4、ないものねだり(2/2)

 私は東北出身だった。まだ幼稚園の年長の頃震災を経験した。


 その後世論は一気に原発廃止に傾いた。誰だってそれには納得できるだろう。けれども日本はあの事故の後2割弱の供給源を失ったことはどうしようもない事実だった。


 高騰し続ける原油価格、一向に進まない再エネ、それに国民は苦しみ続けた。そんな中ふと県立の図書館で手に取ったのが核融合についての本だった。核融合は核分裂よりも無尽蔵でできるものもさほど危険ではない。まるで夢を見ているような気分だった。


 けれど核融合技術はいつまで経っても「もう少し先の技術」である。調べれば調べるほど「太陽」はやはり太陽でしかできない、ということが分かった。そのドリームバブルが弾けて残ったのはその程度の知識だけだった。

「そういや、大学で何研究してたんだっけ?」

「次世代原子炉だよ」

「ああ、その原爆ってやつ?」

「まあ少し違うけど……その中でトリウム溶融塩炉ってのを研究してた」

「それってなんか凄いのか?」


 夜の哨戒中彼はふとそう聞いてきた。

「なんだろうな。凄い技術だよ」

 私は土を一掴みし、

「ほぼ無尽蔵さ。まあこの分からはほぼないと思うけど」

「じゃあなんで次世代なんだよ」

「それはまあ……大人の話だ。この戦争よりもきっと面倒なことさ」

「戦争起こすような連中よりもか。そりゃ大層なこって」

 哨戒を終え、気づけばこちらの前線基地まであと十数キロまでの位置に来ていた。


 次の日、少しの小競り合いの後基地で休憩していると1発、銃声が鳴り響いた。

「敵襲だ―!」

 敵襲ならおかしい。それだったらどこかでレーダーに映るだろう。それならばどうだ、考えられるのは……この中にスパイがいる。

「ここの仮眠室の連中はとりあえず違うか。なら……」


 少年はここにはいなかった。確かに用を足すとは言っていたが、いや違うと信じている。だったら敵を好きにはきっとならないだろう。しかしそれは明らかに私だけの話で皆がそれを簡単に承諾することはきっと無い。指揮官室からはこちらの仮眠室は見えない、となると混乱は必須だった。

「全員集合せよ!」


 指揮官の叫びに総員が集合し、すぐに議論の声で埋め尽くされた。そもそも仮眠室はここには3つに別れている。私たちはC室で、明らかにC室の人間では無いことは分かった。しかしどう探しても銃弾はない。しかし空砲だとしてもそれはそれで大きな衝撃が生まれるだろう。つまり実際は拳銃ではない、ということが結論になった。


 面倒なことが起きた。とりあえずその首謀者はどうにかして始末する必要がある、が、それが攪乱作戦であればどう探せばよいのだろう。もしかしたら音響装置か何かしらで発砲音を再現しているに過ぎない、ということなのだろうか。それだとしてもある意味陽動としては大成功だ。そんなことをぼーっと考えているうちに議論はますます混迷を極めていた。

「どうする? これ以上やっても終わらないし、でもどっかで見つけなければいけないし……」

「じゃあ疑いあるやつみんな殺すしかないじゃないか?」

「そしたら相手もきっと攻めてくるだろ」

「そうは言っても……」

 結局のところ自分と、あとその仲のいい人間がその矛先に向かわないようにしたいだけなものだ。それは自分も同じでとりあえず少年には絶対生き残ってほしかった。


 少年が初めてここに配属された約1年前、彼はまるで悪魔、と呼ぶような面立ちをしていた。

 彼と初めて臨んだ作戦で私と彼は決死隊ではないにせよかなり危険度が高いところに置かれた。彼自身身長が小さく、ある程度探索に有利だろう、ということだったのだろう。合計で10名が送られ、おそらく5、6人が死ぬかもな、とは思っていた。それにこちらの部隊はその攻略の突破口として扱われるだけでさほど期待はされてはいなかった。


 結果は驚きだった。彼は巧妙に相手を撃ち殺し続けて進んでいく。そこには年齢なんて形容詞は無かった。私たちもその少年を殺させないように攻撃する。彼は漫画に出てくるような活躍を見せ、いつしかその基地を壊滅させていた。こちらの被害は負傷者1程度で、大戦果を挙げた。その八面六臂の活躍はそれまでの彼の境遇を思わせるものだった。それから少年とある程度話すようになり今に至る。


「で、今分かってることは……。音の発生源はどこか、まずこれだ。一応俺は廊下で聞こえた。恐らくそういった音を表現できる何かを誰かが設置した、ということだろう。つまりこの中にスパイはいるのだろうが、それによってこちらが混乱するのが目的なのだろう……ただそれがまだ第1段階という可能性は拭いきれない。だから今の所はそっちの方で犯人捜ししないでくれ」


