第9話 ダンジョンの下層に潜ろう
事件が起きたのはさらに二週間が経過したある日のことだった。
ラスボスを倒せるくらい強くなると決めたあの日から、俺とジェリコはひたすらダンジョンに潜り続けていた。
ジェリコのレベルはかなり上がって、地下牢付近の魔物であれば瞬殺できるくらいには攻撃力が増えていたし、アホみたいに(実際アホだが)突撃したって回復に数十円しかかからないくらいには防御力も成長していた。
『つよいぞー。とかすぞー。うでくうぞー』
「怖いんだよお前」
ジェリコは俺くらいなら平気で丸呑みできるくらいにはでかくなっていたし、溶かす力も桁違いで、倒した魔物を飲み込むと一瞬でじゅわりと消してしまうくらいには消化力が高い。
「ま、問題は『
奴隷契約を破棄する方法として最終手段だったが、時間がない以上この方法を使うしかない。たった一撃でもいい。伯爵にジェリコの攻撃を食らわせれば奴隷契約が解除される。突撃じゃダメだ。もっと高度なだまし討ちをしないとアイツに攻撃は通じない。ただ……
「ジェリコはアホだからなあ。左右の区別もついてるのか怪しいし」
『たべたほうがみぎうで、たべなかったほうがひだりうで』
「酷い覚え方だし、お前が食べたのは左腕だ」
『あれー?』
異星人に右を正しく教えることができるか、というオズマ問題みたいな状況に陥っているが、これにはそもそも「異星人がアホじゃない」という前提が必要だろ。すぐに忘れる奴に正しく教えるも何もない。
ともかく戦闘中は俺の指示に従ってもらうことにして、精度を上げて行くしかない。結局のところ修行あるのみで、その修行は地下牢近くのこの場所ではすでに足りない。低レベルの魔物はジェリコにとって相手ではなく、もはや害虫駆除みたいな状況になっている。楽勝過ぎる。
「もう少しダンジョンの奥に行くぞ」
『おー』
俺はジェリコに言ってダンジョンを進み始めた。まさか俺がダンジョンを出る側じゃなくて潜る側に進むなんて最初は思ってもみなかったな。壁に光る苔が生えているのは先に進んでも変わらないので、真っ暗で進めないってことはない。俺たちは一つ下の階層にやってきて少しだけ気を引き締める。
「いいか、ジェリコ。ダンジョンってのはな、いろんなトラップが自然に作られてるから気をつけるんだぞ」
『わかった』
「例えば地面のスイッチを押すと上から槍が降ってきたり落とし穴に落ちたりするからな。ちゃんと確認するんだぞ」
『わかった』
「…………お前いま踏んだけどな」
ジェリコの身体にグサグサと槍が降り注ぐ。この程度の攻撃なら数十円で回復する怪我だし、ジェリコの身体はぶよぶよなので、槍はぶつかった瞬間に威力を落とし、実際にはそれほど痛くないはずだ。
『いたいよー』
「棒読みじゃねえか。適当に返事しやがって」
ジェリコは身体に刺さった槍をそのまま食って溶かし養分にした。殴られてもケロッとしてそうだよなこいつ。豪胆なのか直前のことを忘れてるだけなのか。俺は後者だと思うね。ジェリコはまだ金属まで溶かせないようで、槍の先端をぷぷぷと吐き出した。勢いよく飛びだしたそれは石の壁にぐっさりと突き刺さる。相当な威力だな。
「その攻撃方法覚えておけよ」
『え? なに、ますたー。すいっちもういっかいおせばいいの?』
「押すな」
俺は溜息をつきつつ、この分だと少し先に進んでもまだ楽勝だなと思って、一歩踏み出し、
スイッチを踏んだ。
『ますたーやっちゃったね』
「うるへー」
なんだここトラップ多すぎるだろ。出っ張りがあったからスイッチだと思って避けて踏んだらそこにスイッチあるとか意地が悪すぎる。あとで【
と、文句と反省が一秒で頭を駆け巡った直後、パカッと地面が開いてジェリコと俺はひゅーと下層に落ちていった。命令をしてジェリコが下になるように位置を調整し落下を続ける。
着地。
衝撃。
ぼよよん。
ジェリコをクッションにして事なきを得た。残高も数円程度しか減っていない。ジェリコにとって高い場所から落ちるなんて日常茶飯事なのだろう。
ジェリコのぶよぶよの身体をかき分けてなんとか地に足をつけると俺は伸びをする。さて、どうやって戻るかな。夕食の時間までには戻らないと地下牢にいないのがメイドに見つかるからヤバいんだよな。
そう思って、上に続く階段がないか調べるために俺は落ちてきた縦穴から目をそらして後ろを見た。
息をのんだ。
『ますたー』
「…………」
『おっきいくまさんだね』
ああでかいさ。五メートルくらいあるんじゃねえのってくらいでかい鎧熊が睡眠を妨害されていらつくように身体を持ち上げて俺たちを見下ろしていた。
突然難易度上がりすぎなんだよ塩梅感って知ってるか?
ハチミツあげるからもう一回寝てくれねえかな。
持ってないけど。
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