこかでDNA鑑定とかに走ってしまいそうで、それをしようかしまいかと言うことで多くの時間を浪費するのだ。

 それでも子供は僕の子供かも知れない。いつか答えを言い渡される。それまで伏せていたものが一気に裏返る。いや、そんな日は来ない。タマミは秘密を永遠に守る。もしくは、タマミにとっても答えは不明のままで進む。

 僕はどうするのだろうか。……分からない。今は、安産を願っている。


 タマミから産まれたと連絡が来た。病院には血縁者しか入れないから、退院したら是非見にきて欲しいとのことだった。安産で、母子ともに健康。僕は体から全ての力が抜けるみたいにその場でへたり込んだ。電話口でタマミにそのことを伝えると、元気そうに笑っていた。

「娘だったよ。名前はコダマにする」

「おめでとう」

 僕は嬉しくなって、電話を切った後に走り回った。走っている間に、他の男にも同じ電話をかけていると言うことに思い当たって、急にぴたりと止まった。空が青かった。

「それでも嬉しさは嘘じゃない」

 呟いて、また走り出した。一気に土手まで行って、川を挟んだ向こう側に向けて大声を上げた。

「コダマ! ようこそ! ありがとう!」

 視線が刺さったが、誰も声をかけては来なかった。僕は十分になって、部屋に戻る。そのときも腰が浮いているようだった。

 次の週になり、僕は初めてタマミの家に行った。しっかりと根を張ったような一軒家で、金があると言うのは本当なのだろう、それでも出産祝いを片手にチャイムを鳴らす。タマミが出て来た。

「ありがとう、来てくれて。よく手を洗ってうがいをしてから、コダマを抱っこしてね」

 一階の一角に赤ちゃんゾーンが出来ており、育児用の器具と思われる柔らかそうなプラスチックの道具や紙おむつが並んでいた。その中央に、ふにゃふにゃの赤ん坊が寝ていた。

「コダマだよ」

 やり方を聞いて抱っこしたコダマは思ったよりずっと軽くて、気を抜いたら壊してしまいそうで、思ったより可愛くはなかった。ハラハラするからタマミに返した。タマミは、どう? と僕の顔を覗く。

「タマミの赤ちゃん」

「そうだよ」

「僕が父親かも知れない」

「ある確率でね」

「顔が僕に似ている気がする」

 タマミは黙る。その顔に、「みんなそう言うよ」と書いてあって、僕は急に悲しくなった。同時に、どうして自分の子供だと思おうとしているのだ、僕は自分の子供だったらどうしようと考えていたのではなかったのか、と思考が頭の中をぐるりと巡った。僕の中にあった危惧と今コダマを前にして感じているものの間に乖離がある。

「僕はコダマを僕のものにしたがっているのかも知れない」

「それを、かわいい、って言うんだよ」

「それは叶うの?」

「かわいがることは、ずっと出来るよ。して欲しい。でも、コダマは誰かのものじゃない」

 それは父親の可能性がある男ども全員に向けて言っているかのようだった。僕はもう一回コダマを抱っこした。かわいいかはよく分からない。タマミは疲れているが、満足もしていそうだった。コダマをベッドに戻して、僕達はキスをした。


 コダマはすくすくと育った。僕は週に一回水曜日の夕方にタマミに会い、コダマに会った。他の曜日のことは訊かなかったが、同じように別の男がこの家に来ているのは間違いない。その事実に目を瞑りながら、コダマをあやす。セックスは解禁されない。僕の欲望は溜まりに溜まって、ある日コダマが寝ている間に強引にしようとした。タマミは、ダメだよ、と言って、口で慰めてくれた。欲望は萎んだが、同時に僕の中のタマミに対する想いも萎んでしまった。それは、ほとんどが欲望で、残りのひと欠片の情でタマミが母親であることと、コダマがいることを受け入れていると言うものだった。僕は来るセックスの日々のために母子の元に通っていただけの野獣だった。悟ったら急に自分がみすぼらしく感じた。僕はコダマの父親になりたいなんて思っていない。もしそうだったらどうしよう、嫌だ、僕の人生がここで決まってしまうのは、嫌だ。

 それからタマミのところに行くことが徐々に減って行った。仕事が忙しいとか、適当な理由を付けて言う断りの電話を最初はしていたが、いずれ行くときだけ連絡をするようになった。コダマは育ち、会う頻度が下がればさらに早く成長して、座るようになり、歩くようになった。コダマの目があるからキスも出来ない。僕が来ることが減っても、タマミは悲しそうな顔をしなかった。他の男が来るから問題がないのか、僕に興味があまりないのかは分からない。父親を決めないで育てると決めた時点でこうなることは予測していたのかも知れない。

 僕は月に一回もタマミのところに行かなくなり、そのまま、通うことも連絡をすることもやめてしまった。意識して決意してやめたのではない。自然に次の連絡を取らなかっただけで、連絡先を消すこともしていないし、ブロックだってしていない。だが、タマミからも連絡はなかった。僕は僕の子供かも知れないコダマをかわいいとは思えないままだった。僕は自分が父親かも知れないと言うことを再び脅威に感じながら、そのことも日常の中に埋没させて、まるで完全に忘れたかのように生活を続けた。次の年には恋人が出来た。デートの途中、僕は看板に「たま屋」と書いてあるのを見てタマミのことを思い出した。確かめておかなくてはいけない。