 指揮官はそう結論付けその場は解散となった。しかしやはりこの中にスパイというのがいるというものは奇妙なもので密かな犯人捜しが行われていた。

 その夜の歩哨、彼は心配そうに輝く星空を見ていた。

「まさかここでスパイなんか来るとはな」

「別にお前が心配してることかよ。まさかお前がスパイって訳じゃないだろ」


 彼は一度逡巡してからこちらに拳銃を突き付けた。私もそれにまた反応し彼に同様のポーズを取る。

「もしこうつったらどうします?」

「さあな。まあ、別に俺が死ぬのは構わねえけど敵国の女が好きになった、ってことで良いか? 別に否定しねえけど」 

「ふふ」

 彼は一瞬笑って見せ、その拳銃を降ろした。


「こんな時でも冷静ってびっくりするわ。まさかそんな返答するなんて思わなかった」

「そうか?」

 私もしばらく彼の額に突き付けてからそれを降ろし、彼もそのタバコをまた吸い始めた。

「とりあえずアンタのことは信用しているよ。アンタがそうかは分からねえけどな」

「別にお前のことは信用してるし、そもそも反乱起こすぐらいならすぐに殺せるだろ」

「別に俺はそこまで漫画キャラじゃないんだから。それにアンタそもそも強いだろ。しっかしアンタとの最初の作戦の時は懐かしかったな」

「懐かしい、なんてまだ1年ってか9か月ぐらい前だろ。それに戦争はそう終わらねえよ」

「あともう少ししたら前線基地じゃねえか」

「まあ、どうせ膠着するんだろうけど。終わるって思って高括ったらすぐ死ぬぞ」

「なるほどな。まあ沖縄でもそうだったし」


 彼は少しタバコがまずそうに見えた。

「なんだ、前はあれほど美味しそうに吸ってたっていうのに」

「どうしてなんだろうな。最期の味にタバコはお払い箱っていうのか、それとも……」

「まあ、大事な人がいるんだ。そのためにもちゃんと終わってほしいな」

「そうだな」

 ついに彼は否定さえ諦め、歩哨を続けるようになっていた。さらに冬に近づき、初雪になるかもしれぬ天候にふう、とため息をついた。この息はきっとどこか知らない場所の水へと消えてしまうのだろうか。そんな雄大なことを考え結局現実から逃避する。悪い癖だな、と心の中で呟く。


 けれども裏切り者がいるという時点は恐ろしいものだった。もちろん表立って探す気は無いが少年が死んでしまう、というのは大問題だ。

 次の日、いつものような小競り合いの中、誰とも知れぬ裏切り者が次第に士気を低下させている。おそらくここで擬態、そして基地についたら殺戮を行う魂胆なのだろう。だからそれまであと数日ほどはかかるだろうがそれまでどう判断するのだろうか。


 その夜、戦闘を終え一息つくと指揮官は総員の集合をかけた。

「すまないな。あれは俺が仕掛けた罠だったんだ」

「ええ!」

 指揮官はさも平然とそう告げた。

「これから大きな作戦に挑むこととなるだろう。そこでだ。お前らがこういう時に動揺しないか、それに乗じて反乱を起こさないか、それを確かめさせてもらった」


 指揮官はそう告げて、担当の者はまた歩哨に戻るようにと命じた。彼の言葉にいくつか疑問が残った。確かにそれはある程度納得できるし矛盾自体はしないのだろう。しかしそこまで遠回りですべきだろうか? そのある種の気持ち悪さは少年やら同僚やら感じていたことだったか、なにしろ上には逆らえないし、きっとそういうものだったのだろう。


 夜が明け、また単調な、けれども何かが終わりかけるようなそんな季節が訪れてきた。掌に少しだけ濡れた感覚がして、少年もまた空を見上げていた。

「……綺麗か?」

「綺麗だ。こんなの見たことねえよ。初めてだ」

「そうか。沖縄じゃあ見れねえもんな」

「あっちの奴らもそう思ってんのかね」

 彼はそう事も無げに呟く。


 初雪は嫌いだった。雪かきにはどうしても男手が必要だったからそれの前兆でしかない、そう思っていたからだ。けれどもそれをすることのなかった園児の頃は彼のように「綺麗」と喜んでいたことだろう。それはきっと今戦っていて、なおかつ雪を初めて経験する敵もきっと思うのだろうか。


 もし戦争が無ければこの景色をどんな人でも綺麗だ、と共感できるのだろうか。地球出身という同じアイデンティティを持つ人同士それはできるのか、そんなまたどう考えても叶わない夢を見ることしかできない。


 今年初めて降る雪は積もることなくすぐ消えてしまった。

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