第15話 決着
伯爵めがけて金属の弾丸が飛んでいく。何度も何度も一緒に訓練したその射撃はいまや正確。寸分の狂いもない。
念話みたいに頭の中で『ますたー! ますたー! しなないでー!』と叫び声は聞こえるがどれだけ動揺してても手元に狂いはなかったみたいだな。
これで――
「『守れ、アクセル』」
伯爵が呟く。
アクセルが射線上に飛び出して、その体に金属片が突き刺さる。悲鳴を上げる。
なんだ……いまの。
まさか。
まさか!
「てめえ、アクセルにまで奴隷契約結びやがったな!!」
「……礼儀を忘れたのか貴様。『呻け』」
ばちんと全身に痛みが走るがそれどころじゃない。アクセルがこんなにやつれてるのは奴隷にされたからだ。かなり無理な訓練をさせられてるに違いない。その証拠に、伯爵はアクセルに聖魔法をかけて治療すると言った。
「この程度の怪我、すぐに回復できるようになれ、アクセル。訓練を増やしてもいいんだぞ」
「う……ううう……お兄ちゃん……お兄ちゃん……」
「甘えるな、反吐が出る。その甘えが命取りになると何度いえばわかる。奴隷に落ちてなおまだ甘えるか」
アクセルがボロボロと泣き出すのをみて、伯爵は舌打ちをした。それから俺を見ると、
「それで、地下牢にいるはずの貴様はどうしてここにいるんだ、ハル。おかしな技を使ったようだが何か関係が? 私が無力化されるなど初めてだ。ダメージ0のお前が、一体どうやった?」
「うるせえ、畜生、アクセルを盾にしやがって!」
「口の利き方に気をつけろ。『呻け』」
さっきより強烈な痛みが全身を駆け抜ける。鼻血が噴き出してきた。残高は千円減る。
「さあ、話せ」
「……奴隷の身体は操作できても情報までは引き出せねえみたいだな」
「私を侮辱してるのか貴様。『呻け』」
全身が軋み、鼻だけじゃなく口からも血があふれ出す。指がおかしな方向にひしゃげているのが見える。
『ますたーをいじめるな!!』
突然、ジェリコが飛びだしてきて、俺と伯爵の間に割って入った。やめろバカ野郎。お前がかなう相手じゃない。逃げろ。お願いだから逃げてくれ。ジェリコは聞かず、金属の弾丸を伯爵に吐き出す。が、すでに伯爵の身体は自由を取り戻している。いとも簡単に防御魔法で弾き、金属の落ちる音が響く。
「テイムした魔物の攻撃で奴隷契約を破棄しようとしたようだが、失敗したな。その方法は私も知っているが、あまり知られていないはずだ。どこで知った?」
「言うわけが……」
「ふむ……」
伯爵の手がジェリコの方へと動く。残高を消費して回復しきる前に俺は無理矢理ジェリコの身体を抱きかかえた。衝撃。ギリギリ間に合ったが、俺の身体はジェリコを抱きかかえたまま吹っ飛んで転がる。背中が焼けるように熱い。
『ますたー! ますたー!』
「大丈夫だ。大丈夫だからお前は逃げろ」
『やだ! やだー!』
「自由に生きろ。お前とのテイミングだって解除してやる。そうすればもう俺が死ぬ苦しみを感じなくて済むだろ」
『だめ! やだ! ますたーといっしょにいる!』
「頼むから逃げてくれ。お前のおかげでここまで来れたんだ。お前がいなくなるのは耐えられない」
ジェリコはべったりと貼り付いて離れようとしない。その間にも『呻け』の声が聞こえてきて、俺の身体は悲鳴を上げる。霞む視界に伯爵とアクセルの姿が見える。
「やめて! やめて父様! お兄ちゃんが死んじゃう!」
「黙れ……そうか、こうすれば良い。『従え』」
途端、アクセルが悲鳴を上げた。
「ハル。話せ。いまや私にとって貴様とアクセルの価値は同程度だ。軟弱なアクセルを殺すも、ダメージ0の貴様を殺すも変わらん。ま、かろうじて、まぐれで私を無力化したことに敬意を払って貴様の方が価値があると言えるな」
「や……やめろ……」
「話せ、ハル。『従え』」
アクセルが悲鳴を上げ、口から血が溢れる。血と涙で顔は汚れ、苦痛に歪んでいる。やめろ。やめてくれ。もうこの子を傷つけないでくれ。畜生。動けよ俺の身体。一度即死級のダメージを受ければ一気に全身が回復するだろうが、じわじわと回復しているいまその手は使えない。
ジェリコが『
だから立て。
立てよ俺の身体。
立ちやがれ!!
