第6話 まさかの命乞い


 満足げな魔王をはねのける気力も起きずに、ロビンはぐったりして彼の腕の中にいた。

 もうどうでもいい。いや、どうでもよくはないが、大体のことはわかった。今起こっているすべて事象の元凶はこいつ、魔王だ。


 先に魔王本人が言っていたとおり、ロビンをこの世界に喚んだのも、何度もバッドエンドに導いたのも、おそらく魔王なのだ。理由は「好きだから」「愛しているから」。

 きちんと状況を整理してはみたものの、ロビンの頭の中は混乱したままだった。こんなに理路整然としているのに、全く意味がわからない。

(好きだからって何……?)

 そして、そんな魔王に今抱きしめられている。本人は満足げに微笑んでいるし……。

(いや、こんなことがあってたまるか)


ロビンは改めて魔王の顎をぐっと押しのけた。

「それはそうとして、どうして私なの? なぜ私なの?」

「恋に落ちるのに理由はいらない」

「答えになってない!」


 ロビンはさらにもう片方の手で魔王の額を押した。絡みついた男の腕が離れて、ふわふわと所在なげにさまよう。低い声が、戸惑いとともにロビンに問いかけた。

「なんで?」

 なんて純粋な問いだろう。こんな状況でなければ。

「あのね、私のいた世界じゃいきなり愛してるとか言われても、言われた方の心が伴ってなきゃ意味がないの。あんたがいきなり連れてきたのも誘拐に近いし、そもそも私はあんたのことを何にも知らないの。無理。だめ。どんなに顔が良くってもだめ。お断り」

「……なんで?」

 捨てられた子猫みたいな顔をしてもだめだ。

「だめなものはだめです。屋敷の人を呼んで追い出してもらいます」

 ロビンはきっぱりと言った。魔王はさらに悲しげな顔をしてロビンを見下ろした。

「どうして……こんなに好きって言ってるのに、どうして……」


 魔王は小刻みに震えだした。風が吹き渡り、妙な寒気がロビンを襲う。ロビンは思わず後ずさり、拳を握りしめた。

「人を、呼びますから!」

「……今回もだめだった。ロビンを――」

 魔王は虚空に手を伸ばす。そこへ、影のような黒いもやが集まったかと思うと、彼の手には大きな鎌が握られていた。

「あっ――」

 ロビンは絶句した。


(あの鎌――!!)

 知っている。見たことがある。

 ゲームの中で何度もロビンを殺してきたあの鎌だ――!


「ちょっと待ってぇええええ――!」

(いやだ、さすがに転生してまで死にたくない!)

 前世……いや、死んだと決まったわけではないけれど、今までで一番切実に「待って」と叫んだ。必死だった。

「待って待ってちょっと待って!待ってよ!」

ロビンは叫びながら魔王の手にすがりついた。魔王は悲しげな目をロビンに向けた。

「なんでそこで私を殺すの⁉ これから口説き落とすとか選択肢はないわけ?」

 魔王は鎌を持ったまま首をかしげた。

「くどき……?」

 できればその物騒なものをしまっていただきたい。

「好きなら好きって言い続けて私にあんたのことを好きにならせるとかそういうことはできないの?」

ロビンは両手で魔王の腕を抱きしめた。生まれて初めての命乞いだった。

「……殺さないで。お願い」

「でも、君は」

「せめて、私を口説いて」


 魔王は目を丸くした。

「どうやって?」

「どうって……それはあんたが考えて」

 男は深く考えこんだ。致死の鎌を握りしめたままの腕を、ロビンはきつく抱く。この腕が動けば最後だ。ゲームオーバーどころの話ではない。

 この腕に殺されたら、ロビンは――いや、「私」は死んでしまう。

 ロビンは必死だった。



「あんたのことを好きになるように努力するからあんたも努力して!」



「どりょく」


 舌っ足らずな美声。魔王はしばらく考え込み、やがてはっと顔をあげた。


「そうか……そうしよう。どりょく、する」

 魔王がそう言うから、ロビンははっと我に返った。自分の放った言葉の重みについて考える間もなく、魔王はゆったりと続ける。

「うん、ロビンに好きになってもらう。そのためになんでもする」

 なんでも、だなんていやな響きの言葉が聞こえたがこの際あえて無視しよう。ロビンはゆっくりと手をほどいて、動物か猛獣をなだめるように手を離した。


「うん、そうしてくれると、助かるかも」

「そうと決まれば、力を使わなくちゃ」

「え? 力って何――」


  瞬間、青い閃光がロビンの視界を焼いた。

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