第13話 つながり

 十一月のイベント、『芸術の秋、陶芸を楽しみ、学ぶ展』は文化の日を含めた三連休に催される。その翌日に怜央と航の結婚式が待っている。中田家は準備に忙しい十月後半を送ることになった。

 律はブースの展示デザインなどの準備に追われていた。

 薫は何を着ようかしらと浮足立っていた。と同時に恒靖の母穂希がやって来ることに少々緊張もしていた。成長する様子など写真や手紙で知らせてはいたし、怜央はよく会っているのも知っている。一緒に京都や大阪で出会ったこともある。律との関係は今回がいいきっかけになればと思っている。そんな思いを巡らせながら、秋の日差しが入って来る店の開店準備をしていると、まだ開けていないのに一人の高齢の女性が入って来た。

「こんにちは」

上品なジャケットにタイトな長めのスカートを穿いている。にこやかで柔らかな表情。奇麗に化粧もしている。

「ご予約戴いてました?」

薫が問うと「すんません、急に」と地元の言葉でクシャっと笑った顔で返された。

「カットのお客様ですか?」

「いや、お客やなくて・・・権田麻也ごんだまやと言います」

「権田・・・ま、あら?権田さんってあの」

薫は一度だけ会ったことがあった。滋賀に越してきた時、家の鍵を貰ったのが権田。穂希が実家の管理を任せていた知り合いで、要するにこの辺の土地を管理しているという噂の『権田のおばちゃん』だ。当時会ったときは、割烹着にズボンという普通の田舎のおばちゃんに見えたのだが、今日は見違えて同一人物には見えない。

「あら、色々お世話になってるのに、なかなかお会いできなくて失礼しました」

「いやいや、そんなん何にも気にせんでええよ。穂希ちゃん元気にしてはる?」

そう言って、レジカウンター横のベンチソファーによっこらしょと権田麻也は腰かけた。

「穂希ちゃんが今度こっちに来るって聞いたもんだから。私も会いたいと思ってね」

「ええ、勿論。娘が結婚式をこっちで上げるので、義母ははもその時に」

「めでたいね。娘さんも結婚て幸せやね。どうや越してきて良かったかぁ?」

「そうですね、いい人に沢山出会えましたし、息子もいい同級生に出会って、助けられてます」

「人との出会いが一番宝やからな。私もそうやった」

「失礼ですけど、権田さんは義母とはどんなお知り合いなんですか?細かなことは義母も教えてくれなくて」

「穂希ちゃんね」そう言ってクスっと権田は微笑んだ。

「穂希ちゃんとは、幼馴染やな。小さい頃、青春時代、一緒にいっぱい笑った仲や」


---

 穂希と麻也の出会いは小学生の頃だった。

穂希の父は五人兄弟の末っ子で、後取りでもなく自由に進学も就職も出来た。憧れの東京へ出て、そこで仕事をし、穂希の母と出会い結婚をした。なので穂希は東京生まれの東京育ち。一方、麻也の父は京都や滋賀で有名な権田不動産の跡取りの一人息子だった。そして麻也もその一人娘として生まれた。父がまだ後を継ぐ前、東京進出の計画で家族と越してきた。麻也が小学三年生の時だった。その小学校が穂希と麻也の出会いの場だった。標準語の子供たちに圧倒され口数が少なかった麻也に声をかけたのが穂希。穂希の祖父が滋賀だったこともあり、二人で時には方言で喋り心を通わせて言った。

