7、X-10-1(2/2)

 またグラグラと余震がやってくる。今までの余震より大きく、いくつか柱が崩れていく。津波は第2も第3も波があるからなんともいえないが、それでもようやく一息つけた。


 その夜、綺麗な星空が輝いていた。今までも綺麗な星空を見た、が、ここまで戦争について考えなくても良いような夜は無かったから、より一層美しく感じられる。3階にはこちら側が30余名、相手は20ほどだった。


 あんな美しい星空を見れば、今しがたやっていたことがとても馬鹿らしく思えた。それもきっと戦争がこちら側に有利な状況で、それで小休止しているからだ。今の所は敵の砲撃にもそれを告げるようなベルの音にびくびくすることもない。

 太陽がその場を支配する頃、ようやく濁流が引き多少は歩けるようになった。その後無線が入る。

「今から向かう、ですか、どうぞ」

「ああ。今なら車使えるからな。そちらの損傷具合はどうだ、どうぞ」

「4階から上は崩落し、1、2階も壊滅です、どうぞ」

「こちらもひどいものだ。1、2階壊滅で、後詰の兵士は屋上、他は3、4階に避難している、どうぞ」

「ええ、あっちの宿の人たちは、どうぞ」

「避難できたやつは無事だ。じゃあそろそろ切る、交信終了」


 指揮官は「避難できたやつ」と、そう言った。それが余計に不安感を生じさせる。

「聞いてたか?」

「ああ」

「大丈夫だ。お前の彼女さんはきっと無事だよ」

「信じているよ」

 彼はもう1本タバコに火を点けた。


「もしもう戦争が終わったらアンタはどうする?」

「大学に戻るよ。一応まだ博士の方にはいけるらしいし」

「そこまで博士になる必要あるのか?」

「あるよ。研究者なるならまずならなきゃ」

「俺はもう中卒でもいいか」

「それはやめた方が良いよ。一緒に暮らせるほど中卒じゃ金稼げない。ああ、俺の大学にでも来いよ」

「アンタの?」

「まあお世辞にも良い大学かは分からねえけど。彼女のこと、完全にひいたら迎えに行ってやれ」

「いいのか? 勝手に動かして」

「今生き残っている奴の中なら1番上だからいいよ。行ってきな。まあ歩いて何時間かかるか知らねえが」

「ありがてえ、後でアンタも来いよ」

 彼はそう言った次の瞬間、同僚の1人が何らかの銃弾に当たり、倒れてしまった。


 私は困惑し、捕虜の方を見るも、彼らは完全に武器を放棄している。誰が攻めてきたのだろうか。同じ瞬間、捕虜の数人が撃ち殺されていた。いったい何が起きたのか、またも困惑する。しかし既に指揮官には報告しているため友軍な訳が無い。そうすると敵前逃亡をとがめる敵軍だろうか。


 その射線上、少年がいた。彼の表情としてまず気づいていない。命に貴賤はないなんて自分は思っていない。未来あるやつの方にはるかに価値がある。


 私は彼の方向へ飛び出した。死をすぐそこで感じる。本能としてそれを拒否する感覚と、さらに突っ込もうとする理性。結局その理性が打ち勝ち、私はその弾にぶつかる。

 冷たい鉛に食まれ、身体が火照ってくる。

「先輩!」

 ついに少年は私の行動に気づき、彼はとても驚いた顔をしていた。

「早く走れ!」


 正直銃弾なんてものは遠くまで逃げるに限る。相手がずっと訓練されていない限り、その精度は推して知るべしだ。少なくとも彼ぐらいならこの死地からは脱出できるだろう。私はほぼ裸の壁の状況で、弾は股にあたり、相手はその野からどんどん近づいて来る。その中にあの指揮官の姿を見つけた。


 あの時も変だった。わざわざ仲間割れを引き起こすようなことをして、それで分かった。あいつはきっと敵のスパイでもしていたのだろう。彼らはだんだんと近づき、ついにこの施設内へと入った。

 捕虜としていた彼らは半分ほどが骸としてその場にうずくまり、同僚も数名やられている。しかしその骸の中に彼はいなかった。


 階段を上がる音がする。自分は既に動くこともできそうにない。股にやられたらもう死ぬしかないことは肌身感覚で分かるものだ。その孤独と恐怖が近づいている。

「馬鹿だなお前」

 この人間だけは殺さねば、本能としての殺意が私を渦巻く。銃は既に殺害するための発射用意ができていた。


 ただ、それを彼に向けることは無かった。まともに救急車で病院に運んでくれるわけがない。戦争で人を殺すのも、平和な歩行者天国で無差別に殺すのも「殺人」だ。もう生き残れないと分かっているのにこれ以上殺人という罪を犯すことに意味を感じられない。ここにはもう敵以外生き残りはいない。少年たちはもう逃がせた。それ以上、もうしなくてももういいんだ。私は大の字になる。

「本当真面目で、無駄に功績上げやがって」

 そいつは私の息の根を止めるためナイフを私に突き刺した。


「死んでくれてありがとうな」

 私の意識は闇に落ちる。ただ最期に自分は誰かの未来と、それから紡がれるさらなる未来を守れた気がする。自分はもう地獄に行くことが分かっていた。けれどもそれでよかった。それがどんなに悪い連鎖だとしても、未来を守ることでいい方向になることを願うのだ。


 私は一切光の差さず、もはや暗いという言葉もないような世界を歩いている。きっと自分は永遠の死を迎えるはずだ。神によって祝福された人を殺すのだから。いくら神を信じようがいけないものだ。


 臨死体験において、そのうつろな場所で大事な人たちと会ったという報告がある。

「ねえ」

「……君もか。そっか」


 彼女は哀しげに笑っていた。

「君はこれからどうするの?」

「そんなもの分からないわ。私だってさっきここに来たばかりだったし」

「これがデートってことでいいかい?」

「馬鹿」


 彼女は私に手を差し出した。

「ちゃんと、未来の子どもたちのためにここに来れた?」

「ああ」

「私も。あなたの考えっていいものね。私も全く後悔してない。まあもう戻れないからでもあるんだけど」

「そう」

「私も地獄に行くけれど、前より幸せだから。あなたは?」

「幸せな終わりはないよ。でもそれは俺が今まで殺してきたことに対しての罪だ。だからなんも恨みはない」

「でもそれはあなたのせい?」

「俺のせいだ。だからいいんだ」

「私も付いていこっか? そしたら楽でしょ」

「来るなよ。どうせ俺らにはこの先決められない。地獄なんて同じところにいれるとは限らないだろ?」

「そっかあ」

 そのまま何かに引っ張られるように、私と彼女は歩いていく。


 そこで少し明るい、2つの出口を見つけた。1つは着飾った大きな門で、もう1つは狭く、ボロついた門。

「狭い方だ。いいか?」

「うん。あなたは?」

「大きい方だよ」

「言ってること分かってるの? 私だって」

「ああ。そっちは狭すぎて屈んでも行けそうにないや。身体が固いもんでね。それに……いや、行った行った」


 私は彼女をそこに入れ、私は大きな方へと歩いていった。

「もうこれでさよなら?」

 彼女はまだ扉を閉めていなかったようで、そう問いかけてくる。

「ああ」

 私はその狭い門を閉じ、さよならを告げた。

「ありがとね、三瀬さんぜ

 彼女は扉の向こう、2度と開くことのないその向こう側。私は

「ありがとう、美濃みのさん」

 と言って歩き始めた。

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