第16話 エンドロール

『ますたーのばか! じぇりこだってかなしい!』



 そう言ってジェリコがぼよんぼよん俺にぶつかってくる。金属だから痛えんだよ。俺は隙をみてジェリコを抱きしめてやった。しばらく抵抗するようにブルブル震えていたジェリコだったが、暖まってきたからか、徐々に大人しくなる。



「悪かったよ」

『むー』



 ジェリコを撫でながら、俺はぶん殴った伯爵の前に座りこむ。顔面をぶん殴ったからオークみたいに首がひしゃげるかと思ったが、そこはさすがラスボス、顎が外れて気を失うくらいで済んだみてえだな。百万の攻撃力でこれとかどうなってんだマジで。ゲームじゃいろんな条件を満たしてラスボスを弱体化させて、ようやく倒すのを無理矢理倒したんだからそりゃそうか。なんたって『潔癖アンタッチャブル』だもんな。いまや完全に伸びてピクリとも動かないけど。


 と言うか、裏を返せばコイツをぶっ殺すって相当な準備が必要ってことだよな。なんて奴だよマジで。このまま放っておいたらまた俺を奴隷にしたりアクセルを奴隷にしかねない。


 その前にコイツを奴隷にすることにした。



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《奴隷契約》:非戦闘魔法。対象の命を掌握し支配する第一級禁術。奴隷は主人を攻撃できず、強行した場合、罰を受ける。


 契約成立には対象を戦闘不能にした後、生命を捧げる必要がある。ただしこれは術者の生命でなければならない。


 奴隷契約のレベルは術者のレベルと捧げた生命に依存する。対象の【抗力レジスト】を超えるレベルを設定しなければ奴隷契約は締結しない。


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 説明によれば戦闘不能状態で俺の生命を捧げればいいらしい。幸い、残高はまだ十分あるからな。それを使えば【抗力レジスト】を超えた奴隷契約くらいできるだろ。俺は残高を使って《奴隷契約》自体のレベルを最大まで上げると、伯爵に手をかざして奴隷契約を発動した。



『奴隷契約のレベルを設定してください』



 コイツはラスボスだからな相当なレベルに設定しなきゃダメだろ。そう思って俺は最大レベルに設定することにした。



『一千万円を消費します。よろしいですか?』



 実に残機十人分の生命。



『奴隷契約が締結しました』



 ついでにアクセルにも所有権をあげよう。うん。そうした方がいい。どうやら半額で所有権の共有はできるみたいなので五百万円で済んだ。お得だね。


 とかやってたら、突然伯爵がばっと身体を起こした。うわ、もう回復しやがったコイツ。痛みに呻いた後、顎をあっという間に聖魔法で治して、血走った目で俺を睨みつける。



「貴様……貴様貴様貴様!!」



 俺は座ってジェリコを抱えたまま、ぼけっとしたまま、ぶち切れている伯爵を眺める。伯爵はぶつぶつと呟きながら魔法を展開していたが、急に膝から崩れ落ち悲鳴を上げた。釣り上げられた魚みたいにピチピチ動いて暴れ回ると、また聖魔法で治して、それから俺を睨みつける。