「穂希ちゃんとだけほんまの自分の言葉で喋れるわぁ」

麻也は素直に穂希と過ごす時間を楽しんでいた。

「ほんま?」穂希も似非関西弁になりがちでも麻也に合わせて「なんでやねん」などとケラケラ笑って楽しく過ごしていた。

 六年生の冬。

「穂希ちゃん、私、滋賀に戻ることになったねん。卒業したらおんなじ中学に行けへんねん」

麻也は半べそをかきながら穂希に話した。クリスマス、一緒にケーキ作りをしていた矢先だった。

麻也の父は東京進出を諦め三年で撤退することにした。

 卒業式はそれはそれは泣いた。二人で必ずまた会おうと約束して、校門で撮った写真は今でも大切に持っている。その後は文通をし、交流は続き、麻也が後を継ぐために東京の大学へ進学をした。ようやくそこで再会できた時、大人になった二人は少し照れていたがすぐに学生の頃の二人に戻った。一緒に映画に行ったり、二十歳を超えたらお酒も飲んだ。麻也が大学の四年間は穂希と一緒の青春時代を過ごせた。穂希は既に就職していたので、そのうち恒靖の父となる彼氏が出来る。麻也が卒業し滋賀の家業に入った頃、穂希は結婚し、麻也も仕事を覚えるのに忙しく会うことは殆どなかったが、常に連絡を取っていた。そして麻也が後継者として婿養子を取り、次第に穂希とも年賀状だけのやり取りになっていたが、ある日突然麻也から穂希に電話が入る。

「穂希ちゃん、主人が、癌で・・・亡くなった・・・」

まだ四十歳だった。震える声で電話をしてきた麻也を心配し、急いで滋賀に駆け付けた。

「麻也ちゃん、しっかり」

麻也は二人の小学生の娘を抱え、権田不動産の後を継いでくれた婿養子の主人にかわり自分がやらなければならなくなった。娘たちが大きくなるまでは・・・。

そうして穂希は何かにつけ気にかけていた。苦しい時、常に心の支えだった。

---


「あぁごめんごめん、自分の話ばっかりして」権田はハハハと両手を叩いて笑った。

「そやけど穂希ちゃんとか多くの人に助けてもらってきたから、その分人の役に立つように生きて来たつもりやわ」

「家も車も店も、権田さんのお世話になってきました。どうぞ」

と薫はお茶を出す。

「あらま、奇麗な湯呑み」

「これ井原陶芸教室に行ってるお客様から頂いたんです。息子もこの色に惹かれて今習ってます」ふふふと薫は笑う。

「井原陶芸・・・」

「あそこも、もしかして権田さんのお世話ですか?」

「ええ」権田はにこっと笑ってお茶を一口飲んだ。

「あ、私の話をしに来たんやなかったわ。ここ、薫さん買い取る気はない?」

「え?」

権田は年齢もあって数年のうちに管理している土地は手放して、完全隠居をしようと思っていた。他の会社に引き継ぐ前に薫が店として借りているこの土地は賃貸になっていたので、買う気はないかを確認しに来たようだ。

「そうですね、跡継ぎでも居たら考えますけど、私も若くはないのでそのうち・・・」

と途中までは買うなんてとんでもないと思っていたが「あ!」と何やら閃いたように「お返事少し待ってもらえますか?」と一旦持ち帰ることにした。

「急いではいないので、またいい返事待ってますわ」

権田はそう言ってお茶を飲み干し、よっこいしょとソファーから立ち上がった。

「薫さんも子供が巣立ったらやっぱり友達やで。大切にしいや。ほな、穂希ちゃんにまた会えるの楽しみにしてるわ」

そう言って店から出て行った。




 ♪♪♪

律のスマホが鳴った。

「律、今日午後、窯から出すから来れるか?」

井原からの電話だった。

「今日!」

ショッピングモールの事務所に居た律はキョロキョロと周りを見る。と、楢崎主任と目が合う。

「ちょ、ちょっと待ってください」と電話口の井原に言い楢崎主任に事情を話す。

「ええ~っと、午後、中田君は・・・」と言いながらホワイトボードの勤務予定の中田律の欄に『陶芸展打ち合わせ、直帰』と書いた。

楢崎主任に律は頭を深く下げ、急いで井原に「行きます!」と返事をする。

律は今までにないワクワクした表情でいっぱいだった。

「中田君、午前中にちゃんとやること済ましてだぞ」

楢崎主任は少々呆れた感じではあったが、今まで黙々と仕事をこなすだけの律とは違うやる気に満ちた表情が嬉しかった。

律は出来る事務処理を急いで片付け、昼食も取らず井原の元へ向かった。

 運転する車から、秋の高い空に飛行機雲がす~っと見えていた。



「先生!」

陶芸教室に到着した律は息を切らして教室の中に入って来た。

「おぉ、りっちゃんいらっしゃい」

他の生徒も数人来ている。そして奥の部屋から蛍も出て来た。

「りっちゃん、作品と初対面ね」

ニコッと微笑んで作業用エプロンの紐を腰の前でぎゅっと結んだ。

しかし律が習い始めてすぐ作った分厚くて重い器が初作品であったのだ。あまりにも不細工で蛍には隠して持ち帰って岳のフード皿にしている。色付けを手伝ってくれた井原も多分忘れているだろう。そうであってくれ!

