第16話 幸せな空の色

 陶芸展が無事終わり翌日。

怜央と航の結婚式会場のレストラン。

控室の怜央の髪を薫が結っていた。

「ずっと短かったからあまり編めないけど」そう言いながら薫が怜央の髪を編んでいる。小学生の頃毎朝髪を編んでいた記憶が蘇る。

「あの日もおか〜んにこうして編んで貰ってたね」

父を亡くしたあの日を怜央が思い出す。

「おと〜ん見てくれてるかな、私の花嫁姿」

「恒ちゃん奇麗奇麗って泣いてるわよ、ふふふ」

二人に穏やかな時間が流れる。

「怜央も寂しかったよね。律のこと気にかけてたくさん我慢させたいよね。ごめんね」

「ううん…」

編みあがって花を挿し完成する姿を眺めていると、タキシード姿の航が入って来た。

「怜央ちゃん、めっちゃ奇麗」

感動のあまり航がズルズル鼻をすすって泣き出した。

「いやいや新郎さんしっかりして」

薫が慌ててティッシュを差し出す。すいません、すいません、そう言いながら鼻をかむ航。

「この前言っていたように、後々はあなたが店長さんなのよ。頼むわよ」

薫に肩をポンと叩かれ「はい、頑張ります!」と鼻をすすりながら航が答える。


 少し前、権田のおばちゃんが薫の店に訪ねて来て土地を買わないかと言っていた。そこで薫は航に将来店を持つ気はないか訪ねた所、自分の店を持って隣に怜央のトリミング店を兼ねて一緒に仕事をしていく夢があると告白された。それならばと薫は今の店の土地を買い後に継いでくれるか相談したら二人とも快諾してくれた。そして権田のおばちゃんにも返事をしておいた。


♪トントン

「ご準備整いましたでしょうか?」

係の人が部屋にやって来た。

「さて、晴れ舞台参りましょう」

真っ白で少し光沢のあるロングドレスにオーガンジーがふんわり腰から後ろの方に長く伸びて、少し大人なウエディングドレスを怜央は纏っていた。髪は編み込みをサイドにその中にパールと花が挿してある。航はシルバーのタキシードに緊張の面持ちで、出したおでこが既に汗で滲んでいた。そんな二人を黒に煌びやかなスパンコールの刺繍があるシックなフォーマルドレス姿の薫が見送った。

人前結婚式の為レストランには既に招待客が着席し、会場入り口の扉の前で律が岳を連れて待っていた。

「怜央姉、おめでとう」

律はくしゃっとした笑顔で言う。

「航君、怜央姉のことよろしく、幸せにしてや」

「おお!任しとけ」

二人でがっしりと握手をする。そして「これ」とポケットから律が包を取り出す。

「え?何?」と航がガサガサと包を開けると艶々と青く光る少し歪な形の箸置きが二つ入っていた。

「ごめん、即席なんだけど…僕が色をつけたから」

照れながら律が言う。井原に好きなように色をつけてみろと言われたタタラの皿と一緒に、カケラを箸置きに出来ると律が思いついた作品だった。

「ありがとう!」と航に抱き着かれる。

その様子を怜央にクスクス笑われながらそっと先に薫と律は会場に入る。


 音楽が流れ、会場の扉が開くと先頭に岳が歩き、怜央と航がその後を腕を組んで登場する。五人掛けの円卓が六つほど並ぶ会場に歓声と拍手がなり、キョロキョロした岳が一瞬戸惑ったが、その目線の先に律が待機し「岳、こっち、おいで」と誘導していた。

なんとか小麦色のフサフサな岳の尻尾に誘導され、二人の席の手前に導かれた。その場で二人は挨拶し結婚の誓いを立てる。続いて、結婚指輪の入った籠をくわえて、航の愛犬トイプードルの風花ふうかが持ってくる。可愛い!という招待客の声に見向きもせず堂々としながら、ちょこちょこと二人の元へ走って行く。何とも穏やかで温かい式となった。


「皆様、お食事の前にお庭で写真撮影をさせて頂きます。どうぞこちらへ」

係の案内に皆が席を立ち庭へ向かう。薫は準備されていた恒靖の席から遺影を持ち、穂希や皆と一緒に庭へと歩みを進めた。庭に出ると青く高い秋晴れの空が視線の向こうに広がっている。