「ミエは僕以外の男と同時に付き合っていたりしないよね?」

「バカじゃないの!? そんなことする訳ないでしょ!」

 ミエの怒りに僕は安堵して、打たれた頬の痛みすら安心のサインに感じた。僕達は付き合いを続けたが、しばらくして別れた。空白期間が開いた後、ヨリを戻した。また別れて、またヨリを戻して、気が付けば五年が経っていて、結婚した。子供が出来たが、やはりかわいいか分からなかった。今回は百パーセント僕の子供のはずで、だから気持ちも変わるかと思ったのだが、そうじゃなかった。ただ思ったのは、コダマは元気だろうか。

 産まれたての息子と産褥の妻を病院に置き去りにして、僕はタマミに連絡を取る。タマミはすぐに電話に出た。

「久しぶり。元気?」

「今から行ってもいい? 水曜日じゃないし、まだ午前中だけど」

「大丈夫だよ。コダマは学校に行っているから、会うには待たないといけないけど」

「じゃあ、行く」

 ざっと十年ぶりだ。僕は前には週に一回乗っていた鉄道に乗車した瞬間にノスタルジーが溢れて来て、まるで十年前に戻ったみたいで、だが僕は確かに歳を取っていて、家族もある。若い日とは違う。それでも、流れる景色さえもが同じに見えて、胸がじんとする。タマミの家の最寄り駅も全く変わってなくて、思い出を踏み締めて歩くようだった。

 タマミの家のチャイムを押す。タマミはすぐに出て来た。その顔には十年がしっかりと刻まれていて、それは僕も同じなのだろう、それでも、僕は会った瞬間に嬉しさが弾けた。タマミも花火のような笑顔になる。家の中に迎え入れられてドアを閉めたら、僕達はどちらからともなく抱き締め合った。タマミの匂いは十年前と変わっていなかった。

「コダマは何時に帰って来るの?」

「二時くらい」

「まだ、時間がある。……しよう」

「うん」

 初めて入るタマミの寝室で、僕達は十何年ぶりに体を重ねた。裸でベッドの上に並ぶ。タマミの寝方はあの頃と変わっていない。僕はタマミの腹をやさしく撫でる。それは一度膨れてから萎んだ腹であって、昔の平らなままだった腹とは違う。だがタマミの腹だ。

「元気だった?」

「うん。エースケは?」

「元気。結婚した。子供も産まれた」

「そっか。うちは子供はコダマだけだよ」

「コダマは元気?」

「とんでもなく。……ねぇ、また昔みたいにときどきうちに来ない?」

「……それは今の状況じゃ無理かな。本当に稀になら、なんとか」

「じゃあそれでもいい。私はいいから、コダマに会ってあげて欲しい」

「分かった」

 僕達は時計に急かされて、服を着る。分かったとは言ったが、コダマよりタマミが欲しくて僕はここに来るだろう。だが、それも多くの条件が揃ったときだけだ。数年に一回だろう。セックスが終わったら急に自分の家族のことが気になり始めた。ミエは多分大丈夫だが、産まれたばかりの息子が心配だ。連絡を取るにもこの場所からはやりづらい。とは言え、ここまで来て、して、コダマに会わずに帰ると言うのも大切なものを欠けさせた行為のように感じる。僕達はダイニングに降りて麦茶を飲む。窓から陽光がかすめるように入って来ている。

 チャイムが鳴って、タマミが応じて、コダマと一緒に戻って来た。

「こんにちは」

 僕が言うと、コダマはジロリと僕を見る。

「おじさんも、私のお父さんなの?」

「違うよ」

 コダマはふうと息を吐いて、力を抜く。

「そっか。よかった。ママの友達?」

「そうだね。古い、友達だ」

 僕の言葉を咀嚼するような間の後、コダマはタマミを一瞬見る。

「ママは寂しがり屋だから、よろしくお願いします」

 コダマは頭をぺこりと下げる。

「コダマちゃんは、元気でやってる?」

「はい。すこぶる元気です」

「そっか」

 コダマはドタドタと僕の前から去って、ランドセルを開けて何かを始めた。もう一緒に遊ぶという年齢ではないのだ。そう言う年齢を全部すっ飛ばしてしまった。タマミを見ると平和に笑っていて、僕もその顔を見て笑顔になる。

「じゃあ、帰るね」

「またね」

 タマミに見送られて、玄関を潜る。

 コダマは僕にそっくりだった。僕はコダマの父親なのかも知れない。と言うよりもそうなのだろう。だが、僕には僕の家庭があって、子供が産まれた。今更、コダマの父親になることは出来ない。僕はコダマの父親なのかも知れない。だがこれまでと同じように、確率的に父親というだけに踏み留まりたい。他の父親の可能性がある男がまだ存在しているなら、父親を分散させておきたい。タマミと言う花に惹き寄せられて僕の人生を棒に振って、コダマの父親をするなんて選択は出来ない。

 僕は振り返る。きっともう二度とこの場所には来ない。

 僕が父親である可能性を封じるには、コダマもタマミも全てまとめて封じてしまうしかない。それはまるで美しい過去を丸ごと封印するようでもあり、その過去が出っ張って現在を侵している部分を埋めるようでもある。

 せめて、最後の空を目に焼き付けよう。いつでも思い出せるように。そして、間違って再び踏み込まないように。


(了)

 

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