 窯の熱はもう下がってはいるのだが、電気窯の扉を開けると残った熱を感じる。その窯の前に居た井原が「お~い開けたぞ」と声を上げた。蛍を先頭に生徒がわらわらと窯の方へ向かい、律はその後を追う。

軍手をした手に生徒は井原が出す焼き上がった作品を受け取り、バケツリレーのように作業机の上に並べて行く。口々に「これええ色やなぁ」「大きい壺誰のや?」「可愛いカップ」などと言い合いながら皆嬉しそうな顔をしていた。

「おぉ、律、来い」

井原に呼ばれ、生徒の間を縫って近くに行く。

「ほら、律の作品」

そう言って井原が最後に自由に色付けしてみろと言ったタタラの皿を律に手渡した。

チン、チン・・・

「音鳴ってる・・・」

律が呟くと、井原は「それは熱が下がる音や」と教えてくれた。

チン、チン、と熱かった窯の中から外気の温度に覚まされて行く音。今まさに作品が生まれた産声のようだった。

「これが僕ひとりで色つけした作品」

律の軍手の上からほんのり暖かさを感じる一枚の皿。暗い空が青く明け、雲が流れて来たような一枚だった。まるで今の律の心の中を手にして見ているようだった。

作業机に並んだ作品を囲み、井原や生徒たちが各々の作品を褒め合いながら談笑をしている。皆わが子のように作品を嬉しそうに眺めている。律はまだ窯の傍に作品を手にして胸がいっぱいでただ立ち尽くしていた。

「トラさん、どう?自分の作品」

声をかけて来たのは蛍だった。

「トラさんって」ふっと笑って律は蛍に振り向いた。

「あの日はありがとうね」

あの日、着ぐるみで思わず蛍の母への葛藤の思いを援護した、それ以来に蛍と今日会った。気恥ずかしい律は眉尻を下げ困った顔をした。

「ごめん、出しゃばったかな?」

「ううん、全然。背中を押してもらえてよかった。自分の気持ち言えて、理解してもらえたし。気持ちを言葉にするって大事だよね」

蛍は真っすぐ律を見つめて微笑む。

「それでね、十一月に入ったらすぐイギリスに発つことにしたの」

「え?」

「急だけど、陶芸展も今日までお手伝いできるの。搬入の時はもう居ないから」

「そっか」

律はイギリスへ行ってしまうのは覚悟していたのに、心の中で寂しさが生まれているのが分かった。だから何て言葉を掛ければいいか思いつかない。『頑張って』『応援している』事実そうだけど何か嘘のように思えた。少し沈黙の後、

「寂しいな」

正直な気持ちが口から出た。

「うん、折角また会えたのにね」

蛍も頷いた。

「あ、でもね、半年で帰ってくるの」

目を細めてニコッと微笑んだ蛍を見て

「ほんまに!」

と律は思わず声が大きくなる。

「ほんま、ほんま」

ケラケラと蛍は笑いながら、「直ぐ帰ってくるの。残りの履修科目をちゃんと学んで春には帰って来る。待っててくれる?」

サラっと言われた『待っててくれる?』が律の胸をぎゅっと掴んだ。でも待つ意味は正直何を指しているか分からない。でも、

「待ってる!待ってるから」

律の胸が高鳴っているのが分かった。ドクドク胸から音が聞こえる。自分だけに聞こえるのか、蛍にも聞こえているのか、分からないくらいドクドク。

「じゃぁ、それまでに陶芸腕上げといてね」

ケラケラと蛍は笑いながら、井原や生徒の元へ行った。

「おい!律、お前のその皿も皆にみせてやれ。凄くいい色になってるぞ」

「おお!りっちゃん見せてぇ」

皆に呼ばれ照れながら律はその輪に加わった。胸の音はドクドクまだ鳴り続け、作品は温度が下がって行くのに、律の頬は徐々に熱くなっていった。

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