「恒ちゃん、見てる?」

薫は空を見上げ呟く。空には一羽のトンビがピューンと鳴きながら旋回していた。


「どうぞこちらへ」係の声に導かれ、新郎新婦の隣に薫、律、穂稀が順に並ぶ。律の目に映るこの日の青空は一段と澄んだ青に見えた。キラキラ光る太陽と薄っすら白い雲が浮かぶ最高に青い空が見えた。

「は~い皆さん笑顔で、いい笑顔で行きますよ~」

カシャ♪

「は~い、もう一枚!笑顔で!ヨイショッ!」

カメラマンの明るい大きな声で一斉に笑いが起こる。

皆の最高の笑顔が写真に納まった。








半年後の五月。

ゴールデンウィークでダンゴモールは大賑わいだった。連日イベントもあり、アニメキャラの着ぐるみショーや似顔絵サービス、子供のDIY体験など律も催し物の企画に積極的に参加していた。勿論、乾も本部から連日やって来ている。

 子供の日の今日、地元が生んだレイク戦隊ビワゴーのショーが十二時に予定されていた。

開店まであと少しの所、事務所の電話が鳴った。

「はいありがとうございます。ダンゴモール事務所です」

電話に出た川島副主任はそのあと慌てて律を探し始め、携帯で律に事務所に戻るように促す。


「どうかしましたか?」

戻って来た律は急いだせいか息が上がっていた。

「中田君、ブルーワンが骨折してビワゴーが一人足りないって連絡が」

「え?当日ですよ、もうあと数時間で始まりますって」

律も川島副主任も頭を抱えていた。

「おはようございま~す、乾参りました~」

いつもの調子で出勤してきた乾はただならぬ様子にシーっと口を押えた。そして事情を理解した乾が口を開く。

「ほな、前みたいに代打やな」

「え?」

「ほら、着ぐるみ皆で着たやん。今度は一人だけやろ」

「アクションとかあるから・・・」川島副主任が今度ばかりは無理だと答えたが

「いや、うちには戦隊ものに詳しい奴がいる、なぁ、りっちゃん」

「は?」

律の戦隊もの好きは幼馴染の乾は知っている。

「いや、好きと出来るは違うやろ」

律が慌てて言いうと

「見てるやろ?ビワゴーの番組。知ってるで」

「それは、見、見てるけど・・・」

「ほな大丈夫や!」


「レイク戦隊さん到着して控室に入って貰ったけど、一人欠席ってどういうこと?」

事情を把握していない楢崎主任が呑気にそう言って事務所に入って来た。

「中田君、早く控室行って準備!ほら早く」

「え?本気ですか?」

川島副主任に煽られ、乾が引っ張って連れて行く。


レイク戦隊ビワゴーは地元ヒーローキャラでローカルチャンネルのゆる~い戦隊もの番組。

ブルーワンがリーダーで、ピンクツー、イエロースリー、グリーンフォー、レッドファイブの五人で成り立っている。と言っても助けるのは町のお年寄りの横断歩道の横断手伝いや、部活の応援、道の駅のイベントでの販売手伝いなど県内の困っている人を助けるキャラで人気だった。アクションとは形だけのものになる。


お昼十二時。

「皆さんお待たせしました、レイク戦隊ビワゴーが今日はやってきました~」と案内され音楽と共にステージに登場してきた。

『熱い心のレッドファイブ!』

フゥ~

『自然を愛するグリーンフォー!』

きゃ~

『バナナ大好きイエロースリー!』

わはははは!

『永遠に可愛いピンクツー!』

可愛い~

『す、す澄んだ空色ブルーワン!』

ん?なんかちょっと違う感じやけど、カッケ~!

登場に子供達は大歓声だった。

悪役のブラックバスダ~を五人が倒すという一幕も律は子供の頃にやっていた、とぉ~やぁ~を再現するかのようにどうにか様になって、実はちょっと気持ちよかったりもした。


何とか二十分程のショーを終えて、クタクタになって舞台袖で息を切らしている律に乾が声をかける。

「りっちゃん大変!客席にブルーワンに助けて欲しいっていう人がいてるねん」

「は?もういいってそういうの」

「冗談やなくて、こっち来て早く!」

「お、おい、顔被ってない、出てるって」

律は顔丸出しで体だけブルーワンのまま乾に腕を掴まれ館内から引っ張り出された。「客席こっちちゃうやろ」連れて行かれるままに社員の通用口の外に着いた。扉の外に長い髪の女性の後ろ姿がある。

