第14話 決戦の日

 ラスボスとまっとうに戦って勝てるわけがないことはゲームがすでに証明しているが、同時に、どうすれば攻撃を当てられるかということも証明している。ゲーム知識さまさまだぜ。


 アイツの防御魔法には限界がある。


 確かに、二つ名である『潔癖アンタッチャブル』が示すように伯爵の防御魔法は異常。どういう構築をしているのか、死角から攻撃しようが隠密スキルで攻撃しようが、自動的に展開して弾かれる。つまり、不意打ちの類いは全く意味をなさず、寝込みを襲おうがあっという間にやられて終わりだろう。


 ただし、。ゲームでは弱体化させた伯爵の防御魔法を攻撃しまくって破壊し、その十秒間の間にダメージを与えて、また防御魔法を破壊し……というのを繰り返すのが攻略法だった。


 とは言え、これは弱体化した場合の話である。


 ゲームでは防御魔法に対して45万食らわせれば良かったが、本来の伯爵の防御力は90万で、しかも一発で決めなければならない。


 だからレベルアップが必要だった。


 いまの俺なら伯爵の防御魔法を破壊できる。そして、伯爵が行動不能に陥れば、ジェリコが攻撃できる。



「問題は、奴隷契約がどれだけ俺を傷つけるか、だな」



 防御魔法を破壊するところまで行けば恐らく即死級のダメージで済むだろうが、その直前に止められたんじゃ問題だ。それに、『呻け』を連呼されて攻撃すらままならないなんて絶対に避けたい。



「近づくまでは隠密スキルの《姿隠し》を使うしかないな」



《姿隠し》は非戦闘スキルらしく残高でレベルを上げることができた。説明をよく読めば攻撃した瞬間に居場所がバレるとはっきり書いてある。基本は逃げるために使うみたいだな。ま、俺は伯爵に近づければいいからあとはバレても問題ない。


 と言うことで、実行の日。



「行くぞ、ジェリコ」

『おー』



 ジェリコは金属を溶かせるので、鉄格子を溶かしてもらって外に出る。地下牢から上がっていって廊下に出たが誰もいない。昼で久しぶりの太陽に俺は目を瞬いた。ヴァンパイアの気分だな。



『まぶしー』



 スライムヴァンパイアのジェリコは言いながら俺の陰に隠れた。コイツ腕食うからマジでヴァンパイアみたいなもんだけどな。


 お、ヤバい。誰か来る。


 俺はジェリコを抱き上げると《姿隠し》を使い、そそくさとその場を立ち去る。残高が五分で20万円も減る。ぼったくりだ。


 この時間だと伯爵はアクセルと一緒に訓練場にいるはずだ。潔癖症の伯爵は他の時間、清潔な自分の部屋に引きこもってるからな。


 攻撃するならこの時間しかない。


 誰にも見つからずに外から訓練場まで向かうと、いた、伯爵がアクセルの魔法練習に付き合っている。と言うか強制している。ここ一ヶ月俺のところに足を運んでいなかったアクセルは、見ない間に酷くやつれていた。目の下のクマが酷いし、それに痩せているようにも見えた。待ってろ。いま伯爵をぶっ飛ばしてやるから。



「ジェリコ。作戦開始するぞ。いままでの訓練を思い出せ。ちゃんと狙いを定めて当てるんだ」

『わかった』

「俺はいまから伯爵に攻撃する。きっと酷い怪我をするし、即死級のダメージも受ける。でも気にするな。動揺するな」

『ううう。ますたーしなないで』

「早いっての。俺はそう簡単に死なない。残高いくらあると思ってんだ。一億だぞ一億。この日のためにどれだけダンジョンで稼いできたかわかるだろ」

『ううう……』

「これで外に出られるんだ。自由になれるんだ。お願いだから協力してくれ」

『ううう……わかった……』



 俺はジェリコを撫でるとその体を《姿隠し》で隠した。この距離でも伯爵に気づかれていない。ってことは攻撃するまで気づかれないはずだ。


 大丈夫。

 いける。



「合図したら伯爵を攻撃しろ。あの大人の男だ。いいな?」

『うん……』

「じゃあ行ってくる」



 訓練場のドアは開け放たれている。音を立ててもどうせ気づかれないだろうが、俺はゆっくりと伯爵のそばまで歩いて行った。目の前にいるのにコイツは俺に気づかない。


 深く息を吸い込んで、吐き出す。



「限定解除」


『限定解除を実行しました。五分ごとに10万円が消費されます。また限定解除中は残高を消費することでダメージ値を上昇できます。上限は攻撃力の10倍です。命を賭して対象を殲滅してください』



 俺は拳を握りしめて構える。


 その瞬間から奴隷契約違反の罰が下る。肩が裂ける胸が裂ける太ももが裂ける。パッと血が飛び散って全身を痛みが包み込む。


 でもやめない。


 拳を突き出した瞬間に襲ってきた吐き気を歯を食いしばって殺す。一瞬世界が真っ黒に染まって戻る。どうやら一回即死級のダメージを受けたらしい。


 いや、一回じゃない。


 視界を覆い尽くすように『即死級のダメージを受けました』の表示が並んで重なる。残高が恐ろしい速度で減っていく。


 でも、やめない。


 もうすでに痛みは感じない。俺は俺の頭がバカになってしまったんじゃないかと思いながらも最後まで拳を突き出して、自動展開された伯爵の防御魔法にぶつけた。


 そこでようやく伯爵が俺の存在に気づく。目をかっぴらいて展開された防御魔法にヒビが入るのを見る。俺は咆吼を上げたが、それはほとんど音にならない。口から夥しい量の血が噴き出して、防御魔法にへばりつく。


 バキン!


 防御魔法が破壊された瞬間、俺の身体は地面に突っ伏した。痛みが徐々に戻ってくる。



『奴隷契約違反です。残高の半分を徴収しました。次回違反時は残りの全てを徴収します』



 畜生、五千万も持ってかれちまった。さらに百万消費して俺の身体はみるみるうちに回復する。


 伯爵は何が起きたのかわからない様子で崩れ落ちていく防御魔法を見ながら、自分の身体がろくに動かないことに驚愕している。しびれたように両腕を震わせて、歯を食いしばってなんとか身体を動かそうとしているが、無理だよ。


 いまだ。



「やれ、ジェリコ!」

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