第11話 ちっちゃくたって魔王様
編み上げた黄色い花冠をマオの頭に乗せる頃になっても、ルビー嬢とジェイドは一向に戻ってこなかった。マオはロビンの膝枕で昼寝を始めてしまうし、一人途方に暮れるロビンは、馬の手綱を握ったまま木陰に座り込んでいた。
(ルビー様……私はなぜか幸せそうに眠っている魔王を眺めています)
することもなくて、遠く離れた推しに念じることしかできない。
(ルビー様……どちらへ行ってしまわれたんですか……そろそろ帰ってきてください……私の足がしびれてしまいます……)
膝の上の頭は相応に重たい。ロビンはその端正な顔を眺めながら、マオの色違いだという勇者リヒトの顔を思い出そうとした。
勇者リヒト。設定上のロビンの真の相手。彼と結ばれるルートが最も「
設定上、ロビンは聖女と呼ばれている。そして聖女とは魔王を滅ぼすことのできる唯一の存在である。すなわちロビンは、この目の前の魔王を、「なんとかすれば」滅ぼすことができる、ということになるのだが。
(その「なんとか」が分かりさえすれば、私はこの魔王を殺して……自由になって……乙女ゲームのシナリオからも逃げ出して……それから)
しかしロビンは首をゆるりと振った。珍しく緩やかに流した栗色の髪が揺れる。
「どう頑張っても、滅ぼす気になんかならないな、これじゃ」
リヒトルートでは、リヒトとともにこの世の悪・魔王を滅ぼしてハッピーエンド、ということだけは分かっている。一度もそのエンディングを迎えたことはない。だから滅ぼし方も、聖女としての動き方も、物語の終わり方も分からないけれど――魔王がこんな風に平和に昼寝することも、今日見るまで知らなかった。
「それに……この世の悪って顔じゃないし」
設定にあるリヒトの顔よりずっっと……百倍くらいだらしなくゆるんだ口元をハンカチで拭う。よだれが垂れていた。
「なんだかんだ、憎めないし……」
胸元にロビンの作った花冠を大事に抱えたまますやすや寝ている魔王を見ていると、マオが魔王であることも、突然生えてきた三男であることも、元はこの世界が乙女ゲームであることさえも、どうでも良くなってくる。
「平和に暮らせるならそれでいいのかもしれない」
ツッコミどころは多いけれど。
そう付け足そうとした矢先のことである。
二頭の馬だけが、荒い息を吐きながらこちらに戻ってきた。
――馬だけが。騎手をどこかに置き去りにして。
「えっ?」
マオがぱちりと目を開いた。
「お。死にそうだなぁ、ジェイド」
「えっ?」
ロビンはマオを凝視した。膝の上の美少年は、大きなあくびをすると、怠そうに身体を起こし、それから大事に花冠を抱いて、ロビンを見た。
「ねえ、ロビン。ジェイドの顔と今のマオの顔どっちが好み?」
マオはうっそりと微笑んでいる。一瞬、何を言われているのか、彼が何を考えているのか、分からなくなる。
「何、どういうこと?」
「ぼく、ジェイドのほうが都合が良いんだよね。元から居るキャラクターだからさ。さほど干渉せずに君と結ばれることができるんだ」
「は?」
ロビンはこれ以上ないほど目を見開いた。
「それにさ、ロビンは年上の方が好きなんでしょう。本当は。ぼくがジェイドになってあげよっか? そうしたら、ロビンは晴れて、伯爵夫人だね」
ロビンは体中の鳥肌を感じながら、たまらず自分を抱きしめた。
魔王だ。
こいつは魔王なのだ。どんなに愛らしくとも、どんなに格好良くとも、
魔王なのだ……!
「……魔王。勘違いしないで。そんなこと私は望まない」
「そうなの? ぼくにとってもロビンにとっても都合が良いと思うんだけど」
都合がいい?
驚愕のあまり口を開けてしまったロビンに、マオは首を傾げて見せた。
「ぼくたちが結ばれるのに、形は関係ないと思うんだ」
「かたち、関係ないって……」
「ほら、よく言うじゃない。『身分なんて関係ない』って」
ロビンはカッとなった。
「恋愛は……恋も、愛も、そんなんじゃない。あんたは、あんたよ。ジェイド様はジェイド様よ!」
ロビンはマオの胸ぐらをつかみあげた。胸を突き上げるのは激しい怒りだった。
「あんたはなんなの。何になりたいの。私にとって換えの聞かない何かになりたいんじゃないの。私に愛してほしいんじゃないの」
「そうだよ」
「なら、わかってよ‼ ジェイド様を救うって選択肢はないわけ⁉」
「……救ってどうするの?」
心底不思議そうな青い瞳を殴りたくなったが、ロビンはこらえ、こらえ、ゆっくりとその肩をつかんだ。
「あんたはセインレル家の三男、マオだ。ほかの何ものでも無い、」
「……それで?」
「私は、マオ坊ちゃまに仕えるメイドの、ロビンだ」
(聖女じゃない……!)
そして、ロビンはマオの瞳をのぞき込んだ。
「私を、メイドのロビンで居させて」
しばらくの間があった。長い間だった。ロビンは肩で息をしながら、その首に抱きついた。もうこれしか方法が無いと分かっていた。
「おねがい、マオ」
「…………わかった。わかったよ。やるしかないか、面倒だけど」
低い声がささやく。腕の中で身体が膨れ上がる。痩躯の男は、黒い外套をひらめかせて馬にまたがった。
「ロビン、おいで」
延べられる手を取る。悪魔だろうが死に神だろうが魔王だろうが、もうどうでもよかった。
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