第5話 私を五回殺した男

「わかんないに決まってるでしょうが!」

 ロビンは両手を使って魔王の顔を押しのけた。さすがの魔王もよろめいて、ロビンの身体を離してくれる。ロビンは肩でぜえぜえと息をしながら、魔王の黒髪と青い瞳をじっと見据えた。


「何がどうなってるの。あんたは何を知ってるの、一から十まで全部話して」

「ロビン、……わからなかった?」

 しょんぼりと眉尻を下げる魔王に対して、ロビンはわなわな震えた。

「納得できない!」

「人間は愛を表現するとき、親愛の証にあちこち唇をつけると聞いたけど」

「いやそっちじゃない!」

「……どっち?」

 困惑されてしまった。

 困惑したいのはこっちだ。そう困られると何も言えなくなる。ロビンは情報を聞き出すため、一度落ち着くことにした。

「とりあえず、私は、いきなり異世界……ゲーム世界に連れてこられて困ってるの」

「ああ、ごめん」

「貴方に謝られても何にも――」

 言いかけたロビンを、魔王が遮る。

「君を呼んだのは僕だから、それはごめん」

 一瞬、何もわからなくなった。

(情報を整理したいだけなのに、わ、わかんなくなっていく……)

「ええと、貴方はゲームの一部、その自覚がある。オーケー?」

「おーけー」

「その上で、私をここに呼んだのは貴方?」

「うん」


 ロビンはその場に崩れ落ちそうになった。

 この際「どうやって」という疑問は横に置いておく。実際にこうしてゲームの中に入っている以上、そのからくりを解き明かしたところで、どうにもならない。


「じゃあ二つ目、なぜ私をここに呼んだの? 納得できる理由をちょうだい」

「好きだから」

「真面目に答えて」

「愛しているから?」

「それ以外で」


 魔王はまた困ったような顔をした。というか、本気で困っている。

「なんて言えば良い? どうすれば、わかってくれる?」

「もういい、わかった」

ロビンは理由を追求することを諦めた。


「じゃあ三つ目。貴方はこれがゲームで開発者が存在することも知っている。なら、バグが存在しうることもわかるはず。……この先、どうしても避けようがないバグがあるの、それは……」

 緑風祭イベントにさしかかると、殺されてしまうこと――。

「それはぼく」

 ロビンが説明する前に、またも魔王が爆弾発言をした。

「ロビンが、他の人のところに行ってしまうから、それがいやだった」

「……なんて?」

「ぼくは攻略対象じゃないから、君に見てもらえない。だから、ああするしかなかった」

「ああするって……」

ロビンはきっとぼくを見てくれるって、信じてた。ずっと、ずっと」


 魔王はまたロビンに手を伸ばして、その栗色の髪に触れた。しんそこうれしそうな顔は、すがすがしいほど慈愛に満ちていた。


「まさか、あんた、ひょっとして――」

「予期せぬバッドエンドは、もう来ないよ。もう二度と君を手に掛けたりしない。大事にする。約束する。幸せにする。このチャンスは逃さない」


(歪んでる――!)

戦慄するロビンの背を力一杯抱きしめて、魔王は微笑んだ。


「やっと見てくれた、ロビン」


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