第15話 幼なじみ
陶芸展最終日。初日はともあれ、土日祝日との三連休も相まって多くの客がショッピングモールに訪れ、陶芸展も大賑わいだった。絵付け体験に親子で来てくれる客、井原の電動轆轤披露に食い入るように見る子供たち、定年後の趣味にと教室に興味を持ってくれる男性、少し
「りっちゃん!」
薫が穂希を連れて来てくれた。
「ありがとう」
律は喜んで二人を迎え入れ、案内する。今日は穂希も珍しくラフな山吹色のブラウスとパンツのセットアップ、薫はデニムのワンピースを着ていた。
「ねぇ、りっちゃん作務衣姿様になってるわね」
薫が茶化す。乾の作務衣作戦は結構効果があり、川島副主任が律にも着るように勧めたのだった。
「なんか事の流れでこうなって」と頭を掻きながら、作品の説明をしてくれた。
「これ、香川さんの。あ、大学で陶芸やってる同級生の作品」
蛍の作品を紹介する。
「彼女にも陶芸の基礎を教えてもらった」
「そうなの」穂希は感心して作品を眺める。
「温かみのある器だね」
穂希にそう言われ、律は蛍の顔を思い浮かべた。再会してからの彼女は明るくよく笑ってた。あの笑顔、教室で暖かい陽だまりのようだった。
「あら?」
井原の陶板の前で穂希が足を止めた。
「これ、どこかで見たことが」
「おばあちゃん知ってるの?井原先生の過去の作品らしいけど・・・あ、知り合いの所有だって」
「あぁそうだ、やっぱりそう!まやちゃんの家で見たわ」
「友達?」
「この後ここで待ち合わせしてるから見て貰いましょう」
生徒が作った抹茶碗にお茶を立てるコーナーで、穂希と薫は腰を下ろした。
「りっちゃ~ん、こっち手伝って!先生の実演始まったら人がいっぱい!」
乾が大きな声で律を呼んだ。了解~!と手を上げて合図し穂希たちに
「ゆっくりしてって」
律はそう言って乾の元へ走って行った。
「りっちゃん頼もしいね」
二人で顔を見合わせ微笑んだ。
ゆっくりお茶を戴いていると穂希の待ち人が来る。
「あら、穂希ちゃんお久しぶり」
穂希の前方から声がして、向き合って座っていた薫が振り返る。
「え?」
◇
井原の電動轆轤実演を取り囲み見る客は、繊細に土を操る指先にくぎ付けになっていた。一定の速さに合わせゆっくり土の塊を魔法のように変えてゆく。円錐から頂点を凹ませ窪みを広げ見る見るうちに器になる。水に濡らしながら滑らせる指で滑らかな表面を作り、あっという間に茶碗が出来上がった。糸で底を台から切り離し、見物客の目の前の板に乗せると『わぁ~』と感嘆の声が湧いた。
井原は少々自慢げな顔をして、律に目線を送る。それがちょっと可笑しく、律はふふっと小鼻を広げた。後ろに下がって簡易の手洗いで手の土を洗い流している井原の元に律が向かう。
「先生、大人気ですね」
ちょっと悪戯そうに律に言われ、井原は「まあな」とこちらも小鼻を膨らせた。
表では見物客をそのまま展示の方へ案内する乾の姿がある。そこへひと休憩した薫たちがやって来た。
「真司君忙しそうね」
薫が声をかけると「モテモテですねん」と胸を張って笑わせた。隣にいる穂希が「面白い子」とふふふと笑う。
「真司君、こちら律のおばあちゃん」
「あぁ、こんにちは」
色々事情を知っている真司はちょっと緊張した面持ちだった。
「こんにちは。親友の真司君ね。律から昨日沢山聞いたわ。律のこと大好きなんですってね、ふっふふ」
「え?何聞いたんですか?いや、ま、大好きですけど、ハハハ」
井原と律が裏から出てくると、真司と薫たちが談笑していた。
「もう帰るの?」律が聞くと
「うん、その前にもう一回さっきの先生の作品見に来たの」
穂希がそう言うと井原が「こんにちは」と顔を出した。
「桜の風景気に入って貰えました?」
そう穂希に言いながら、井原の目線のがその後方へと止まる。
「あれ?麻也さん」
「お久しぶり、圭佑くん」
そのやり取りを律は目をパチクリして見て「お知り合いですか?」と問う。
「あぁ、ワシの奥さんの兄さんの嫁さんのお母さん、麻也さん。権田麻也さん。この陶板も麻也さんにいつだったっけ、誕生日にプレゼントしたやつや。展示にちょっと貸してもらってな」
