転生したラスボスの息子、魔物を殴ると『命の残高』が増えるので、迫害されて死ぬ前に地下牢と繋がったダンジョンで一億稼ぐ

嵐山 紙切

第1話 転生

「今日からお前を管理することにした」



 女を泣かせてそうな三十代くらいのイケメンが見下すような目で冷たくそう言い放ったが、俺はまだ状況を飲み込めていない。アホみたいに全身痛いし、なぜか床に寝転がっているし、鼻からはだらだらと血が流れている。


 そもそもここはどこだ?


 ずいぶん豪華な場所だった。壁一面が本棚で、床には柔らかな絨毯が敷かれている。使われていない暖炉は体重200キロのサンタクロースが通れるくらいには大きい。


 ドレスコードを遵守するようにイケメンが着ている服は見るからに高そうで、左手には金の指輪がはめ込まれている。指輪からしたたってる血は俺のものか。メリケンサックかよ。イケメンはそれに気づくと酷く顔をしかめて執事が手渡したハンカチで拭い、メイドに生活魔法をかけさせて清潔を保つ。


 魔法。

 魔法ね。


 どうやら俺は転生したらしい。

 そう気づいたのはこの瞬間だった。


 イケメンことリンデン・ガストレルは伯爵で俺の父。その隣に怯えたように立っている男の子が俺の弟アクセル十歳。シルバーの短髪に青い瞳。かわいらしい顔で店先に置いといたら買い物に来たお姉様方が頭撫でていきそうな感じだ。


 生活魔法をかけてもらった後も伯爵はしばらく両手と服に血がついていないのを確認する。時間かけすぎだろ。どうもこの男、潔癖の気があるらしい。伯爵はふんっと鼻から息を吐き出すと爪の間をのぞき見るようにしながら言った。



「アクセル。長子相続という言葉について説明しろ」

「……はいお父様。僕たち貴族は爵位と財産を第一子に相続することが法律で定められています。僕らの家の場合、伯爵位は兄様が相続する決まりです」

「そうだ。家庭教師ガヴァネスの授業をよく聞いているな。そしてその決まりは簡単には揺らがない。たとえ、相続する第一子がどれだけ落ちぶれていても、な」



 伯爵はようやく顔を上げ俺に視線を向けた。我が子に向ける視線じゃねえな。早朝の道ばたに広がる吐瀉物を見るような目だ。



「だから、お前を管理することにした。『うめけ』」



 イケメンが言った瞬間、バチンと頭の中が弾ける。雷に打たれたように鋭い痛みが背筋を走り、無意識に呻き声が漏れた。なんだこれ。わけわからん。俺は咳き込み口の中に鉄の味が充満する。



「お前を奴隷契約で縛った。逃げ出せば殺す。メイドたちが逃がしてくれるなどと夢にも思わないことだな。これからは地下牢で生活するといい。『うめけ』」



 身体が海老反りになる。筋肉が言うことを聞かず、骨がミシミシと音を立てる。十二歳の息子に奴隷契約をかけるとか頭おかしいんじゃねえかコイツ。一体俺が何をしたっていうんだ。あふれ出す血液で気管が塞がれないように意識的に呼吸をしながら伯爵を睨んだが、伯爵は全く怯まない。



「恨むなら自分の無能さを恨め。私の怒りが解るか? 屈辱に耐えて裸になり、吐き気をこらえながら汚らわしい排泄器を擦り合わせ、毎日毎日子供はまだかと小言を言われ、ようやく生まれたお前がスライム一匹殺せない能なしだと言われた絶望が解るか!? もう一度あの汚らわしい行為を強制された屈辱が解るか!?」



 どうしてそれを俺にぶつけるかな。強制したのはお前の親と貴族社会だろ。そっちにキレろよ。もうそこら辺から、この伯爵が自分より立場の強い奴に逆らえず、弱い奴にしか怒りをぶつけられないクズ野郎というのがありありと見えてきた。


 それにどうも母親が死んだのはコイツのせいらしい。俺みたいな「能なし」を産んだことを散々責めて責めて責め続けて嫌がらせを繰り返した結果、心労で体調を崩したからだ。虐められる側にいた俺の記憶がそう言っている。


 俺が転生したこの少年ハル・ガストレルの記憶が。


 ハルはいままで母親に守られていたが、数ヶ月前にその母も亡くなり、結果現在、こうして奴隷契約を結ばされる羽目になっている。多分、この瞬間、ハルの心は死に、転生した俺が目を覚ましたんだろう。


 胸くそわりいな。

 伯爵のこと、ぶっ飛ばしてやるよ。


 ハルのためにも、そして、母親のためにも。というか多分、この奴隷契約を破棄して伯爵をぶっ飛ばさないと俺が死んじまう。伯爵は自分の恨みを晴らすために俺を地下牢に閉じ込めて、虐めるだけ虐めて殺すつもりだろうからな。完全に同情だけって訳でもない。



「『うめけ』『うめけ』『うめけ』」



 全身の筋肉が収縮して、骨が悲鳴を上げ、ヒビが入る。見たことない量の血が口からあふれ出す。アクセルが怯えたように顔を歪ませ伯爵を止めようとした。



「お父様やめて! やめてえ! 兄様が死んじゃうよお!」

「そうだな。初日で死んでは困る。私の怒りが収まるまで生きていてもらわなければな」



 ぜってえぶっ飛ばす。

 

 俺は意識を失った。

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