「貴様! 何をした!!」

「お前は俺の奴隷だ」

「は……何をバカなことを言っている! 《奴隷契約》を扱えるのは賢者級の魔法使いだけだ。世界に数人しかいないんだぞ。そんな魔法をお前が扱えるわけ……」

「『黙れ』」



 途端、伯爵の口が縫い合わされたように端から閉じていってきゅっと結ばれる。何かを言おうとむーむー叫んでいるが、口は全く開かない。



「『その場で三回回って宙返り』」



 伯爵は言われたとおりに動く。さすがラスボス。身体能力高いね。伯爵は顔を真っ赤にして俺を睨みつけた。おー怒ってる怒ってる。いつも怒ってるけどな。



「『喋っていいぞ』」

「わ……私に奴隷契約など……許されると思ってるのか!!」

「だってできたし」

「すぐに破棄してやる!」



 伯爵は聖魔法を使ってなんとか契約を破棄しようとしていたが、どうも奴隷契約のレベルが高すぎてできないらしい。すまんな、最大レベルにしちまった。



「……くっ、どうしてできない! 私の《解呪》はレベル10だぞ!」

「あ、ごめん。俺の《奴隷契約》レベル20だわ」

「なっ! バカな!!」



 それを聞いた瞬間、伯爵の顔は蒼白になり、その場に崩れ落ちた。



「あり得ない……あり得ない……お前……本当にハルなのか……?」

「さあね」



 俺はぐっと伸びをすると一つ思いついて言った。どのくらい伯爵が言うことを聞くのか試しておかないとな。



「お前、地下牢行って掃除してこい。素手で」

「なにを言ってる?」

「『地下牢行って素手で掃除してこい』」

「い、嫌だ。嫌だ、嫌だ!! 地下牢は嫌だ! やめろ! 撤回してくれ! 頼む! あそこにはもう二度と入りたくない! 嫌だ嫌だ! うわああああああああああああ!」



 伯爵は叫びながらも身体は幼稚園児の行進みたいに不格好に進んでいく。



「お前、俺はそこに二ヶ月以上いたんだぞ。掃除くらいしろ」



 俺が呆れたように言うと、駆けつけたメイドたちがぎょっとしている。俺が事情を説明すると、伯爵派閥のメイドたちはうなだれて、アクセルや母親に同情していたメイドたちは笑った。



◇◇◇



「お兄ちゃん、本当に行っちゃうの?」

「おう」



 数日後、俺は荷物をまとめて出立の準備をしていた。伯爵位はアクセルが継ぐ。それがゲーム通りのシナリオだし、それに、どうも伯爵はすでに俺を死んだことにしていたらしい。なら奴隷にして痛めつける必要ねえだろとは思ったが、まあ、俺に対する恨みを晴らしたかったんだろう。アホが。



「ここにいてよ」

「大丈夫だって。あのバカ親父が暴力振るったり奴隷にしてきたりすることもないだろうから安心しろ」

「違う。そうじゃなくて……僕寂しいよ」

「時々帰ってくるって。あと、そうだ、これ」



 俺はポケットから大事にしていたものを取り出した。あの日、地下牢に来たアクセルがくれた母親の形見。



「……ありがとう」

「俺の方こそありがとうな。それがなかったら、もしかしたら、俺はいま生きてないかもしれない」

「……?」



 アクセルは知らないだろうが、この香水はハルの目を覚ましたきっかけの一つだろうからな。アクセルの手を両手で包むようにして香水を渡すと、俺は言った。



「手紙書くよ。どこにいるかも連絡する」

「うん……わかった……」



 あと不安なのは伯爵派閥の使用人がアクセルを虐めないかどうかだけど、まあ、そん時はアクセルが伯爵に命令して処罰するだろ。いまこの屋敷で一番強いのはアクセルだ。当然だろ、ラスボスを従えてるんだから。


 俺は伸びをすると、一つ思い出したように言った。



「そうそう。地下牢がダンジョンに繋がってるからそれだけ注意しとけ」

「え!! 何それ!!」

「俺が強くなったのはな、そのダンジョンで死ぬほど訓練したからだ。地下牢の壁を探してみろ。岩が外れるところがあるから。埋めとけ」

「そっか、だからお兄ちゃんは……。うん、わかった」

「よし。じゃあ行ってくる」



 アクセルに手を振って、俺は屋敷を出た。もちろんジェリコは一緒についてくる。



『ますたー、これからどうするの?』

「それは決まってる」



 ハルに世界を見せてやる、みたいな殊勝な目的ももちろんあるけど、それより何より俺はもう奴隷じゃない。ずっとやりたいことがあっただろ。



「太ももタッチコンプリートをしてやる!」

『じゃあじぇりこはおいしいうでをさがす!』

「やめろ」



 そんなバカな目標を抱えて、バカな俺は、バカなジェリコと一緒に大きな一歩を踏み出した。




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ここまでお読みいただきありがとうございました!


本作、短編(中編?)のため一旦完結です。

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転生したラスボスの息子、魔物を殴ると『命の残高』が増えるので、迫害されて死ぬ前に地下牢と繋がったダンジョンで一億稼ぐ 嵐山 紙切 @arashiyama456

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