歯を食いしばって、全身から血が噴き出すのも構わず身体を起こす。ジェリコが『ますたー、やめて!』と叫ぶ。何度も気を失いそうになる痛みの中で、俺は自分を鼓舞するように「立て!」と心の中で叫ぶ。
立て!
立て!
立て!
立てよ、ハル!!
瞬間、世界が、静止した。
蝋人形みたいに伯爵もアクセルも固まり、真空パックされたような世界で、目の前に透明な表示だけが浮かんでいる。
『ハル・ガストレルがスリープから目覚めました』
その表示の向こうに、淡い光が浮かんでいるのが見えた。微かに上下するそれはゆっくりと俺の前まで近づいてくると、少年の姿に変わる。
『やっと目が覚めたよ、異世界の人』
「ハル……なのか?」
『うん。おはよう』
「お前起きんの遅えんだよ、バカ野郎。死ぬギリギリに目ぇ覚ましてんじゃねえよ」
『そうだね。ごめん』
「……いや、悪かったよ。言い過ぎた。お前十二歳だもんな。こんな辛い現実、誰かに押しつけてえって気持ちはよくわかるよ。俺だって十二歳だったらきっと耐えられなかったさ。実の父親から奴隷にされるなんてさ」
『でも逃げちゃいけなかったんだ。アクセルは必死で頑張ってたのに……』
苦しそうな顔をして血を吐いたまま固まっているアクセルに近づくと、少年の姿をした光はしゃがみ込んでその頬を撫でた。
『ごめんなアクセル』
「アクセルは自分を犠牲にしてでもお前を守ろうとするくらいお前を愛してる。絶対に伯爵に殺させちゃダメだ」
『…………』
「こんな状況になっちまってすまねえな。でもこうするしか方法を思いつかなかったんだよ。かなり身体も傷つけちまったしな。でもきっと、お前なら動かせる。聖魔法は得意なんだろ?」
『そうだね。うん。聖魔法、得意だったよ』
「よし。なら最後にお前のバカ親父をぶん殴ってアクセルを救ってくれ。この身体は返すよ。俺はただの居候だからな。ただ……ジェリコにだけは逃げろって伝えてくれ」
ハルはアクセルから離れて俺の方へと近づいてくる。俺はまだ胸に貼り付いているジェリコをみた。いままでありがとう。お前のおかげで俺は生きられた。幸せに暮らしてくれ。
最後に辛い思いをさせてごめんな。
ハルは目の前までやってくると俺の頬に触れた。徐々にその光が薄くなっていき、俺の身体に戻ってくるのがわかる。元ある場所に帰ってくるのがわかる。
『すべてに絶望した僕がここまで来ることなんてできなかったよ。全部あなたのおかげだ。ありがとう、僕を目覚めさせてくれて。ありがとう、アクセルの想いを僕に伝えてくれて』
ぶん、と表示が目の前に現れる。
==========
ハル・ガストレルのスキルツリーが統合されます。
《火魔法》が解放されました。
《水魔法》が解放されました。
《土魔法》が解放されました。
《風魔法》が解放されました。
《聖魔法》が解放されました。
新たに解放できるスキルが出現しました。
==========
夥しい量のスキルが並び、スクロールされていく。それが突然、ビタッと止まる。
==========
《解呪》:契約魔法における呪術を取り消す力。
対象:《奴隷契約》、《魔物契約》、……
解放条件:《聖魔法》と《呪術》を解放すること。
==========
『あなたはもっと先に進める』
「…………何言ってんだ、お前」
『きっと僕にはこの力を使いこなせない。だからあなたに託すんだ。命の残高を使いこなしてここまで来たあなたに』
「ま……待て!」
『僕の身体をあなたにあげる。だからアクセルを助けてほしい』
ぶわっと、光が散る。その光が身体の中に入ってくると暖かさがじんわりと全身に広がっていく。
バカ野郎!!