「え?先生奥さんいるん?」律が驚く。
「なんで、居るわ、おかしいか?」不満そうに井原が言い返すと「居なさそうやったから、てっきり独身やと思ってた、ハハハ」と律が笑う。「居なさそうって失礼な」片方の肩を上げてフンと井原が言う。
「ちょっと待って、びっくりするとこソコ違うやん!」
薫が久々に
「こちら、権田麻也さん。おばあちゃんの幼馴染で、お世話になってる権田のおばちゃん」
薫が改めて紹介する。
「え?権田のおばちゃん、実在してた…」律と乾が顔を見合わせる。
麻也は藤色のスウェット地のダボっとしたワンピースを着ていた。土地持ちの権田のおばちゃんとは思えないほど普通のお婆さんだった。
整理すると、この辺の土地を管理している権田のおばちゃんが井原の嫁の兄嫁の母で、その権田のおばちゃんと律の父恒靖の母穂希が幼馴染、ということになる。
「じゃぁ家の修理や店の土地の紹介、車、怜央姉のマンションとか全部、おばあちゃんが裏で指図してたってこと?」
律は目を丸くして問う。
「いやいやそれはないわ、アハハ」
権田のおばちゃんは豪快に笑った。
「確かに引っ越す話を聞いて、何でも助けるからって言っといた。怜央ちゃんのマンションとかは用意してあげたけど、他は薫さんの人柄とか近所付き合いで自然に縁ができただけ。私なんか何も」
権田のおばちゃんは薫の肩をポンポンと叩く。
「穂希ちゃんとはお互い親友だから、今までも助け合ってた。助け合うって何かするだけやないで。話を聞くだけでもそれだけで勇気もらったり気持ちが穏やかになったり、するやろ?遠く離れてたけどそうやってきたんや」
穂希もうんうんと頷いている。
「私は土地とか財産に恵まれて生まれたけど、旦那を早くに亡くして一人で子供育てて、家業も継いでてんやわんややったけど、穂希ちゃんや多くの友達に助けて貰って来たから、その縁を自分も分けて行きたいと思ってな、持ってる土地とか人の為に使うようにしてきたんや。ここも」
「ん?ここも?」乾が大きな声で言う。
「ここもってこのショッピングモール?」
律が追いかけてそう言うと
「そうや、元々はうちの親の土地で大きすぎるから売り手が無くて困ってたところに、ショッピングモールを建てたいて言われてな。それなら地元の憩いの場所に使って貰えると思って、名前だけ残して貰って売ったんや」
「名前?残す?」
律と乾はまた顔を見合わす。暫く考えて・・・
「あ!!!!!」
「ダンゴモール!逆から読んだらゴンダやん」
「マジか?ずっとダサいと思ってたけど・・・」
こら、と律が慌てて乾の口をふさいだ。
ハハハハ!と権田のおばちゃんはまた豪快に笑った。それに釣られ皆で笑い合った。
今日も多くの人が行き交うショッピングモール。近所の人、偶然通りかかった観光の人、人と人を結びつけるこの場所で仕事をしていることに権田の言葉で改めて誇りを感じた律と乾。
「そこの若いボン、ほらその二人」
権田のおばちゃんが律と乾を指さし
「親友、大事にしいや。穂希ちゃんと私みたいに年とっても仲ようするんやで」
律と乾は顔を見合わせてから「はい!」と返事をした。
「律!」井原が呼ぶ。
「お前ええ友達居て良かったな」
「うん」
「色付けもええ色出せてたし、陶芸展も大成功や」
「先生のおかげです」
「いや、律の努力あってやな。褒めるのは悔しいけど、はなまるや」
「…」律は言葉が出ない。
井原に初めて会った時は無愛想で怖かったのに、警戒する間もなく心の蓋を気付かないうちに開けられてた気がする。上司とは違って、父親がいたらこうして褒められるのだろう、とふと思ったりして、胸がグッとつまる思いがした。
「あのぉすみませーん」客の呼ぶ声に律は「はい」と反応して急いで対応する。
「じゃあ麻也ちゃん一緒に展示見ましょう」
「そうやな、穂希ちゃん」
それぞれの縁がダンゴモールを行き交っていた。
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