第2話 命の残高は0円になったら死ぬようです。
状況を確認しよう。
俺が転生したのはどうもゲーム『ニードレスブレイド』の世界らしい。そう気づくまでに時間はかからなかった。と言うのも、あのイケメンの顔をどこで見たのか思い出したからな。
「あいつ、このゲームのラスボスだ」
辺境のこの地を守る伯爵であるあの男は、『
誰もアイツに触れない。
伯爵は天才的な魔法使いで、攻撃魔法は周囲一帯を一瞬で焼け野原にし、防御力九十万を超える魔法の盾はもはや要塞。ゲームじゃ仲間を鍛えるだけじゃなく、数々の弱体化工作を経てそれでも死にゲーというヤバい相手だった。一体何人がコイツのせいでコントローラーを破壊したかその数は知れない。
で、その隣にいて、俺をかばおうとした弟アクセルもこれまた悪役として出てきて、強さのためなら何でも犠牲にするようなヤバい奴だったはずだ。そんなふうには見えなかったけどな。どちらかと言えば臆病で、何より、ハルの記憶によればアクセルは心優しいかわいらしい男の子だったはずだ。
「何があったんだ?」
まあ、あの父親じゃあ性格が歪むのは時間の問題か。その前に伯爵をぶっ飛ばしてやりたいのはやまやまだが、アイツはラスボスで、そのうえ奴隷契約なんぞ結ばれてるから、きっとすぐにアイツを殴るなんてできない。主人に歯向かったら、契約魔法が発動して全身ズタズタになるみたいだからな。
はあ。
と言うかよく考えれば、何で俺が奴隷墜ちした少年なんかに転生せにゃいかんのじゃ。俺は毎日毎日あくせく働いて貯金残高が増えていくのを見るのとゲームと映画が趣味な二十五歳の一般サラリーマンだぞ。前科などなかっただろうが。
「奴隷になるなら綺麗なお姉さんの奴隷になりたかった!」
太ももがムチムチだとなお良い。毎日その太ももをマッサージするのが俺の仕事で、お礼に膝枕をしてもらうのだ。おいたをしたらその太ももで顔をぐいぐいと締め付けてもらうのだ。
ぐへへ。
そんな妄想で逃避してみたものの、現実は爆速で俺を追いかけてきて力強い抱擁をお見舞いしてくる。やめてくれ肋骨にヒビが入ってるんだから。
地下牢である。簡易的な木製ベッドには膝枕どころかただの枕すらなく、かろうじて寝わらが敷かれているものの、ヒビの入った肋骨には優しくない。
その上、ぼんやりと光るランプのおかげでどうにか見渡せる地下牢内にはネズミのお友達しかいない。ミスター・ジングルスと名付けて葉巻箱で飼おうかと一瞬思ったけれど、スキャバーズぐらいでかくて悲鳴を上げた。もし近づいてきたらぶっ飛ばしてやる。
「まあ、蹴ったところで俺が与えられるダメージなんて0なんだけど」
俺は『
「こんなのでどうやって伯爵をぶっ飛ばせばいいんだ?」
この先一方的に殴られるか、ネズミに食われて死ぬ運命しか見えてこない。と言うか実際ゲームじゃハルは死んだだろこれ。ストーリーに出てこないもん。こんなに怪我をしてたんじゃ多く見積もってもあと数日で死んじまうんじゃないか?
そう思ったところで俺はあることに気づく。
「あれ? 身体の痛みがない」
腕の痣が消えている。恋敵と同じくらい邪魔だったはずの目の上のこぶはなくなってぱっちり開くようになったし、恋患いよりわずかに辛かった胸の痛みもなくなってすっきりさっぱり。どうも体中の怪我という怪我が完全に回復したらしい。
「なんでだ?」
一瞬太ももの女神が俺に癒やしを与えてくれたのかと思ったけれど、その答えは突然、ぽんっと音を立てて目の前に出現した。なんだこれ。透明なガラス板のような四角いそれは宙に浮かび、メイリオに近いフォントで情報を表示する。
===========
命の残高を10000円消費して回復しました。
残高:30000円
残高が0円になった時点で死亡するのでご注意ください。
===========
「は?」
我が目を疑った。表示をじっと眺めてようやく理解。預金残高じゃなくて俺の命の価値が30000円。安くね? このゲームをプレイするためのハードより安いじゃねえか。その上、残高が0円になった時点で生きる価値がないから死ねってことらしい。
「怪我をしたら容赦なく減って……0円になったら死ぬ」
ってことは、俺の残高はそのままHPって理解をすればいいのか。転生前は「預金残高こそ命」が口癖だったけど、どうも転生した結果、マジで残高が命になったらしいふざけんな。
「何で俺だけゲームシステム変わってデスゲームになってんだよ!」
そう文句も言っていられない。伯爵は俺を目の敵にしているから今後もことあるごとに俺を殴る。地下牢には木刀が落ちていて多分これは「ネズミ相手に練習して無能じゃないことを示せ」ってことだろうから、今後は木刀でも殴られる。と考えると、一度の暴行で一万円は減るとみていい。
「あと三回ボコられたら俺は死ぬのか!」
伯爵はあとでぶっ飛ばす。それは決定事項だが、まずはなんとかして逃げなければあっという間に死んでその目標も
と言うことで、俺は俺でここから脱獄する方法を考えよう。この小さい身体なら鉄格子の間から出られるかとも思ったが、頭蓋骨はこの間を通れないし、握って揺さぶってみたもののびくともしない。ならば壁か、と思って、石造りの壁をペタペタ触っていると、
「ん? ぐらつくなここ」
もしかしたら以前捕まっていた囚人がトンネルを掘ってくれていたのかもしれない。そんな淡い期待を持って、はめ込まれている岩をぐいぐいと引っ張った。顔を真っ赤にしながら、大声を出して全体重をかける。こんなに叫びをあげる脱獄なんか一瞬でバレてしまいそうなものだけれど、幸い看守なんていないので、ハンマー投げ選手くらい叫ぶ。
「おらああ!」
ガコン! と、大きめの岩は外れ、全体重を乗せていた俺もカエルみたいな声を出して一緒に転がる。酷くよどんでいた空気が流れていくのが解る。空気が明らかに違う。じめっとしていた地下牢と違って、微かに新鮮な匂いがする。
「外に繋がってる!」
やはり誰かがここを掘ったんだろう。数十年前だか数百年前だか知らないが、掘ってくれた囚人、ありがとう。きっとリタ・ヘイワースのポスターを貼っていたに違いない。
俺はその穴に頭を突っ込んで、なんとか肩を通し、全身を穴の向こう側へと追いやった。細い穴が続いていて、身体を引きずるようにして前進する。向こうに見える光に向かって、ぐいぐいと身体を進め、産道を通る赤子の気分になったところでようやく這い出すことに成功した。
「やった! 外に出たぞ! ……あれ?」
そこは洞窟だった。壁に何やら光を放つ苔が生えていて、あたりが微かに照らされている。とは言え、外は外だ。きっと進んでいけば地上に出られるはず。そう思った俺は初めて月面着陸した男のように小さな一歩を踏み出した。
……なんか踏んだ。
見るとぷるぷると震える一匹の魔物がいる。
「スライムじゃん。……あれ、もしかしてここって……」
ダンジョン?
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