俺は必死で抵抗したが、スキルツリーが統合された時点でハルはもう俺に全てを託す選択をしていたらしい。俺の中でだんだんハルの存在が消えかけているのを感じる。
お前、まだ十二歳だろうが!!
人生全部これからだろうが!!
俺は…………畜生!
畜生!!
世界が動き出す。
『残高を消費して《解呪》が解放されました』
『残高を消費して《解呪》のレベルが3に上がりました』
『奴隷契約Lv.3(所有者 リンデン・ガストレル)を破棄しますか?』
『残高を百万円消費して、契約を破棄しました』
『残高を五十万円消費して聖魔法を使います』
全身がみるみるうちに回復する。床に手をついて立ち上がり、血の混じった唾を吐き出す。伯爵は俺を見て、舌打ちをした。
「ふん。聖魔法だけは得意だったからな。まあ、所詮一時しのぎに過ぎないな」
俺は口を拭うと、アクセルの方へ手を向けた。
『アクセル・ガストレルの奴隷契約Lv.3(所有者 リンデン・ガストレル)を破棄しますか?』
『残高を百万円消費して、契約を破棄しました』
伯爵が眉間にシワを寄せ、何度も『従え』を連呼する。が、もちろん反応はない。
「……何をした貴様」
伯爵を無視すると、アクセルの胸に手を置いて回復してやる。
「お兄ちゃん……」
「遅くなってごめんなアクセル。やっとお前を救い出せたよ」
「ううん……僕の方こそ、お兄ちゃんを救えなくてごめんね」
「いいんだよ、バカ野郎」
アクセルはふっと意識を失った。大丈夫。呼吸はある。ただ眠っただけだ。俺はアクセルを横たえるとすっと立ち上がる。
静かに、宣言する。
「限定解除」
『限定解除を実行しました。五分ごとに100000円が消費されます。また限定解除中は残高を消費することでダメージ値を上昇できます。上限は攻撃力の10倍です。命を賭して対象を殲滅してください』
伯爵は気味の悪いものでも見るように俺をにらんだ。
「『呻け』」
その言葉はもう効かない。俺は伯爵の方へ一歩足を進める。
「『呻け』」
徐々にその距離が近くなる。伯爵は防御魔法を展開して、そのうえで命令を続ける。
「『呻け』! 『呻け』! 『呻け』!」
俺は拳を握りしめる。
そこに乗っているのは即死級のダメージを受けたときに払うのと同じ残高。
命と同じ残高。
百万円。
ハルの分、母親の分、アクセルの分、ジェリコの分、そして俺の分。
命を乗せて、俺は伯爵めがけて拳を突き出す。
喰らえ。
拳が防御魔法に阻まれて一瞬だけ止まる。伯爵はニヤリと口角を上げた。
「そう何度も私を無力化できるわけが――」
バキン!
まるで、ガラスが割れるように防御魔法は粉々に砕け散って、そのまま、俺の拳は伯爵の顔面に到達する。
有言実行してやったぜ。
伯爵をぶっ飛ばすってな!!
咆吼を上げ、
俺は腕を振り切った。
伯爵の身体は吹っ飛んで壁にぶつかる。そこからピクリとも動かなくなった。
やってやったぞ、ハル。
微かに俺の中に残っていたハルの意識が最後の力を振り絞って言った。
『ありがとう、アクセルを助けてくれて。母様の
「あとの事は任せろ、ハル」
ハルはふっと微笑むと、俺の中から姿を消した。
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