第10話 最初のイベント:婚約者と馬で遠乗り
ロビンと一緒がいい、と宣う
マオの言うとおりにした方が良い。少なくとも遠乗りじたいはシナリオの中に組み込まれていたものだし、ロビンはここではじめて、ジェイドルートでお目見えする恋敵、ルビーと対面することになるのだ。
ジェイドの婚約者にあたるルビーローズ・ファラッド嬢は、男性の乗馬服のようなぴっちりした服を着こなし、颯爽と馬にまたがり、さながら女性歌劇団の男役のようである。意思を宿した深紅の瞳といい、まばゆい金色の絹のような髪と言い、とにかく美人だ。
そんなルビー嬢が、きりっとした目をこちらへ向けてくる。
「ジェイド、そちらのお嬢さんは」
「ああ、僕らの幼なじみのメイドだ。ロビンという。マオが連れて行きたがってな」
ロビンに手を差し伸べたマオがにっこりとルビー嬢に微笑みかけた。
「兄に無理をいってしまいました。彼女にも外の景色を見せたかったもので」
ルビー嬢は眉根を寄せた。困惑している。おおかた、婚約者同士の逢い引きに、弟のみならず、なぜメイドが? と考えているのだろう。
当たり前だ。
メイドはこんな形で貴族の遊戯に参加しない!
「その……ロビンさんは名家のご出身であるとか……?」
「いえ、僭越ながら」
ロビンはお着せの帽子の下で目を伏せた。
「ただの、メイドでございます。どうか、ロビンと――」
「ああ、楽しもう、ロビン」
ルビーは形式ばった笑みを浮かべて、ジェイドに向き直った。金色のポニーテールがひらりと揺れる。
(あー。私の最推しとこんな形で逢うことになるなんてなぁ……)
とほほ、と内心肩を落とすロビンである。本来なら二人の出発を屋敷の前のお見送りで済ますところ、まさかまさかデートについて行くだなんて、あんまりにも出過ぎた真似だ。不信感を買ってもしょうがない。
(でも私の推しのルビー様……ルビー様が動いているところをこの目に焼き付けたいことに変わりは無いし……)
推しのルビーはとにかく顔がいい。そして性格も良い。本当なら彼女を攻略させてほしいところだ。何より友人ポジションの女友達に弱い「私」である。
「ロビン、しっかりつかまっててね」
(マオも機嫌が良いし、これは乗っかっても大丈夫な流れかな……)
仕様書によると彼女と親友になれるエンドもあるらしいが、緑風祭のバグ止まりだった「私」には開かれない未来だった。
(なんでもいい、ルビー様に嫌われないといいけど)
ロビンは何も言わず、マオの腰に手を回した。マオはそれを確かめるように触ると、
「もっとくっついて」
と促し、ロビンの腕を前に引いた。ロビンは彼の首筋に顔を埋めるような形になってしまう。甘い香りが鼻孔をくすぐった。
(ちょ、ちょっとおおおおお!)
「坊ちゃま! お戯れがすぎますよ!」
「いいの、ぼくが許すから」
でかかった叫びを押し込んで最低限の注意をしたのに、あっけなくはねのけられてしまう。
「ぼくが許せばオニイサマたちも許すからいいの」
「わけが、わかりません」
「わかって。」
至近距離から、青い瞳がのぞき込む。ロビンの息が詰まりそうなほど近く。
「ね?」
あまりに顔が良かったので、うなずきかけたけれど、
(わかりました)
とは、とても言えなかった。
屋敷から森、そして平原へと走り抜けるルートは決まっていて、馬は慣れた道を駆けてゆく。新緑が頭上を覆い尽くす涼しい道を抜けていくと、広々とした平原に小さな黄色い花が咲き乱れる風景が広がっていた。
「わあ……」
「ここがいつもの遊び場だよ。狐を追ったり、馬を遊ばせるんだ」
ジェイドが言う横で、ルビー嬢はすでに馬に発破をかけていた。
「ちょっと遠くまで行くぞ! ジェイド!」
「待てルビー! マオ、あとは頼むぞ!」
鞭のしなる音。馬のいななき。小さくなっていく二頭の馬。
「あー、行っちゃったぁ。二人っきりだね」
したり、と笑うマオに対して、ロビンは唇をとがらせた。
「こうなること、分かっていらしたんでしょう」
「そうだよ?」
マオは馬を下りると、ロビンに手を伸ばした。
「おいで、抱き留めてあげるから」
広げられる手は十五才相応だ。男の手。男の腕。しかしロビンはためらった。
「……ちょっと不安が」
「何が不安だっていうのさ!」
「魔王相手に身を預けるのが」
「その設定、忘れて!」
マオはぷりぷりと怒りだした。「今のぼくはマオ・セインレル! セインレル家のマオだよ! そういう設定なんだからロビンも設定にしたがって!」
「無茶があるわ」
素がぽろりとこぼれてしまったロビンだが――直後、脇を軽々と抱え上げられて、すぐさま姫抱きにされる。
「これでも無茶?」
「……いや、ええと、力持ちデスネ」
「マオ・セインレルはこれくらい朝飯前なの。ピースオブケイクなの」
膨らました頬を隠しもせずに、マオは言い切って、ロビンをふわりと花畑に下ろした。足下の花を踏まぬように立つと、マオがこれ以上無く乙女ゲームのように微笑んだ。
「ロビン、羽みたいに軽かったよ。妖精かもしれない」
「強がるな」
(何言ってるんですか?)
思考と台詞が逆になってしまったが、もはやどうにでもなれ。
「強がってないもーん。マオ・セインレルは強いから」
マオはそっとその場へ座ると、花を摘み始める。馬はのんびり草を食んでいるし、ロビンだけが直立していた。
「ロビン、花冠を作ってみたいんだけど、ぼく作り方を知らないんだ」
(魔王に花冠の作り方を聞かれている……)
ロビンはしばし考えたが、
「わかりました。ちょっと貸してください」
この場は魔王に乗っておくのが一番「楽しい」と思ったので、マオに花冠の作り方を教えることにした。
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