第9話 魔王様の新衣装
ロビンはただ、異世界転生してまで死にたくないだけだ。
本当に、死にたくないだけなのに……。
「ロビン!」
この、
(死んだ後どうなるかわかったもんじゃないし……ここがゲームでも……私はどうなるの?)
ロビンの心を知ってか知らずか、マオが青い瞳を輝かせた。オーダーメイドの乗馬服に身を包んだ三男は鏡の前でくるりと回転すると、
「見て見て、ぼくの新しい差分!」
と微笑んだ。
(差分って、あんた……)
「立ち絵一枚しかなかった頃とは大違いだ! 似合う?」
「よくお似合いですよ、坊ちゃま」
確かに「魔王」というキャラクターは立ち絵一枚で済んだ。ただの、形のない、黒い影だったからだ。力を振るい、軍勢を引き連れて現れる脅威そのもの。勇者と敵対する、暗黒の勢力。……言い換えれば、人の形を与える意味が無かった。そして、人外の造形を与える意味も無かったのだ。
(そういえば、魔王はなんでこの顔を選んだんだろう……)
好みか好みじゃないか、と聞かれたら「好みである」と答えるだろう。ロビン……「私」の推しの勇者リヒトにも少し似ているし。
「ふふ、うれしい」
今度馬で遠乗りをするという長兄ジェイドについて行くと言い張ったマオは、初めての遠乗り、いや新衣装にこぼれんばかりの笑みを見せている。
(まあ、言葉の通り、うれしいんだろうな)
ロビンはマオの余った髪の毛を結い、鏡の中のマオと自分を見つめた。とても絵になる。栗色の髪の美少女と、黒髪の美少年の取り合わせは、ゲームのスチルのようでもあった。
(そういえばこれはただの異世界転生じゃなくて乙女ゲームの中だったっけ)
「ねえ、ロビン。ぼくかっこいい?」
「ええ」
乗馬服の少年はどちらかと言えば愛らしい、という言葉がふさわしい。ロビンが同意の言葉で濁したのを察したのか、マオは唇をとがらせた。
「ねえ、ちゃんとかっこいいって言って」
「え、ええ…………?」
(なんでえ……?)
ロビンはたじろいで、鏡の中で手を引いた。しかしマオは身体をひるがえし、ロビンの手首をつかむと、じっとロビンを見つめた。
「ロビンの口から聞きたい。この立ち絵かっこいい?」
(め、めんどくさい……!)
言いたいこともわかるし気持ちもわかるけれど。ロビンは至近距離にある美少年の顔を見つめた。青いまなざしが期待に満ち満ちている。
(なんでそんなにわくわくしてるのよ!)
「わ、わかりました、顔がいいのは認めます!」
とがっていた唇がさらに鋭くなる。
「むう……」
(あれ……? 喜んでない)
「顔なの? 顔だけ? 手とか足とか、この体幹とか……だめ?」
「そっち⁉」
ロビンは思わず突っ込んだ。
「顔じゃなくてそっち⁉ そっちなの?」
「だって顔はロビンが好きな顔を選んだから。あのいけ好かない勇者の色違い」
魔王は低い声で言い、自分の頬のラインをなぞった。
(勇者の色違い、似てると思ったらやっぱりそうだったんだ……?)
魔王は、いやマオは、肩に手を触れて続ける。
「でも、ほかはちゃんと自分で設計して、大人の男のときもそうだし、今の、十五歳の身体も、そうだし……だめ? かっこよくない? ぼくの身体」
そういえば、そもそも魔王には形がなかった。そこから新しい「魔王の身体」そして「マオ・セインレル」を作り出したのはほかならぬこの魔王なのだ。
「お顔よりも身体を褒めてほしかったんですか、マオ坊ちゃまは」
ロビンはふうと息を吐いた。自分で言っておきながら、語弊のある言い方だと思いながら。
「まったく、難しいお方ですね」
「……むう」
魔王はそれっきり背を丸めてしゃがみ込み、床にくるくる円を描き始めた。
すねている。
仕方が無いので、ロビンは正直に伝えた。
「よくお似合いです。お兄様たちと並ばれても遜色なく、むしろ際立って目立つでしょう。坊ちゃまはすらりとしておいでですから」
「……ほんと?」
「はい」
「うそじゃない?」
「嘘じゃありませんよ。私は嘘はつきません」
「ほんとにほんと?」
ロビンは答えるかわりにマオの手を引いて立ち上がらせた。そして、背中の骨を伸ばすように肩を持ち、背中を丸めないように胸を張らせる。
「この方が、りりしくていらっしゃいます」
魔王はきょとんとして鏡の中の自分を見つめた。そして、口元に笑みを浮かべた。
「そうか」
それは十五歳らしからぬ低い声だった。最初に出会った痩躯の魔王を思わせる、
「きみにとっては、そんな簡単なことでいいんだな」
「え?」
瞬き一つの間に、マオの姿がぶれる。何重にも重ねられたレイヤーが一瞬だけバラバラにずれたように思えた。
(……あれ?)
思わず目を擦ったロビンだったが、マオは元通り、新しい乗馬服を着込んで鏡の前に立っているだけだった。
(なんだったの、今の……)
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