「りっちゃん」

振り向いて声をかけたのは蛍だった。

「香川さん」

「どうしたの?今度は戦隊?」ププッと笑われ「いやちょっと事情が・・・ていうか、いつ帰って来たん?」

「今朝。で、碧ちゃんが連れて来てくれたの」

蛍の後ろから碧が顔を出す。

「どう言うこと?真司!」

「俺はいつでもりっちゃんの正義の味方!ハハハ」

「では、私たちはこの辺で」

律は真司にまたハメられたと思った。そうしていつも僕を助けてくれる。いつもいつも、気持ちをくんでくれる。ずっと手を差し伸べてくれて来た大親友の真司。

「おい!待てよ!真司!…ありがとう!」

律の声に「おお!」と右手を上げて乾が振り向く。

「真司、お前と友達で良かった!」

「それは俺のセリフや、りっちゃん!」

「ずっと友達やで」

「分かってる!ほな」

碧と乾がバタバタ去って、律は蛍と二人になった。



「りっちゃん元気そうね」

「うん、香川さんも」

久しぶりで何を話せば良いか分からず戸惑う律。

「あ、おかえり」

「うん、ただいま」

「もうイギリスには戻らへん?」

「うん、だって竹生島でお願いしたから」

「え?」

「一つはお願いダルマでイギリスで陶芸を学び終えますようにって」

「そっか」

「でももう一つは瓦投げの願い事がまだあったから」

「そっか香川さんそれも叶うはずやもんな」

「うん、叶うかな?初恋の人の傍にいられますようにっていうの」

「え?」

「もうさっきから、え?かそっかばっかり」

「初恋の人って…え?」と律は自分を指さす。蛍はコクリと頷きはにかむ。

「小学生のりっちゃんは乾君と一緒の時以外、心が空っぽに見えてた。だからずっと気になってた。大人になってもあまり変わってなくて、余計気になって…陶芸で一緒にいる時間が増えて、空っぽの心に入りたいなって…」

「え?」

「ほらまた、え?て」二人でふふふと笑い

「いや待って、デイビット・・・は?」

律はそっと聞いた。首を傾げて少し考えた蛍は

「大家さんの猫のこと?」

「え?」

ほら見てとスマホの写真を律に見せて蛍は

「可愛いでしょ、ずっと一緒にいたけど泣く泣くお別れしてきたデイビット」と寂しそうな顔をした。

「ねこ?猫だったの?」クククと律は一人笑いを堪えて、なんて早とちりしたんだと自分に叱咤する。いや待て、そう仕向けたのは井原先生、そうだ!思わせぶりに言うから・・・と一人頭の中に巡らせる。

「じゃぁ、僕のこと好きってこと?」

思わず律の口から心の声が漏れた。ハッとしたけどもう蛍には聞こえている。蛍は眉をピクッと動かして「心の声漏れてる」と微笑んでる。

「あ~なんかカッコ悪う~」

頭を抱えている律にふふふと微笑んでヨシヨシと背中を撫でた。

律はその蛍の手を握り「…僕の彼女になって下さい」と目を合わせて言う。蛍はコクリと頷き、律は蛍をそのまま抱き寄せた。

「僕はずっと、あの日からずっと、自分は家族に迷惑をかける存在だと思ってた。だから、心に蓋をした。言われたことだけをこなす、自分から感情を動かすことはないと思ってた」

「うん」

「だから、誰かを好きになるとか自分からそんな感情を持てると思わなかった。ずっと心は空っぽ、その通り」

「うん」

「でもいつも真司が傍に居てくれたし、家族も嫌ってなかったし、僕はみんなに守られて来てた。今度は僕が誰かを守らないとって。そしてそれは香川さん…蛍を守りたいって今は思ってる」

「ふふふ、その格好で抱きしめられたらヒーローに守られたお姫様の気分よ」

「やっべぇ、まだこの格好て忘れてたぁ〜」

照れながらも幼い頃憧れていた戦隊ヒーローに本当になれた気がして、蛍をお姫様抱っこで抱き上げた。

「やだ、これは恥ずかしいよ!」

恥ずかしさで蛍が律の首元にしがみつく。2人の顔が近づき、視線が交わり、そのまま唇も重なった。


二人を五月の太陽が見つめ、青い広い空が包んでいた。


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