第14話 二つ目のイベント:迷い猫と次男

「どうしてそんなに元気がないのかしら?」

 リジーが首をかしげる。プログラムされた言葉だったかどうかすら今のロビンには分からなかった。

「そう見える?」

 もうどうでも良くなってしまった、という気持ちの方が強い。ロビンは鏡に寄りかかり、髪の毛を直しているリジーを見た。

「……元気ないのかな、私」


 あんなにマオに振り回されていたのに。あんなに魔王におびえていたのに。

 魔王が消えた瞬間、こんなに寂しくなるなんて思っても見なかった。


「うん……元気ないのかも」

 返事のないリジーをおいて、ロビンはゆっくりと仕事場に向かった。


「ロビン?」

 次男のヴィクターが歩み寄ってくる。いつも通り華美な顔だ。

「どうしたんだいそんな顔して」

「いえ、ヴィクター様のお耳に入れるほどのことでは――」

「気になるなぁ」


 ゆるりと笑みを浮かべたヴィクターが、ロビンの手をとる。

「君にそんな悲しい顔をさせるのはだれ?」

 瞬時に、青い瞳が脳裏をよぎった。


『ロビン!』 


 そして――気づく。もうマオの声が思い出せない。

「っ……」

 ロビンのまなじりに涙がにじんだ。よりにもよって一番見せたくない相手の前で。泣くまい、泣くまいとこらえるほどに、涙はまつげの縁をやぶってこぼれた。

「……何もなかったんです。何も」

「うん」

「何かあると、思っていたのに、何もなかったので、悲しいのかもしれない、です」

「うん」


 ヴィクターはロビンの頭をゆっくりと撫でた。普段ならはねのけてしまう手なのに、その手つきがあんまりにも優しいから。甘えてしまう。

 それほどに、ロビンは弱くなっていた。

「ヴィクター様。私、泣いてませんから」

「俺は何も見てないよ」

 涙が頬を伝って落ちた。顎からしたたるしずくが、床にぽたりぽたりと落ちた。拭かなければならないと思いながらも、止まらなかった。


「ねえロビン。君が受け取ってくれるんなら、プレゼントがある」

 プレゼント?

 どこから出したのだろう。彼の腕の中には黒い猫がいた。影に溶けて消えそうなほど黒くて、影に入ってしまったらどこかへ消えてしまいそうなくらい小さかった。

 すやすやと眠っている。安心しきっているようだ。

「……猫?」

「そう。ロビンは何よりも猫が好きだから。さっき庭でジャックが途方に暮れていてね」

 迷い猫だという。しかし、セインレルの庭からは決して出ようとしない。

 だから、セインレル家でなんとか世話をしようと言うことになった。

「――というわけで、ロビンがちょうど良いんじゃないかと」

「どうして、それをご存じで……?」

 ヴィクターはにっこり笑った。


「ネコチャンはかわいいんだろう?」

「あっ」


 ロビンは顔を真っ赤にした。聞かれていたのだ。


「みゃー」

 猫は細い声でないた。そしてゆっくり目を開いて、ロビンを見た。


 猫の瞳は美しい青だった。




 


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六周目のロビンとバグった魔王様! 立ち絵すらないキャラに溺愛されて異世界転生した場合 紫陽_凛 @syw_rin

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